あなたの人生は、あなたしか生きることができない インターネットの備忘録

ヒーローがヒーローらしく、大人が大人らしくふるまうっていうのは、そんなに簡単なことじゃない。 -いつか電池がきれるまで

 

上掲の、2つのリンク先は、40代にこれからなる人と、40代を続けてきた人のブログ記事だ。

二人ともインターネット上の書き手として長いだけあって、現在の心境が、読みやすい文体で綴られている。 

両方の文章を読み進めるうちに、以前から考えていたことがまとまってきたので、文章にしてみる。

 

 自分の人生を自分で生きる、喜びと覚悟 

生き方が多様化している現代社会には、「40歳までに○○をしていなければ大人失格」といった、○○に相当するものが存在しない。

どのように生きて、どのような40歳になるかは、個人の自由と都合に委ねられている。というより、はせおやさいさんが書いてらっしゃるように、自分の人生は、自分にしか生きられない。

あなたの人生は、あなたしか生きることができません。

それはつまり、あなただからこそ得られる喜びや幸福、悲しみや悔しさ、様々な経験があるはず。

誰かが作ったロールモデルや期限に振り回されず、自分が得た感情をめいっぱい味わって、人生を豊かにしていけばいい。

わたしも同じように、得た感情が甘いものでも苦いものでもそれぞれをしっかり味わって、豊かな人生にしていければいいな、と思っています。

 私は、はせおやさいさんのこの言葉に救いを感じた。と同時に、壮年期の覚悟のようなものも読み取った。

ここに書いてあることは、「あなたの好きなように生きていいんですよ」的な慰めとは違う。自分の人生を自分で豊かにしていくということは、人生の豊かさの定義も含めて、自分の人生は、自分で生きていかなければならない、自分で耕して自分なりの豊かさをつくっていかなければならないということと同義でもある。

 

親に言われた幸福や豊かさでもなく、メディアが喧伝している豊かさでもなく、自分のオリジナルな豊かさを定義し、追いかけ、守っていくというのは、楽なことばかりではない。

なぜなら、それで不幸になったとしても、親やメディアのせいには、もうできないからだ。自分の人生の豊かさに対して、責任を持たなければならない、ということでもある。

それでも、自分の人生を自分で生きられる、生きたって構わないという認識は、アラフォーの救いだと私は思う。 

ただ、自分がそれぞれの期限を過ぎたときに、「ああ、間に合わなかったけれど、これはこれでいい人生だな」と思えるかどうかのほうが、もっとずっと重要だと感じる。

100人の人間がいれば、100通りの人生がある。

そしてそれぞれの人生において、それぞれ分からないなりに迷い、選び、後悔したり、それを乗り越えて生きている。

 40代にもなれば、人生は、これまでにできあがった都合や事情によってだいたいのところができあがっていて、1からリセットしてやり直し、というわけにはいかない。

間に合わなかったこと、出来なかったこと、選べなかったこともたくさんあるはずだ。私が思うに、40歳を迎えて無謬で無傷な人生を歩んでいる人など、いるわけがない。

 

だけど、これまでに抱えてきた都合や事情で凸凹だらけになっている自分の人生を、卑下する必要は無い。

むしろ、今の凸凹だらけな自分の人生にあわせて、「豊かさとは何か」を自分なりに再定義して、自分にとって一番良いよう年を取っていけば、それでいいのだ。

 

そういう豊かさのカスタマイズを進めていくにあたって、「自分の人生は、自分しか生きることができない」という認識はひとつの拠りどころになる。

どこかの誰かが言っている豊かさではなく、自分の人生にあわせてカスタマイズした、自分にとっての豊かさを追求していけるなら、凸凹だらけの人生だってそう悪いものじゃないし、まだまだ豊かにしていく余地がある。

たとえ自分の人生が、チンパンジーのような人生でも、野牛のような人生でも、イワシのような人生でも、だ。

 

「『大人』を実践すること」と、自分だけの人生

他方で私は、成人は、多かれ少なかれ「大人」として生きる“べき”だとも思っている。

ここでいう「大人」とは、以前、Books&Appsに寄稿したものとだいたい同じだ。

今は、大人を「やる」ための機会がとても少ない社会になった。

 「大人」という言葉は曖昧なニュアンスを含み、その定義も人によってまちまちだが、あえてひとつの条件に絞るとしたら、私は、「世代や立場が違う人に、その違いを踏まえて対応できること」が「大人」の第一条件だと思う。

