歴史的に、賢い為政者は、人の善意が全くあてにならないものであると知っていた。

例えば帝政ローマの為政者たちである。

ローマの指導者たちの他国人への信頼とは(中略)信頼できる相手と信頼できない相手を分けて、信頼できる人のみに全幅の信頼を寄せるのではない。
大抵の場合は信頼するのだが、それとて信頼できるところまで信頼するのである。

そして、この「信頼できるところまで」の線をどこに引くかだが、ローマのリーダーたちは、相手の善意ないしモラルを線引の規準にはしなかった。規準にしたのは、自分たちの側の軍事上の防衛力である。*1

逆に同盟国の「善意」をアテにし、国の防衛を怠ったがゆえに背後から切られ、滅びた事例は、枚挙に暇がない。

 

会社同士の取引や、ビジネス上の人間関係も同じである。

「この取引先は信頼できるから大丈夫」といって、契約もかわさず取引をし、後から揉め事になったケースをよく見るが、「騙された」と行っている側にあまり同情できないのは、善意をアテにしすぎているからだ。

善意は基本的に気まぐれであり、継続性に難があるため、それを前提とした付き合いは、むしろ危険である。

 

また「善意」はそれだけで善いとされるため、生産性が問われることも少ない。

故に、しばしば善意は悪意よりもたちが悪い。悪意を排除するのは大義名分もあり、容易いが、善意は排除しにくいからだ。

 

そして、そういった「善意の押し売り」は時に深刻な問題を引き起こす。

感動ポルノ、就活ネタ作り…GWに被災地へ殺到する「モンスターボランティア」

災害からの復興にはボランティアの存在が不可欠。だが、まだまだ余震の恐怖から解放されていない被災地では復興ムードはひとまず先の話だ。善意の協力は立派なことであるが、感情に任せて行動するのではなく「自分にできること」を冷静に判断する必要があるだろう。

実際、現場で被災した人たちが必要としているのは「善意」ではない。必要なのは成果であり、生産性の高い活動であり、効率的な支援である。

 

—————–

 

以前、ある開発会社にて、こんなことがあった。

経営者の命により、プロジェクトリーダーが指名され、さらに各部署から「生産性向上プロジェクト」のためのプロジェクトメンバーが集められた。

当初、メンバーたちは「これ以上仕事が増えるのは……」と尻込みした。

日常の仕事を続けながら、プロジェクトまでこなすのはそれなりに厳しいことだったからだ。

 

だが、プロジェクトリーダーの熱意と、地道な草の根活動にメンバーは感銘を受け、努力を続けた彼らは、6ヶ月ほどで一部プロジェクトにおいて成果が見えてきた。

 

プロジェクトリーダーがその成果を経営者に報告すると、経営者は喜んで言った。

「素晴らしい、ぜひその成果を、次の全社定例での皆の前で報告してくれないだろうか。」

プロジェクトリーダーはメンバーの励みにもなると思い、それを引き受けた。

 

果たして、その定例で発表された内容は多くの人の共感を呼んだ。

一部の社員たちは、その発表後、プロジェクトリーダーの元へ行き「手伝わせてくれませんか」と頼んだ。

 

プロジェクトリーダーは思案した。

もちろん助けてもらいたいのは山々だが、このプロジェクトは全員兼任でやっているため、かなり厳しい時間管理が要求される。

リーダーは「手伝いたい」という社員に対して言った。

「手伝ってくれるのは嬉しいし、やってもらいたいこともたくさんあるが、仕事は結構厳しいものになる。その覚悟はあるか?」

彼らはリーダーに「やり抜きます。手伝わせて下さい」と言った。

リーダーは彼らの熱意、そして善意を信じて、彼らをプロジェクトメンバーに加えた。

 

しかしその後、リーダーは自らの見込みが甘かったことを知る。

3ヶ月も経つと、その時参加したメンバーの多くが

「忙しくなりまして……」

「やり方が非効率ですよ」

「面白くないです」

と、プロジェクトから去りだした。依頼していたタスクも中途半端に放り出して、「善意」の人たちはいなくなった。

 

