「ブラック企業」について考察する機会が増えているのだが、先日某所で議論をした所、ある疑問が提示された。

すなわち、ブラック企業における「加害者」はだれなのか?という問いである。

 

その場にいた誰かが、「そりゃ経営者でしょう。企業文化は経営者が作るものですから」と言う。

なるほど。

確かにワンマン経営者が長時間労働を賛美し、労働に対する奉仕を強制する、というわかりやすい構図を想像することもある。

某外食チェーンの社員が入社2ヶ月で過労で自殺したのも、トップの残した企業文化によるものだろう。

 

しかし、今回の電通のような話になってくると、多少様相は変わってくる。

企業文化はトップが作るものというよりは、「伝統的に受け継がれた、何かしらの共有されたコンセプト」であるから、実際には「体質」と呼ぶべきものだろう。

体質を体現するのは社員一人ひとりであり、その場合は「社員すべて」が加害者ということになる。

もちろん、責任を問われるのは上司や幹部だろう。だが、隣の席で「長時間労働は当たり前」と言うような顔をして働いていた同僚が加害者でないと、だれが言い切れるだろうか?

 

その場の方が言う。

「では、トップや社員たちの責任を問えばよいのでしょうか?」

その疑問に対して、別の誰かが言った。

「トップや、社員たちを長時間労働に駆り立てるものって、何でしょうね?」

「……多分、いくつかあります。1つは出世競争、もう1つは残業代を稼ぐため。あとは……顧客の要求ですよ。」

「でも……、出世や残業代なら、おそらくここまで過剰に働く人は少ないでしょう。本質はお客さんとの関係ではないですかね。そして経営者も顧客の