3月というのは、別れの季節であり、卒業とか異動の時期ですよね。

医者は、医局に所属していると、だいたい数年おきに他の病院に異動することになります。

受け持っている患者さんのことが気にかかるけれど、自分だけ同じ職場にいるというわけにはいかないし、数年おきに人間関係がリセットされるというのは、寂しい一方で、濃すぎる付き合いが苦手な僕には、気楽なところもあり……と、さまざまな思いが入り混じる時期です。

20年くらいやっていると、慣れてしまっているのも事実なんですけどね。

 

キツい職場だと、普段の仕事だけでも一杯一杯なのに、退職・転勤となると、多くの場合「引き継ぎ」の必要が生じてきます。

担当者同士の仕事内容の申し送りや個々の患者さんのこれまでの経過や、いまやっている治療についての「まとめ」の作成などが、引っ越しの準備などに加えて、のしかかってくるのです。

僕は、そのあまりの忙しさに適応できず、けっこう手抜きになってしまっているなあ、と後悔することが多いのです。

精神的にも肉体的にもキツくなると、自分の中に、「たぶんもう、ここに来ることもないから、まあいいか」っていう甘えみたいなものも出てきてしまう。

 

でも、「退職するとき」こそ、本当は慎重に行動しなければならないのです。

本人は「逃げ切った」つもりでも、仕事も人生も、まだまだ続いていきます。

 

 斎藤由多加さんは、ドリームキャストで大きな話題になった、コンピュータのなかの「生き物」と会話できるゲーム『シーマン』の開発者です。

その斎藤さんに『社長業のオキテ』という、独立後の会社経営での経験を述べた著書があるのですが、そのなかに、こんな、辞められる側からみた「退職の作法」についての話が出てきます。

退職だけでなく、マンションの退去から離婚に至るまで、「去る時」というのは、「人の本性が一番現れる時」と言われています。言い換えると周囲の人たちが「一番見ている時」です。本人がいなくなったらその後は噂もいろいろと立つものです。

僕の会社を辞めていった社員から、時折メールが飛び込んできて、都合の良すぎるような頼みごとをされることがあります。

そういう中で、何かをしてあげようという気になるのは後を汚さず退社してくれた人だけなのは、僕も一人の人間だからだと思う。自分も含めて残された人間が困るような、たとえばまるであてつけみたいな辞め方の場合は、Facebookで「ご無沙汰しています」なんてやけに親しげに話しかけられても、そうそう応える気にならない。

こういう時の痛みは結構覚えているのであります、残された同僚の一人として。

つまり退職する時というのは、長年いた会社とのその後の関係が決まってくる大切な時期なわけです。選挙に立候補するのと似て、ひとたび起業したら一人でも味方を増やしたい状況が待っています。前に籍を置いていた会社なんてのは、将来助けてくれるかもしれない、貴重な味方の最有力候補なわけですが、直接会って話す機会がなくなる人たちでもある。そこの人々をわざわざ敵に回して良いことなど一つもない。

要するに、辞めると決めたら、退職日までの数カ月間は、「自分のプロモーション期間」くらいに思っていたほうがいい。

もし上司に言われたら、退職の時期を延ばしてまでその要望に応える、くらいの辞め方のほうが得るものが大きい。「その時の恩が、後の営業の数カ月分に相当する。そう考えれば安いもの」というのが僕の実感です。

これには「雇う側の都合」というのが含まれているのは事実なのですが、歴史ドラマでも、すぐに前の主君を裏切ってこちらの側についた人間よりも、敗れても最後まで前の主君に忠義を尽くした人のほうが、新しい主君にも信頼されがちですよね。

 

辞める側、去る側からすれば、忙しい時期でもあり、とくに自分から辞める場合、多くは、なんらかの不平・不満を持っているはずです。

もう辞めるんだから、これまでの復讐をしてやりたい、あるいは、もう適当でいいや、って思うのはわかります。僕だって、そうだから。

 

しかしながら、その職場から去るとしても、むしろ、去るからこそ、そういう遺恨はとりあえず封印して振る舞ったほうが、自分にとってもプラスになるのです。

まったく関係のない業界で生きていく、というのであればともかく、これまでのスキルを活かして仕事を続けるのであれば、なんらかの形で、前の職場との「接点」ができることは多いから。

 

違うことをやるつもりでも、「自分に好感を抱いてくれている人」は多いほうがいい。

斎藤さんのサラリーマン時代に、突然退職宣言をして、その後は有給を消化するということで、一日も顔を出さすに会社を去ってしまった社員がいたそうです。

その人は、退職の数カ月後に生命保険の「セールスレディ」として突然職場に現れたのですが、まともに話を聞いてくれる人はほとんどいませんでした。

もとの職場にこういうかたちで顔を出さなければならなかった本人も、すごくつらかったのではないかなあ。

 

ただし、反社会的なブラック企業や「職場で精神的に追い詰められていて、死にたい」という状況であれば、緊急避難のための措置として、後のことはさておき、その職場(仕事)から。すぐに逃げるべきです。

そのケースでは、「立つ鳥あとを濁さず」なんて、言っている場合ではありません。

 

 「去る時には、人の本性が一番現れる」というのは、確かにそうなんですよね。

だからこそ、そこで「きちんと後始末をする、引き継ぎをする」ことが、今後の自分にとっても、大事になります。

 

わかっていても、なかなか完璧にはできないのが人間ではありますが、少なくとも、会社を辞めるときを「復讐のタイミング」だと考えるべきではないのです。

 

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(2024/1/22更新)

 

【著者プロフィール】

著者;fujipon

読書感想ブログ『琥珀色の戯言』、瞑想・迷走しつづけている雑記『いつか電池がきれるまで』を書きつづけている、「人生の折り返し点を過ぎたことにようやく気づいてしまった」ネット中毒の40代内科医です。

ブログ;琥珀色の戯言 / いつか電池がきれるまで

Twitter:@fujipon2

 

(Photo:Kat…)