元のプロジェクトメンバーの中にも

「なんであんな連中をプロジェクトに入れたんですか」とリーダーを責める人物が出てきた。

リーダーは失望したが、彼は学んだ。

「人の善意ほど、あてにならないものは無い。」

 

 

もちろん、それは当たり前なのだ。

「善意」をアテにする仕組みが成り立たないことは、歴史が証明している。

 

多くの人が力を合わせて活動するのに必要なのは、善意ではない。規律と仕組み、そしてルールなのだ。

 

【安達が東京都主催のイベントに登壇します】

ティネクト代表・安達裕哉が、“成長企業がなぜ投資を避けないのか”をテーマに東京都中小企業サイバーセキュリティ啓発事業のイベントに登壇します。借金=仕入れという視点、そしてセキュリティやDXを“利益を生む投資”とする考え方が学べます。


ウェビナーバナー

▶ お申し込みはこちら(東京都サイト)


こんな方におすすめ
・無借金経営を続けているが、事業成長が鈍化している
・DXやサイバーセキュリティに本腰を入れたい経営者
・「投資」が経営にどう役立つかを体系的に学びたい

<2025年7月14日実施予定>

投資と会社の成長を考えよう|成長企業が“投資”を避けない理由とは

借金はコストではなく、未来への仕入れ—— 「直接利益を生まない」とされがちな分野にも、真の成長要素が潜んでいます。

【セミナー内容】
1. 投資しなければ成長できない
・借金(金利)は無意味なコストではなく、仕入れである

2. 無借金経営は安全ではなく危険 機会損失と同義
・商売の基本は、「見返りのある経営資源に投資」すること
・1%の金利でお金を仕入れ、5%の利益を上げるのが成長戦略の基本
・金利を無意味なコストと考えるのは「直接利益を生まない」と誤解されているため
・同様の理由で、DXやサイバーセキュリティは後回しにされる

3. サイバーセキュリティは「利益を生む投資」である
・直接利益を生まないと誤解されがちだが、売上に貢献する要素は多数(例:広告、ブランディング)
・大企業・行政との取引には「セキュリティ対策」が必須
・リスク管理の観点からも、「保険」よりも遥かにコストパフォーマンスが良い
・経営者のマインドセットとして、投資=成長のための手段
・サイバーセキュリティ対策は攻守ともに利益を生む手段と考えよう

【登壇者紹介】

安達 裕哉(あだち・ゆうや)
ティネクト株式会社 代表取締役/ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO
Deloitteにてコンサルティング業務に従事後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサル部門立ち上げに参画。大阪・東京支社長を経て、2013年にティネクト株式会社を設立。
ビジネスメディア「Books&Apps」運営。2023年には生成AIコンサルティングの「ワークワンダース株式会社」も設立。
著書『頭のいい人が話す前に考えていること』(ダイヤモンド社)は累計82万部突破。2023年・2024年と2年連続で“日本一売れたビジネス書”に(トーハン/日販調べ)。
日時:
2025/7/14(月) 16:30-18:00

参加費:無料
Zoomビデオ会議(ログイン不要)を介してストリーミング配信となります。


お申込み・詳細
お申し込みはこちら東京都令和7年度中小企業サイバーセキュリティ啓発事業「経営者向け特別セミナー兼事業説明会フォーム」よりお申込みください

(2025/6/2更新)

 

【著者プロフィール】

安達裕哉Facebookアカウント (安達の最新記事をフォローできます)

・編集部がつぶやくBooks&AppsTwitterアカウント

・すべての最新記事をチェックできるBooks&Appsフェイスブックページ

・ブログが本になりました。

「仕事ができるやつ」になる最短の道

「仕事ができるやつ」になる最短の道

  • 安達 裕哉
  • 日本実業出版社
  • 価格¥1,540(2025/06/10 13:50時点)
  • 発売日2015/07/30
  • 商品ランキング151,378位

・上の本のオーディオブックもできました

 

(Photo:Keoni Cabral

 

*1

危機と克服──ローマ人の物語[電子版]VIII

危機と克服──ローマ人の物語[電子版]VIII

  • 塩野 七生
  • 新潮社
  • 価格¥1,515(2025/06/10 04:29時点)
  • 発売日1999/09/08
  • 商品ランキング60,640位