「あなたは・・・がんです」

「先生・・・私、死ぬんですか?」

 

筆者は診察室でこういう会話をよくする。たぶん、多くの人はがん≒死と思っているからだと思う。

がんを告知するたびに思うのだけど、ほとんどの人が、そもそもどうやったら人が死に至るのかについて、全く理解していない。

 

本質的には病態生理学を駆使して、人間の生のダイナミズムを説明するのが正しいのだろうけど、たぶんそれだと殆どの人が理解してくれないと思うので、今日は車に置き換えて人間の死を説明する。

 

快適に動いている車がどうやったら動かなくなるかを考えれば人間の死は理解できる

まずそこら辺をブーンと走っている車の姿を思い浮かべて欲しい。これらはどういった時に、ブーンと動かなくなるだろうか?大雑把にわけると、これは3つの原因に分類できる。

 

まず1つめはドライバーを失った時だ。司令塔がいない車は快適にブーンとは動かない。人間で例えるなら車のドライバーは脳そのものになる。脳が完全にぶっ壊れれば、人という体をコントロールする存在が消えるので、人は死ぬ。

 

次はエンジンがぶっ壊れた時だ。動力源がないのだから、車は当然動かない。この動力源は人間でいうところの心臓と肺に相当する。動力源のない車がただの鉄くずの塊であるように、人間も動力源がないとピクリとも動けない。これらがぶっ壊れれば、当然人は死ぬ。

 

最後がガス欠だ。ガソリンがないと車は動けない。このガソリンに相当するのが人間で言うところの血液になる。大量出血で人が死ぬという図式は推理小説なんかでよくみるけども、あれは車でいうところのガス欠とほぼ同義である。

 

このように車に置き換えて考えれば、人の死因など子供でもわかる(そもそも車が馬を模倣して作られた機械であり、人を含む動物と動く原理は同じなのである)

 

「おいおい。そんなの俺でも知ってるぜ」って?

 

じゃあ再度問おう。表題のガン告知場面で、なんで自分が死ぬだなんて思ったんだい?がんになったって、ドライバー(脳)もエンジン(心臓・肺)もガソリン(血液)も直近では全く影響ないぜ?(がんになるのは頭をマシンガンで吹き飛ばされたり、心臓をぶっ刺されたり、全身の血液を抜かれるようなのとはわけが違う)

 

つまりがんになっただけでは人は死なないのである。

 

そもそもがんって何なのさ?

僕たちは初め精子と卵子がくっいた卵だった。この卵の大きさは、0.1mm、重さは3/1000000gほどだ。

 

当たり前だけど、こんなサイズの人間はこの世には存在しない。産まれるまでの間、僕たちは母親の子宮の中でおよそ3000gほどの大きさに育つ。なんと受精した後、10億倍もの重さになって僕たちはこの世に生を受けるのである。

 

その後も順調に成長し続けていけば、私たちは大体50~70kg程度までは育つ。高考えてみれば、人間の成長というメカニズムはメチャクチャ気持ち悪い。1つの卵が最終的には100億倍もの質量に変化していくのである。

 

このプロセスが生命の神秘である細胞分裂だ(生物以外は基本的には自己複製を行わない)。成長が終わった後も、僕達の体は日々勝手にメンテナンスを行ってくれる。人間ではほとんどの細胞は、1年もたてばほとんど全てが新しいものに置き換わっている。あなたの意思はあなたというアイデンティティを主張するけども、今のあなたの体は一年前のあなたの体ではない(こう考えると生物の体って不思議でしょ?)

 

この細胞分裂による、自己複製のプロセスが正常に行われている状態が、成長であり代謝である。そして当然というか、正常があるなら異常もある。その異常な自己複製プロセスのうちの1つが、がんである。がんは、生命の正しいプロセスの表裏一体なのだ。

 

がんは周りに浸潤し、他の場所に転移するから悪性なのである。

繰り返しになるけども、がんになったからといって人はすぐには死なない。というかほとんどのがんは、死ぬ直前までは体調にあまり影響を及ぼさない事のほうが多い。

 

がんになったとしても、出来てすぐに取り切ることができれば人は死なない。これがいわゆる早期がんという状態で、この状態で発見できて処置できた人はラッキーだ(世の中には3つも4つもがんになっても80とか90まで生きているような例も結構ある)

 

がんの最大の問題点は、周囲に破壊性に浸潤していく事にある。そしてこのがんが血管とか、リンパ管といった人間の脈管系に入り込むようになってくると話がやや難しくなってくる。

 

当たり前だけど、僕らの体は普通は一つの場所に1つのものしかできない。頭の中にあるのは脳だし、胸の中にあるのは心臓と肺だ。

 

だけどがんは周囲に破壊性に浸潤するという性質を持っている。そしてこれらは血管やリンパ管を伝って、他の場所に飛んでいき、行き着いた先でまた自己複製を始める事もできる。

 

これががんの転移だ。このように転移するような状態にあるがん患者の事を、大雑把にいえば進行期のがん患者という。

 

この転移だけど、基本的にはどこでもする。脳にもするし、肺にもする。ここまでくれば、人間がどうしてがんになったら死ぬのかも簡単に答えられるだろう。つまり、がんが人間の命を保つ場所に転移するようになってしまえば、人は生命を維持できなくなってしまうのである。

 

がんは長寿の裏返し

僕は前の記事で人間の志望理由について書いた。繰り返しになるが再度記載すると

 

1位はがん。これが約30%。

2位が心臓の病。これが15%。

3位が肺炎。これが10%

4位が脳卒中。これが10%。

5位が老衰。これは6%

 

2016年現在、人間の死因は上の通りになっている。

 

当然というか、昔はこんなグラフの比率はしていなかった。江戸時代だったら餓死とか感染症がトップだっただろうし、恐竜が生きていた時代なんかだと死因の1位は捕食される事とかだっただろう。

 

機械は自己複製をしない。だからどこかの部分が壊れたら、壊れた部分を取り替えればなんとかなる。だけど生命は、わずか3/1000000gからスタートして60kgもの重量に”成長”するという生存戦略を採択している。当然というか、これは見方によっては異常だ。コメを食べて水を飲んで、塵芥みたいな存在がウサイン・ボルトみたいな存在になりえるだなんて、錬金術や魔術の類といっても差し支え無いだろう。

 

がんはまあ、僕達の素晴らしい生の裏返しみたいなもんで、兄弟みたいなものである。そのうち克服できるかもしれないけど、今はまあこの世に生を受けたんだから、がんになるのも仕方がないものとして受け入れて欲しい。

 

そして仮にがんになったからといって全てを諦めてがんを放置することだけはやめて欲しい。さっきもいったけど、がんが重要な場所に飛んでその臓器をぶっ壊すまでは、ほとんどの場合QOLは非常に高く保たれたまま生活する事ができる。

 

手術も抗がん剤も、人類が2000年以上ものときをかけて開発した技術の結晶である。そのことを忘れないで欲しい。

 

これで死因、死のプロセスについての説明が終わった。次は各病気ごとの、死への軌跡を書いていこうと思う。当たり前だけどがんと心筋梗塞では死に至る流れは随分異なる。こうご期待ください。

 

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(文責-ティネクト株式会社 取締役 倉増京平)

 

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