一般的に上司の「無茶振り」は、歓迎できるものではない。

ろくに要件も固まっておらず、何が重要なのかもはっきりしない、 時間も情報もない仕事を丸投げされる、それが「無茶振り」だ。

 

もちろん「無茶振り」だからといって、手抜きが許されるわけでもなく、遅延しても責められる。

例え断ることができない状況だったとしても、一旦引き受けた以上は 責任を問われる。それが会社である。

 

したがって、ほとんどの状況において「無茶振り」は歓迎せざるものとなる。

おそらくあなたもそう思うだろう。

 

だが不思議なことには、仕事ができる人の中に、上司だった人間の「無茶振り」を 懐かしそうに語る人が少なからずいる。

「当時は大変だったけど、あれは結果的に自分が成長する機会になった」 という話は、一度は誰でも聞いたことがあるだろう。

著名なスポーツ選手が「理不尽な事もあったが、結果的には良かった」というコメントを残すこともある。

 

 

なぜそのようなことが起きるのか。 それは「無茶振り」が人の成長にとって、ある程度有効なときもある、と考える人が多数いるからだ。

「無茶振り」を経験することで 1つのブレークスルーを自分の体験として持つことができるようになる、と信じる人は大勢いる。

 

 

私が知るwebメディアの編集者は、

「いやー、私が最初についた上司はとにかく無茶振りが多かったです」

と述べた。

 

「とりあえず「よろしく」って仕事を投げてくるんですよ。あん時は本気で上司が嫌いになりましたね〜(笑)」

「どんな感じで投げてくるんですか?」

「例えば、ある作家さんの取材だったんですけど、「あ、取材取れたから、頑張って」といって、あとはよろしく、っていう感じです。」

「確かに無茶ですね」

「そうなんですよ、困り果てて、とりあえず作家さんに電話しました。インタビューの内容もこちらではわからないので、必死に謝りながら 「申し訳ありません、どんなことを聞いたら話が弾みますかね」って、その作家さんに聞いてました。

今考えると、とんでもない話ですよね。 よく辛抱強く作家さんも付き合ってくれたものです。」

「それで、どうなったんですか?」

「いや、取材自体はうまく行きました。作家さんも事情を話したら私のことを気の毒に思ってくれて、今でも仲がいいですよ。」

「良かったじゃないですか」

「いやー、でも中には絶対怒る人がいますし、運が良かっただけですからもう2度としたくないです。でも、あの体験で多くを得ましたよ。」

 

この話は一見「いい話」に見えるが、よく考えれば「上司の無責任さを、部下の努力でカバーした」という、ブラック企業によくありがちな話である。

だが、彼はその出来事を自分の中で消化することに成功している。得るものがあった、と考えているのだ。

 

これを典型的な「生存者バイアス」なのか、それとも本当に「無茶振り」に意味があるのかは、判断が別れるところだろう。

 

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ヴィクトール・フランクルという人物がいる。

彼はアウシュビッツという「究極の理不尽」を経験し、それを生き延びた人物だ。

彼の著作である「夜と霧」は、当時の生々しい状況、人々が究極の状況下でどのように考え、どのように行動するかを克明に記した手記であり、17ヶ国語に翻訳され、900万部以上が出版された。

夜と霧 新版

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作品を読むと、その中には想像を絶する体験が出てくる。トラックに乗るかのらないか、夜勤に志願するかしないか、日常のちょっとしたな選択が生死を分けるのだ。

そこには目的も、希望も、尊厳もない。

 

だが、ヴィクトール・フランクルはそんな極限状態の中でも、なお人生を肯定し、強く生きる人々がいたとする。例えばこのような女性の描写がある。

この若い女性は、自分が数日のうちに死ぬことを悟っていた。なのに、実に晴れやかだった。

「運命に感謝しています。だって、私をこんなひどい目にあわせてくれたんですもの」

彼女はこの通り私に言った。

「以前、何不自由なく暮らしていたとき、わたしはすっかり甘やかされて、精神がどうこうなんて、まじめに考えたことがありませんでした」

その彼女が、最後の数日、内面性をどんどん深めていったのだ。

 

ヴィクトール・フランクルはそう言った人々を見て、過酷な現実であっても価値がある、と言う。

現実をまるごと無価値なものに貶めることは、被収容者の暫定的なありようにはしっくり来るとはいえ、ついには節操を失い、堕落することにつながった。

なにしろ「目的なんてない」からだ。

このような人間は、過酷きわまる外的条件が人間の内的成長をうながすことがある、ということを忘れている。(中略)

このような人間に成長は望めない。被収容者として過ごす時間がもたらす苛酷さのもとで高いレベルへと飛躍することはないのだ。

 

もちろん、彼はアウシュビッツを肯定しない。だが、彼は「過酷な状況のもとであっても、成長するチャンスが存在する」についてはむしろ肯定的に見える。

 

 

「無茶振りする上司」は極端な話、強制収容所と同じで、無くさなければならないものである。

だが、無茶振りする上司のもとにあっても頑張る人に「無駄だから」とか「過酷な体験に意味は無い」などと、丸ごと否定することはしてはならない。

 

ヴィクトール・フランクルはある詩人の言葉を引用している。

「あなたが経験したことは、この世のどんな力も奪えない。」

 

つらい職場、無茶振りする上司のもとで働いていたとしても、本人がそれに何かを見出すことは十分にありえるし、「意味のある経験だった」ということも、十分にありえるのだ。

 

 

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安達 裕哉(あだち・ゆうや)
ティネクト株式会社 代表取締役/ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO
Deloitteにてコンサルティング業務に従事後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサル部門立ち上げに参画。大阪・東京支社長を経て、2013年にティネクト株式会社を設立。
ビジネスメディア「Books&Apps」運営。2023年には生成AIコンサルティングの「ワークワンダース株式会社」も設立。
著書『頭のいい人が話す前に考えていること』(ダイヤモンド社)は累計82万部突破。2023年・2024年と2年連続で“日本一売れたビジネス書”に(トーハン/日販調べ)。
日時:
2025/7/14(月) 16:30-18:00

参加費:無料
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(2025/6/2更新)

 

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