 言い換えると、自分の世代のことしか考えられない人、自分の世代の目線を年下世代にそのまま適用している人には、「大人」という言葉が似合わない。

 人は、年齢の違いから逃れることはできない。たとえば、30代の人は20代からは経験の豊かな年上とみられるだろうし、10代以下には、おじさんやおばさんとうつるだろう。

反面、40代からは若手とみなされ、60代からはまだまだ若者の部類だとみなされる。

 

だから私は、自分にしか生きられない自分の人生を生きている人も、年下世代から、年齢相応かどうかを批評されるのは仕方のないことだと思う。

年上が、年下に対して「おまえは年齢相応ではない」と言うのは必ずしも適当だとは思えないが、年下が、年上に対して「あの人は、40歳としてしっかりしていない」といった風に言うのは避けがたく、どのような事情や都合があっても、甘んじて受けなければなるまい。

 

こう書くと、「大人」を実践しながら生きていくことと、前半で書いてきた、自分の人生を生きていくことは、正反対だと思う人もいるかもしれない。

だが、たぶんそうではないのだ。

 

「大人」を実践するというのは、年下から百点満点を貰えるような「大人」を忠実にやってみせるのとイコールではない。

そうではなく、自分の人生の都合や事情を抱えた精一杯の範囲のなかで、できるだけ「大人」をやっていくこと、それでもし、至らないところがあって年下からあれこれ批判されるところがあるとしても、それを受け容れながらも生きていくのが、「大人」の実践ではないだろうか。

 

「大人」を実践する、というと、私達は立派に子育てをしている親や、後進の育成に励んでいる指導者といったテンプレートを想像しがちだ。

もちろん、それらは立派な「大人」の実践ではある。だが、誰もがテンプレどおりに「大人」になれるわけでも、いつでも「大人」をやり遂げられるわけでもない。

 

たとえば、自分が生きていくのに精一杯で、とても年下の目線なんて意識しきれない40代なども、世の中にはいるだろう。

それでも、その人が電車のなかで赤ちゃんの泣き声に文句を言わずに黙っていたりする一瞬一瞬において、その人はやはり「大人」をやっているのだと思うし、それがもし、その人の人生の都合や事情のなかで精一杯だとしたら、それがその人にとっての「大人」の実践だと、今の私は思うのだ。

 

人は、それぞれの都合や事情のなかで、それぞれに豊かさを求めていかなければならない。

と同時に、人は、それぞれの都合や事情のなかで「大人」を実践していくしかない。豊かさのモノサシが各人各様なのに似て、自分に実践できる精一杯の「大人」のモノサシもまた、各人各様のはず。

 

もちろん、10代~20代の人は、精一杯な「大人」の実践に対しても、容赦なく「あの人は大人気ない」「あの人は自分のことしか考えていない」といった風に寸評するだろう。

それは仕方のないことだし、10代~20代の視点として、それは妥当だ。年上は、そういった年下の目線を受け容れなければならない。それでも、自分にできる精一杯のことをやっていくほかない。

 

許せるのも、裁けるのも、最後は自分自身

結局、自分自身の主観的においては、自分の人生がどれぐらい豊かなのか、どれぐらい「大人」を実践できているのか、自分の胸に手を当てて自問してみるしかないのだと思う。

他人はあくまで他人だから、自分の人生の主観的な豊かさを読み取ってはくれない。

苦しい都合や事情のなかでやれる範囲でぎりぎりまで「大人」を実践している人と、望ましい事情のなかで楽々と「大人」を実践している人の、主観的な奮闘の程度についても読み取ってはくれない。

それは、どうしようもないことだ。他人というのは、誰にでも理解できるモノサシでしか、自分のことを見てくれないから。

 

だから、主観的な豊かさを認めるのも、どこまで「大人」を人選しているか否かを裁定するのも、最後の最後には自分自身しかない。

他人から見てどれほど豊かな人生も、またどれほど「大人」を実践しているようにみえる人生も、自分自身がしっかりしていなければ空虚でしかないし、堕落するだろう。

 

客観的にどれだけ豊かで、どれぐらい「大人」を実践できているかが大切なのは言うまでもないし、そういったものを馬鹿にするべきではないだろう。だけど、自分自身の主観的なモノサシも、それに負けず劣らず大切だ。決して軽んじるべきではない。

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【プロフィール】

著者:熊代亨

精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。

通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)『認められたい』(ヴィレッジブックス)など。

twitter:@twit_shirokuma   ブログ:『シロクマの屑籠』

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 (Photo:OiMax