人に何かをわかってもらう、と言うことは、最も重要なことの一つだろう。よく考えれば、人は一日中、誰かに何かをわかってもらおうとしている。
朝起きて、シャワーをあびるためにタオルを取ってもらおうとした時
朝食の時、おかわりがほしい時
通勤時、狭いところを通りたい時
会社で、部下に報告書をあげるように依頼する時
営業で、お客さんに自社の製品の良さを売り込む時
帰宅途中に、家に帰宅時間を知らせる時
家に帰って、子供に勉強して欲しいと伝える時
誰かに何かを伝えるのはほんとうに大変だ。ちょっとしたことなら言えば直ぐに向こうもわかってくれるが、そうも行かない時も多い。
特に相手に対して大きな労力を必要とする依頼をするとき、あるいはこちらの気持ちを伝えるときには、殆どの人は「なんで言ってもわかってもらえないのか」と嘆くことだろう。
なぜ、言ってもわかってもらえないのか。これは多くの場合は言葉の不自由さに起因する。通常、伝えたいことに対して、適切な言葉を選択することが難しいため、大きく分けて以下の3つの様なコミュニケーション障害が発生するのだ。
1.相手の言っていることの意味がわからない、つたわらない。
2.相手の言っていることを誤解している。
3.相手の言っていることはわかるが、分かりたくない。やりたくない。
まず1.について。
例えば、『コミュニケーションを成立させるには、「忖度」が必要です。』と書いても、殆どの人はこれを理解しないだろう。言葉は相手の語彙の中から選択せねばならず、相手の語彙にない言葉を使うときは、その言葉を調べるように、特に注意を向けさせる工夫が必要である。
だが、これはわかり易い言葉を注意深く使えば、解決はできる。
問題なのは、「言葉の意味がわからない」ではなく、「その言葉が示すことを経験したことがない」という時だ。具体的に言えば、「頑張ったら報われる」という言葉は、頑張ったことのない人、報われたことのない人には理解されない。「オレの言う通りやればうまくいく」という言葉も一緒である。「オレの言うことをややったことのない人、うまく行ったことのない人」にそれは理解されない。
従って、言葉の意味をわかってもらおうとしたら、その人の経験にある出来事、言葉を使わなければ決して理解されない。
次に2.である。
最近、橋下氏の「米軍への風俗活用進言」が問題となっている。本人は「誤解」だとか「真意が伝わっていない」などと言っているが、この事件はコミュニケーションの本質を突いている。
すなわち、「コミュニケーションにおいて生じた誤解は、発言した本人の責任になる」ということだ。
しかも1.のように「言葉の意味がわからない」ということよりも「誤解」は更にたちが悪い。意味がわからないのであれば、「わからない」と言ったり、無視することができるが、誤解は誤った価値観、行動を引き起こす可能性があるからだ。
誤解を招かないよう、コミュニケーションの途中では必ず、相手がどのようにこちらの発言を理解しているかをつねに相手に聞き、フィードバックを受けなければいけない。
それが不可能な場合、例えば公の場での発言や、セミナー等では、発言の誤解による結果を引き受ける覚悟を決めなくてはいけない。
最後に3.である。
コミュニケーションを行う場合、本質的にそれは相手への「要求」がセットとなる。この時に重要なのは、英語で「デリバリースキル」と言われるスキルだ。これは、いわゆる「言い方」や「プレゼンテーション」に相当するものである。
要求のやり方が悪ければ、それは相手にとって「言葉の意味はわかるが、やりたくない」という感情的な結果を引き起こす。また、「意図的にその要求を無視する」という結果になる。
ピーター・ドラッカーはコミュニケーションについてこう述べる。
”コミュニケーションとは常に宣伝である。それを発するものは常に何かを伝えようとする”
”コミュニケーションは、それが受け手の価値観、欲求、目的に合致する時、強力となる。逆に、それらのものに合致しない時、全く受け付けられないか抵抗される”
”受け手の信念や価値観、性格、欲求などをを転向させるようなコミュニケーションは、極めて稀であり、受け手の全面降伏を要求する”
相手の価値観を転向させるような試みは、要はコミュニケーションの受け手を支配する試みであり、簡単に用いてはいけない。だからこそ、相手の価値観を否定せず、相手の価値観に合致する様な要求をうまく創りだすことが、話し手に求められている。
コミュニケーションを成立させるのは、話し手はなく、受け手である。この認識こそが、「言ったことが伝わる」ために必要な全てのことを教えてくれる。
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