今年は日本映画の出来が凄くいい。今回考察する「この世界の片隅に」も、そんな作品の一つである。

 多くの名作と呼ばれている映画がそうであるように、この映画も何も考えずにそのまま見ても面白いのだが、いろいろと分析しながらみるとまた違った面白さがある。

 

今回は3つのポイントに沿ってこの映画を解釈していくことにする。こういうものの見方もあるんだな、という風に読んでいただければさいわいだ。

 個人的にはこの映画は、現在の日本人の性質について実に見事に描いた作品だというのが第一印象である。

 

1.自由が制限された世界で豊かに生きるという事

「この世界の片隅に」は第二次世界大戦の末期頃を題材とした映画だ。背景に戦争があるという事もあり、作中での生活常識は現代とは相当異なっている。

 現代のような豊かな時代とは異なり、この頃は物資がかなり限られていた。そのため、個人としての自由よりも共同体として生き抜くことが優先とされていた。

 

村のためにだとかお国のためにだなんて言葉は現代で死語のようなものだけど、この時代ではそれが普通の事とされている。なんとなくみていると一見何も意識しないで通り過ぎてしまうこの事が、実は映画の面白さに一役買っている。

 この物語の主人公であるすずさんは、今の私達からみれば随分と大変で不自由な生活をおくる事を余儀なくされている。鉛筆は最後のひとかけらまで無駄にできないし、我々からすれば人生の一大イベントの一つである結婚も、本人の意思とは関係なしに他の人が決めた人と村の都合で勝手に結び付けられている。

 

そういう制限された社会の中で、主人公であるすずさんは実に巧みに日々を楽しく生きている。旦那の姉にいびられようがニコニコと生活する健気な姿は、観るものの心を柔らかくしてくれる。ちょっとこの人ニブすぎなんじゃないかって思うぐらい、受難を笑顔で楽しき事に変換するその姿は、僕たちも学びたいものである。

 

なんですずさんはそんなに楽しそうに生きれるのだろうか?注目すべきポイントとして、不自由の中にあっても自分でコントロールできる部分に人生の喜びを見出しているところにあるろう。

 全体的に物資が制限された戦時中の世の中で、すずさんがどこを楽しみに生きていたかというと食事と絵画である(少なくとも前半はほとんどこれ関連の話ばかりである)与えられた材料をもとに、自分の好きなものを作りだすという創作活動を通じて自分の自由を謳歌しているのである。

 

そうした行為を通じて不自由な生活の中で精神の自由を謳歌しているというすずさんの姿は、自由な社会でいきているはずの私達よりもともすれば自由に生きているのではないかと思わさせられる一面を有している。

 

これを読んでいる人の中にも、自分の人生が自由でないと感じる人がいるかもしれない。そういう人は、すずさんの生活する姿から自由というものの一面を学び取って欲しい。人は不自由な中でも自由に生きる事ができるのだ。戦時中ですらそうなのだから、平穏な時代にいきる私たちが文句をいうのはあまりにも筋違いだといえるだろう。

 

2.暗転

 映画を見た人はわかると思うけど、この物語はある人物の死を境に突然物語のトーンがガラッと変わる。

どんな苦難の中でも創意工夫を通じて楽しく生きていたすずさんだけど、唯一それを楽しいものに変換できなかったのが『喪失』だ。大切なものの死と、自分の腕を爆弾により奪われてから後、すずさんの心に笑って済ますことのできない負の感情が宿る事となる。

 

不自由の中にも自由がある事を物語の前半でこれでもかと描いた後に、『喪失』を通じて心が負の感情にとわわれ心の自由が奪われる事が描かれているのは実に興味深い。

こうして物語として提示されると実によくわかるけど、失ってしまったものは二度と取りかえしがつかない。そしてそれはすずさんのような創意工夫の天才でもどうにもならないものでもある。

 失うという事は、それほどまでに大きなものなのである。

 

3.けじめ

 こうして心がダークサイドにとらわれたすずさんだけど、その後戦争が佳境を迎えて玉音放送が流れると再度精神が明転を迎える。

 天皇によるラジオ放送の後にすずさんが吐露する言葉はかなり印象的だ。それまで特段恨みつらみを述べなかった呑気な一女性が、『なんのために今まで頑張ってきたのか・・・』と涙とともに敗戦がわかった後に述べているのは、つまるところ『失ってしまった大切な人と自分の一部』は『勝利』の為に必要だったのだと、ある面で認識していたという事を言葉少ない中で伝える名シーンである。

 

個人的にこの物語の面白いところはその後のシーンの描写にあると思っている。諸外国をみてみると、ナチスによるユダヤ人虐殺や韓国の慰安婦問題など、基本的には争いにより虐げられた側は恨みつらみをもって死ぬまで他者を呪い続ける傾向がある。

 歴史をみわたしても、この負の輪廻から逸脱できた存在は非常に稀である。ネイティブアメリカンやオーストラリアの先住民族のように、圧倒的に少数派にまで追い込まれるもしくは根絶されるまで追いやられない限り、恨みの輪の中から逸脱できる事はほとんどない。

 それがこの物語でも描かれているように、日本人はこの負の感情をほとんど引き継がずに現在にいたるまでうまく生きれている。極めてまれな存在であるともいえる。

 

ちょっと考えてほしいのだけど、原爆を落とされるという残虐な行為を最後にぶちかまされたにもかかわらず、こうして負の感情にとらわれ続けないというのはちょっと普通ではない(この間、オバマ大統領が広島を訪問したけども、その時も被爆者は声を荒げてブーイングをするのではなく、基本的には謝罪を歓迎にも近い姿で受け取っていた。僕はこのような態度がとられた行為を他には知らない)

 私たちも生きている中で、呪いにとらわれそうになってしまうことは多々ある。呪いはその人を、ある地点に縛り付ける楔のようなものだ。呪いにとらわれた人は、その場所から一歩も先に進めなくなる。

 そのようにして個人をむしばむ呪いからどうやって人は逃れる事ができるのだろうか。そのヒントがこの映画にはあると思う。

 

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まとめになるが、この物語は上記の3点を意識しながらみていくと非常に面白い。1つ目が不自由の中でも自由。2つ目が喪失による痛み。そして3つ目がけじめと許しである。

 これらを戦争という大きな物語の一側面として、エンタメ要素も織り交ぜつつ描いた事にこの映画の業績があるな、と僕は思う。実によい映画だ。いろいろと考えながらみて欲しい。

 

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安達 裕哉(あだち・ゆうや)
ティネクト株式会社 代表取締役/ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO
Deloitteにてコンサルティング業務に従事後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサル部門立ち上げに参画。大阪・東京支社長を経て、2013年にティネクト株式会社を設立。
ビジネスメディア「Books&Apps」運営。2023年には生成AIコンサルティングの「ワークワンダース株式会社」も設立。
著書『頭のいい人が話す前に考えていること』(ダイヤモンド社)は累計82万部突破。2023年・2024年と2年連続で“日本一売れたビジネス書”に(トーハン/日販調べ)。
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(2025/6/2更新)

 

プロフィール

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高須賀

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