隣で仕事をしている人から、こんな相談があった。
「仕事で、どうも合わない人がいる」
「なぜ?」
「んー、なんと言ったらいいか……。何かを依頼すると、まず否定から入る。」
「具体的には?」
「例えば、セミナールームの席の配置を、表のとおりに変えておいてくれ、と依頼したとする。「わかりました」と素直にいえばいいのに、いつも彼は「この配置、使いにくくないですか?」と難癖をつけてくる。」
「よく捉えれば、改善案を一生懸命考えてくれるのでは?」
「いやいや、いらつくよ。「じゃ、どうすればいい?」と聞くと、「なんとなく使いにくいと思っただけです」って言って、肝心の改善案は出さないんだから。」
なんとなく厄介そうな案件である。
「他には?」
「議事録をお願いしたんだけど、「議事録なんて、誰も見ないですよ」と言うんだよ。わかった、じゃ本当にいらないかどうか、部長と課長に聞いてくれ、と言うと「ちょっと思っただけです」と逃げる。なんか、イライラするんだよね。彼と仕事するの。」
「あー、なるほど……。」
「で、ついにこの前、イラッと来て、ガツンと彼に言った。」
「なんて言ったの?」
「ここは会社だし、あなたは大人なんだから「感想」ではなく「案」を出せ。」
「そうしたら?」
「別に感想なんて言ってないです。「選択肢の一つを言っているだけです」ってさ。」
「ほう」
「小賢しいやつだ、と思うよな。」
確かに昔、そのような人物と出会った覚えが私にもある。彼らは概ね以下のような特徴を持っている。
・調べるのは得意
・依頼されると、素直に「はい」といえず、一言必ず難癖を言ってしまう
・責任者にはなろうとしない
・議論をかき回す
といった特徴を持つ。
それゆえ、彼の言う「感想ではなく、案を出せ」という言葉は、それなりに的を射ている。
噛み砕いて言えば
「感想は、好き嫌いという感情の判断を述べること。案はメリット・デメリットという論理の判断を述べること」
と言えるからだ。
そして、会社や仕事で、好き嫌いでしかものが言えない人は、上のエピソードのように疎まれる。
好き嫌いでものを判断してしまうことを、「感情ヒューリスティック」と言う。
心理学者のポール・スロビックは、好き嫌いによって判断が決まってしまう「感情ヒューリスティック(affectheuristic)」の存在を提唱している。
たとえば好みの党派だというだけで相手の主張に納得するのは、その一例である。
あなたが現政権の医療政策に満足していたら、この政策は便益が大きく、費用も他の政策に比べ割安だと判断するだろう。
他国に対して強硬姿勢に出る人は、おそらく、他国は自国より弱く、こちらの意志に従うと考えている。弱腰の人は、他国は自国より強く、そう簡単には譲歩しないだろうと考えている。
放射能で汚染された食品、赤身の肉、原子力、タトゥー、オートバイといったものに対するあなたの感情的な見方が、そのままこうしたもののメリットやリスクの判断につながる。
たとえば赤身の肉が嫌いな人は、「固いし栄養もない」などと言い張るだろう。
何かを人に依頼された時、「依頼者が嫌い」とか「言い方が気に食わない」というだけで、その人の提唱する案はすべて意味がなさそうに見える、というのは感情ヒューリスティックである。
*****
「好き嫌い」は人間の根源に根ざしているゆえ、仕事においては感情をうまく扱わないと非常に厄介なことになる。
例えば、会社や仕事が大嫌いな人(あるいは大好きな人)の言うことは、意見にかなりのバイアスがかかっており、殆ど信用に値しない。
コンサルタントをしていたときは、このバイアスをどうやって判断するかは一つの重要な仕事だった。
そんな時、私は「あなたの好き嫌いに興味はありません」とはもちろん言えないので、「メリットとデメリットの両方を教えていただけますか?」と聴いていた。
メリットしか挙げられない、もしくはデメリットばかりを強調する人は、大抵は強いバイアスにとらわれているので、その意見は保留することが正しい態度である。
会社や仕事で何か意見をするときには、この「感情ヒューリスティクス(つまり好き嫌い)」には十分気をつけ、極力メリットとデメリットの両方について意見を言うことが作法だ。
例えば
「セミナールームの配置がスクール形式になっているのは、◯◯と言うメリットがあるので、今使われていると思いますけど、私はワーク形式が良いと思います。。この場合、デメリットは△△がありますけれど、□□というメリットがあります。いかがでしょうか?」
と言った具合だ。
周りの人に余裕があって優しいときは、あなたがワガママに好き嫌いを言っても、聞いてくれるだろう。
だが、結果的には徐々に疎まれ、無視されるようになる。
くれぐれも気をつけたほうが良い。
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