「当店はクレジットカードでのお支払いはできません」
家の近くのレストランでパスタを食べていたら、こんな声が聞こえてきた。
レジを見ると、小学生だと思われる子どもが会計をしようとしていた。その子がクレジットカードを店員さんに見せたところ、このように言われてしまったようだ。お支払いは現金のみ、ということらしい。
子どもは困った顔をして戸惑っていた。現金を持っていないようだ。すると店長さんらしき人がやってきて、笑顔で子どもに何かを伝えた。その後、子どもは帰っていった。
想像でしかないけれど、おそらく「あとで払ってくれればいいよ」というようなことを伝えたのだと思う。
この様子を近くで見て、ある経験を思い出した。
私は高校生の頃、電車通学をしていた。定期券を購入していたのだが、ある日たまたま期限が切れていて、たまたまチャージもほとんどされていなくて、たまたま現金もほとんど持っていない状態で出かけてしまったことがあった。
改札を出る直前にそのことに気づき、駅員さんに謝罪の上、状況を説明して「お金を取りに帰らせてください」とお願いした。
駅員さんは私を改札の外に出すことを認めたが、「これはあってはならないことである。決して許されることではない。だが今はどうしようもない。すぐ家に帰ってお金を持って戻ってくるように」と言葉を添えた。
かなり強い口調で言われたので、私はなんだかものすごく悪いことをしたような気持ちになり、自分を責めた。
実際、自分のしたことはあってはならないことだとわかっているけれど、「ちょっとしたミス」を想像以上に強く責められたような感覚になったのもまた事実だった。
レストランで店長さんの優しい対応を見ながら過去の出来事を思い出していたら、ふとこんな問いが頭に浮かんできた。
「本来払わなければならないお金を払うことができないとしたら、それはどこまで責められるべきなのだろうか。」
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不動産関連の仕事をしていると、賃貸物件では家賃を滞納するテナントが多くいることがわかる。
貸している立場からすると、当然払ってもらわなければならないので督促をする。何度も電話をかけ、時には直接部屋まで行くこともある。
督促の仕事をしていた時は、仕事としては督促しながらも、どこかでテナント側の気持ちを考えてしまうことがあった。
悪意ある人や怠惰な人もいるから一概には言えないけれど、払いたくても払えない人を責めることは、気持ちとしては結構難しい。
そんな気持ちを法律に詳しい人との雑談で少し話してみたことがある。
その人は別の考えを持っていた。
家賃は何度も滞納されると困る。だから賃貸借契約書には「何度も家賃を滞納したら契約を解除する」というような内容の文言が盛り込まれている。
だが記載の通り滞納を繰り返したテナントはすぐ追い出すことができるかというと、実はそういうわけにはいかない。明け渡しの手続きも非常に煩雑である。
それは今の法律がそのようになっているから仕方ないことではあるが、テナントに甘すぎるのではないか。テナントは充分すぎるくらい法的に守られている。そのようなことを説明された。
「でも衣食住は生活の基本なので、部屋から追い出してしまったらその人は困るんじゃないですか? 命にもかかわることだから、そのくらいしっかり守られていた方がいいと思いますが……」
「空腹の人が食べ物を盗んだらそれが犯罪なのはわかるだろう。“食”も命にかかわるが、万引きは万引きだ。これと家賃の滞納は、何が違うのか」
これ以上議論はしなかったけれど、非常に興味深い話だった。
資本主義の中では「本来払わなければならないお金を払うことができない」のは悪なのかもしれない。会社はその中で生き抜いていかなければならない。足枷にすらなりうる“情”は仕事ではいらないのだろう。
でも、普段の生活で周りを見てみると、個別の事情を考慮して「あとで払ってくれればいい」「今回は払わなくていい」と言ってくれる人もたしかに存在する。日常生活においてはそのような“やさしさ”が感じられるととてもあたたかい気持ちになる。
「本来払わなければならないお金を払うことができない」人にも、様々な事情がある。だからと言ってどうにかすることができないケースの方が多いことは重々承知しているが、一律に責めることへの“抵抗感”だけはせめて今後も持ち続けていたい。
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ではまた!
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【著者プロフィール】
名前: きゅうり(矢野 友理)
2015年に東京大学を卒業後、不動産系ベンチャー企業に勤める。バイセクシュアルで性別問わず人を好きになる。
【著書】
「[STUDY HACKER]数学嫌いの東大生が実践していた「読むだけ数学勉強法」」(マイナビ、2015)
「LGBTのBです」(総合科学出版、2017/7/10発売)
(Photo:Petras Gagilas)