みなさんは、『ドラえもん のび太のブリキの迷宮(ラビリンス)』という映画をご存知だろうか。
わたしは小さいころ三度のメシよりドラえもんが好きで、「ドラえもん博士」を自称していた。そんなわたしが、ビデオテープが擦り切れるまで何回も何回も見た映画だ。
そんなわたしは20年後、クローゼットを修理しながら、「サピオになってはいけない……!」と心の中で誓うこととなる。
ロボットなしでは生きていけないチャモチャ星人
1993年に公開された『ブリキの迷宮』は、ロボットに頼りきりになった人間の末路を描いた作品だ。
ドラえもんとのび太が手に入れたふしぎなトランク。そのトランクは、ブリキのおもちゃたちが暮らす不思議なブリキンホテルに繋がっていた。
そこでのび太たちはサピオと名乗る少年と出会い、サピオが生まれたチャモチャ星は人間とロボットによる戦いが起こっていることを知る……とまぁこんな感じだ。
科学文明が発達したチャモチャ星では、思うだけでロボットが実現してくれるイメージコントローラーが普及。身体を動かさなくなったため、人間は自分で歩けなくなりカプセルに乗って移動していた。
イメコンを発明した発明家ロボット・ナポギストラーは、人間が弱体化したのを機に反乱を起こす。
自分たちのちからでなにもできなくなった人間は、ロボットたちの支配下に置かれてしまう――。
小学生になったばかりのわたしは、再放送で流れたこの映画がとにかく好きだった。
ドラえもんとのび太の友情に何度も感動したし、ラビリンスで迷子になって絶望する様子にハラハラし、ロボット対人間という構図にワクワクした。
だが20年経ったいま、ちがう意味でこの作品はわたしの心を惹きつけている。
頼る人間と、自力でやる人間
わたしが住んでいるドイツは、不便な国だ。問い合わせても全然電話が繋がらないし、やっと繋がっても「担当者は別の人」と言われる。みんな「わたしは悪くない」と開き直って話が進まない。
とにかく対応が遅いし、雑だし、そっけない。
でもそれにより、自分がいかに甘えていたのかを思い知ることとなった。
たとえばこの前。洗面台の水が詰まって流れなくなるというトラブルが発生した。
同棲している彼に「修理を呼ぼう」と言ったが、彼は「今日は土曜日の夜。緊急じゃないから月曜日まで待つしかない。自分たちでやろう」と言い出したのだ。
「え!?」と驚くわたしをよそに、彼はゴム手袋を装着してバケツを用意。洗面台の下、排水溝から伸びる銀の配水管をグッとにぎり、そのまま回し、外す。
「これって外していいの!? 本当に大丈夫!?」
「前修理してるの見てたから大丈夫。ここを掃除したらいいはず」
そして彼は、ものの10分で水詰まりを解決してしまった。
そして先日。突然クローゼットから大きな音が聞こえた。なにごとかと思って見てみると、ハンガーパイプの留め具が割れて落下、吊り下げていた服がすべて落ちてしまっていた。
わたしは彼に「保証期間内だから買った家具屋に連絡して直してもらおう」と言ったが、「対応してくれるかわからないし、いつ来るかもわからない。同じ大きさの部品があればいいんだろう」とアマゾンをチェック。
「あ、これっぽいね」
三角定規でざっくりと測った数値をもとに留め具を購入、翌日届いた部品をドライバーで付け直して、彼はあっさりと修理してしまった。
わたしはチャモチャ星人予備軍だった
日本だったら水道修理業者や家具屋の店員、もしくはメーカーの人がすぐに来てくれるだろう。
そういう状況に慣れていたから、わたしは「自分でなんとかしよう」なんて全然考えなかった。(もちろんちゃんと自分でやる人もいるだろうけど)
それって、カプセルなしでは生活できないサピオみたいじゃないだろうか。
「こうしてほしい」と願っただけでロボットが実現してくれる。だからカプセルに座ってるだけでいい。それと同じで、わたしは不都合があったらだれかが解決してくれるものだと思っていた。
便利な環境で暮らしていたから、本来できることも、いつの間にかだれかに頼るようになっていたみたいだ。
便利なサービスを利用するのが悪いわけじゃない。ただ、本来自分でできることを他人やロボットに丸投げすることが「ふつう」になってしまえば、人間はチャモチャ星の人みたくなってしまうかもしれない。
そんな自分を想像したとき、わたしは急に不安になってきた。
クローゼットを修理できる人間になりたい
たとえば「ほんやくコンニャク」みたいな万能翻訳機が発明されたら、世界中の人とコミュニケーションがとれるようになる。「うそ発見器」の精度があがれば、冤罪も減るはずだ。
災害ロボットや手術ロボットが実用化すれば、もっと多くの人を救えるかもしれない。技術の進歩は、わたしたちの社会を便利にするし、発展させる。
一方で、技術の進歩によって人間のできることが減ってしまえば、技術としては進歩でも人間の退化になってしまう。
