新人さんの配属は6月から、という所も多いだろう。現場に配属されると、早速いろいろな仕事を頼まれることになる。

 

私が最初に頼まれた仕事は今でもよく覚えている。「競合の価格調査」だ。リストアップされた競合各社のサービスの価格を調査し、エクセルの一覧表に書き込んでいく、という簡単な仕事だった。

 

しかし、量がひたすら多かった。キングジムのファイルに丸ごと一冊、ぎっしりと資料が入っている。

「価格が書いてあっても、同一のレベルのサービスかどうかも、精査しなければよくわからないから、気をつけて」

と先輩がいう。

 

しかも、顧客への提案書に入れる資料の一部だったため、間違いがあっては許されない。そういう意味では、神経をつかう仕事だった。

 

私の面倒を見てくれていた先輩は、仕事の概要を私に話すと、「できるか?」聞いた。

「できます」と言うと、彼はキングジムのファイルをドサッと、机に置き、エクセルのファイルの場所を示した後、「今週中に、ココに書かれているサンプル通りに入力して」と、言い残して立ち去った。

 

思えば、そこで、すぐに始めればよかったのだ。

 

だが私はそれにすぐとりかからなかった。

私は当面のやらなければならないことである、「PCのセットアップ」と「メールアドレスの設定」をやり、人事から来ていたメールに返信し、渡されていた課題図書に関する報告を書いた。

 

時々チラリと価格調査のことが気になったが、「1日あれば終わるだろう」と高をくくり、目の前の気になる雑用から片付けていった。

その日はそれで終わった。

 

次の日、メールを見ると、また雑用の依頼がたくさん入っている。

「資料をwebで調べてコピーし、ネットワークフォルダにおいておけ」

「イントラにあがっているマニュアルを読んでおけ」

「タイムシートの付け方を学んでおくように」

「データベースの正規化を頼む」

「議事録をパワポにまとめておけ」

などの仕事が山ほど届いている。

 

この段階で、恐らく私は軽いパニックだった。

「ヤバイ……。終わらない。」

さらに、口頭でも「今日の3時からのミーティングにちょっと出席して、現場の雰囲気を掴んでおいて」とか、「土曜日の勉強会の資料だから、予習しておいて」など、次々とやることが増えていく。

 

私はいつの間にか、競合調査の後に、後にしていた。「1日あれば終わりそう」という根拠の無い推測を当てにしていたのだ。

 

そして金曜日の朝、ついに「今日までだった」ということでしぶしぶ競合調査のエクセルを開き、キングジムのファイルをヨコにおいて価格を調べ出した。

だが始めて10分ほどで、私は絶望的な気分になっていた。

「絶対に終わらない。どうしよう……。」

そのはずである、調査項目は20項目以上に渡り、「価格」以外にも一つ一つ詳細に調べなければならないことが山ほどあった。

エクセルのサンプルの項目は、丁寧に書き込まれている。このレベルでキチンと書くと、1社あたり少なく見積もっても15分はかかる。一日かかりきりになったとしても、30社ちょっと、それが限界だった。

 

だが、キングジムのファイルには確実に30社以上はある。この作業のキツさを目の当たりにした私は、依頼主の先輩のところへ報告しに行った。

 

 

「先輩……」

「なんだ。終わったのか?」

「実は、納期を延ばしていただけないかと思いまして……量が多くて、とても今日中に終わらないんです。」

 

先輩は黙って聞いていたが、私に言った。

 

「なぜそれをすぐに言わなかった。」

「すいません、今日一日でやろうと思ってました。」

「やれない、と言っているのはどういうことだ。」

「こんな大変とは思いませんでした……。」

「つまり、後回しにしていた、ということか。」

「はい。」

 

先輩が、怒鳴って怒ってくれたなら、まだ救いがあったかもしれない。だが、彼は怒鳴りも、叱りもしなかった。

「わかった。オマエにはもう頼まない。」

 

その一言で私は悟った。

「信用を失ったのだ」と。先輩は、私を信用して仕事を依頼してくれたのに、それを裏切ったのだ。

「申し訳ありません。納期の件は撤回します。明日までに必ずやります。」

先輩はニコリともせずに言った。

「頼むぞ。」

「はい。」

当然、その仕事は帰宅返上で翌日までかかった。泣きそうな仕事だった。しかし、信用というものは「何が何でもやり切る人」にしか与えられない。それだけは間違いない。

私は約束通り、翌日までに提出をした。

 

翌週、また私はその先輩から呼び出された。

「若干のミスがあったが、まあ及第点だ」と彼は言った。

「申し訳ありません」というと、彼は言う。

 

「いいか、納期の判断は、仕事をもらった直後にもう一度するんだ。始めてみないとわからないことがたくさん出るからな。

ただしそれを締め切り直前になって言うのは仕事のルール違反だ。信用を失うぞ。あの日、すぐに俺にそのことを言ってくれれば納期は融通できた。しかし、オマエはそれを怠った。

仕事をもらったら、まずは少し手を付けるんだ。それで、設定された締め切りをもう一度検証する。

これは、ベテランでもできていない奴がいる。納期を直前で変えてくれと言ってくる奴は絶対に信用されない。そういう社会人になるなよ。」

 

その言葉は、深く私に刻み込まれた。それ以来、

・仕事を受けるときには締め切りを確認する

・ちょっとだけ手を付けて、納期の見積もりをする

・締め切りと、納期のズレが有るなら、すぐに依頼主に交渉。

という手続きを必ず取るようにしている。先輩に教わった、貴重な知恵として。

 

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・経営者のマインドセットとして、投資=成長のための手段
・サイバーセキュリティ対策は攻守ともに利益を生む手段と考えよう

【登壇者紹介】

安達 裕哉(あだち・ゆうや)
ティネクト株式会社 代表取締役/ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO
Deloitteにてコンサルティング業務に従事後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサル部門立ち上げに参画。大阪・東京支社長を経て、2013年にティネクト株式会社を設立。
ビジネスメディア「Books&Apps」運営。2023年には生成AIコンサルティングの「ワークワンダース株式会社」も設立。
著書『頭のいい人が話す前に考えていること』(ダイヤモンド社)は累計82万部突破。2023年・2024年と2年連続で“日本一売れたビジネス書”に(トーハン/日販調べ)。
日時:
2025/7/14(月) 16:30-18:00

参加費:無料
Zoomビデオ会議(ログイン不要)を介してストリーミング配信となります。


お申込み・詳細
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(2025/6/2更新)

 

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(Jamie Durrant)