最近、得意な分野で頑張ろうだとか、好きを仕事にしようといった事をよく耳にする。実に耳に心地よい言葉である。

 

じゃあ不得意分野や嫌いな事はコスパが悪いと切り捨ててしまえばいいのだろうか?僕はそうは思わない。むしろ困難の克服こそが人に特別な能力を授けると思っている。以下、具体例をあげて説明しよう。

 

文字が読めなかったスティーヴン・スピルバーグ

あなたはスティーヴン・スピルバーグをご存じだろうか?かの有名なインディ・ジョーンズやジュラシック・パークを作った監督だと言えば大体の人はピンとくるだろう。

有名な話だけど、スティーヴン・スピルバーグはディスレクシア(読字障害)を患っている。これは文字を文字として認識できない脳の障害の一つだ。

 

例えば”Apple”という単語を見れば、僕たちは即座にあの赤いリンゴを思い浮かべる事が可能だ。だけどディスレクシアを持つ人は脳内で文字を処理する領域に障害を抱えており、そのためA p p l eという文字配列を見ても真っ赤なリンゴを想起することができない。

 

ディスレクシアの人々は文字を文字として認識する能力がないため、通常の方法では文字を習得する事ができない。ただ困難ではあるものの、文字の習得自体は不可能ではない。普通の人と比べてだいぶ異なった手法ではあるが。

具体的に言うと、彼らはまずAppleという単語をAppleという一まとまりの”映像”として記憶する。そして次にその”映像”を真っ赤なリンゴという”イメージ”と結びつける。こうして文字を文字ではなく”画像”として処理する事で、彼らは文字から意味を認識できるようになる。

このように同じ文字を”読む”という行為でも、普通の人と比較してディスレクシアの人々が用いる手法は非常に異なるものだ。そしてそれが非常に異なる結果を生む。次にそれが文章という形でどのように表れるかをみていこう。

 

(例文)I like apples.

 

一見なんの変哲もないこの文章だけど、普通の人は”私はリンゴが好きだ”という風に”文字”として読む。けれどディスレクシアの人々はそういう風には読めないから、この文字配列から”映像”を想起しなくてはいけない。

Iからは私という画像を、likeからは好きだという動作を、appleからは赤々としたリンゴのイメージを想起し、それらを結びつけて映像として再生する。

その結果、普通の人にとっては無味乾燥な”私はリンゴが好きだ”という文章も、ディスレクシアの人々の脳内では生き生きとした動画として再生される。最終的に文章からえられる”結論”は同じでも、普通の人とディスレクシアの人々ではここまで”過程”が異なるのである。

 

このように障害を持つ人は障害を持たない人が”簡単に”できる事を他の能力を用いて”難しく”しないと遂行する事ができない。これは一見、不幸に見える。だけどこの遠回りが通常の人にはできない奇異なる能力を授ける事につながっていたりするのだから話は面白い。

 

おそらくだけど、スティーヴン・スピルバーグは文字の習得に普通の人の倍以上の時間がかかっただろう。”得意な分野で頑張ろう”だとか、”好きを仕事にしよう”といった言説から考えれば、スピルバーグの行為はめちゃくちゃコスパが悪い。

だけど彼は読字障害を克服する過程で、人よりも極めて豊かな想像力を獲得するに至った。この事が彼を稀代の名監督に押し上げた事は疑いようもない(ちなみに他にもディスレクシアを持つ有名人は沢山いる。エジソンもダ・ヴィンチもアインシュタインもディスレクシアだ)

 

周り道は時に人を強くする

”得意な分野で頑張ろう”

”好きを仕事にしよう”

僕も基本的にはこの意見には賛成だ。ただこれを苦手だったり嫌いな分野の習得から逃れる為の言説として用いる事には感心しない。

 

『自分にはこれは向いてないから、やらなくていい』

 

もしスピルバーグがそういって文字の習得をやめていたら、彼はたぶんあそこまで偉大な映画監督にはなれなかっただろう。

 

スピルバーグにとって、読字というスキルの習得はそれ単体でみれば極めてコスパが悪い事は疑いようもない事実だ。だけど彼は、この困難の克服を通じて極めて優れたストーリー構成能力の一端を手に入れる事ができた。

 

もちろんスピルバーグには映画監督としての資質があったのだろう。映画監督という仕事が彼の”好きな事”であり”得意分野”なのは疑いようもない。だけどその”得意分野”を花開かせたのは”不得意”だった読字というスキルの習得だという事もまた事実なのである。

 

あなたが将来、”好き”や”得意”を仕事にしようとした時、苦手”や”不得意”な分野での努力が役に立つ事もあるかもしれない。

これからは自分に合わなそうだからといって物事を避けるのはやめよう。何事も経験だ。

 

著者自身も随分不得意分野で色々と苦労をしてきたが、人よりも劣っていたからこそ得られた知見も多くあったと今では思う。そういう経験がある今だからこそ胸を張って言えるけど、真剣にやって役に立たない努力などというものはない。良薬は口に苦しなのである。

 

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プロフィール

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高須賀

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(Neil Tackaberry)