料理ロボットが流通すれば、料理ができない人が増えるだろう。
音声入力の精度が上がれば、文章が書けない人が増えるだろう。
自動運転が可能になれば、運転できない人が増えるだろう。
料理ができなくても、文章が書けなくても、運転ができなくても、生きていける。自分でやる必要がないのだから、機械に任せてしまえばいい。
でもその先の未来で、人間はいったい、自力でどれほどのことができるんだろう。
技術の進歩に甘えて、知らぬ間に「できること」を放棄し、「できないこと」ばかりになっていたら……と思うと、ゾっとしてしまう。
『ブリキの迷宮』のラストでは当然、ドラえもんとのび太が力を合わせてナポギストラーを倒す。そしてチャモチャ星の人々が「身体を鍛えて自分たちで国を作り直す」と笑ってエピローグだ。
エンドロールでは、カプセルで移動していたサピオが元気に走っている様子が描かれている。
彼が修理したクローゼットを眺めながら、今度同じことがあったらちゃんと自分で修理しよう、と心の中で誓った。
ティネクト(Books&Apps運営会社)提供オンラインラジオ第6回目のお知らせ。

<本音オンラインラジオ MASSYS’S BAR>
第6回 地方創生×事業再生
再生現場のリアルから見えた、“経営企画”の本質とは【ご視聴方法】
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当日はzoomによる動画視聴もしくは音声のみでも楽しめる内容となっております。
【今回のトーク概要】
- 0. オープニング(5分)
自己紹介とテーマ提示:「地方創生 × 事業再生」=「実行できる経営企画」 - 1. 事業再生の現場から(20分)
保育事業再生のリアル/行政交渉/人材難/資金繰り/制度整備の具体例 - 2. 地方創生と事業再生(10分)
再生支援は地方創生の基礎。経営の“仕組み”の欠如が疲弊を生む - 3. 一般論としての「経営企画」とは(5分)
経営戦略・KPI設計・IRなど中小企業とのギャップを解説 - 4. 中小企業における経営企画の翻訳(10分)
「当たり前を実行可能な形に翻訳する」方法論 - 5. 経営企画の三原則(5分)
数字を見える化/仕組みで回す/翻訳して実行する - 6. まとめ(5分)
経営企画は中小企業の“未来をつくる技術”
【ゲスト】
鍵政 達也(かぎまさ たつや)氏
ExePro Partner代表 経営コンサルタント
兵庫県神戸市出身。慶應義塾大学経済学部卒業。3児の父。
高校三年生まで「理系」として過ごすも、自身の理系としての将来に魅力を感じなくなり、好きだった数学で受験が可能な経済学部に進学。大学生活では飲食業のアルバイトで「商売」の面白さに気付き調理師免許を取得するまでのめり込む。
卒業後、株式会社船井総合研究所にて中小企業の経営コンサルティング業務(メインクライアントは飲食業、保育サービス業など)に従事。日本全国への出張や上海子会社でのプロジェクトマネジメントなど1年で休みが数日という日々を過ごす。
株式会社日本総合研究所(三井住友FG)に転職し、スタートアップ支援、新規事業開発支援、業務改革支援、ビジネスデューデリジェンスなどの中堅~大企業向けコンサルティング業務に従事。
その後、事業承継・再生案件において保育所運営会社の代表取締役に就任し、事業再生を行う。賞与未払いの倒産寸前の状況から4年で売上2倍・黒字化を達成。
現在は、再建企業の取締役として経営企画業務を担当する傍ら、経営コンサルタント×経営者の経験を活かして、経営の「見える化」と「やるべきごとの言語化」と実行の伴走支援を行うコンサルタントとして活動している。
【パーソナリティ】
倉増 京平(くらまし きょうへい)
ティネクト株式会社 取締役 / 株式会社ライフ&ワーク 代表取締役 / 一般社団法人インディペンデント・プロデューサーズ・ギルド 代表理事
顧客企業のデジタル領域におけるマーケティングサポートを長く手掛ける。新たなビジネスモデルの創出と事業展開に注力し、コンテンツマーケティングの分野で深い知見と経験を積む。
コロナ以降、地方企業のマーケティング支援を数多く手掛け、デジタル・トランスフォーメーションを促進する役割を果たす。2023年以降、生成AIをマーケティングの現場で実践的に活用する機会を増やし、AIとマーケティングの融合による新たな価値創造に挑戦している。
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(2025/7/14更新)
【プロフィール】
名前:雨宮紫苑
91年生まれ、ドイツ在住のフリーライター。小説執筆&
ハロプロとアニメが好きだけど、
ブログ:『雨宮の迷走ニュース』
Twitter:amamiya9901
(Photo:Piotr)