かつてアリストテレスは、種々様々な動物を観察した結果、「生物は無生物から自然発生し得る」と結論付けた。これを自然発生説と呼ぶ。
虫は草の露から生まれ、イカは海底の泥から生まれ得ると提唱したのである。
今でこそ荒唐無稽に思える説ではあるが、まだ生命発生のメカニズムが解明されなかった時代、この説は強く支持されるに至った。
そして、17世紀のフランチェスコ・レディ、19世紀のルイ・パスツールの実験等によって否定されるまで、実に2000年以上の長きに渡って広範な信奉を受けるに至ったのである。
これは決して、「かつての科学者、哲学者たちが無知であった、愚かであった」などという話ではない。
我々が今、「生物の自然発生説は誤っている」と断言できるのは、観察手段の発展を背景にした、数々の実証実験の存在があるからだ。
逆に言えば、それら実験を行うことが出来なかった時点では、自然発生説を覆す材料こそが存在しなかった、自然発生説の方がむしろ実際の観察結果に即した実証的な説であった、とすら言えるのである。
「その時点で得られる材料で、最大限妥当な説を信じる」ということは、決して誤ったことではないし、愚かなことでもない。
同じようなことは、例えば地動説、天動説の対立などでも言うことが出来る。
かつて、プトレマイオスが天動説を体系化した時点では、天動説こそが「観察できる範囲での天体の動き」を説明する上で最も優れた説であった。
コペルニクスが地動説を提唱した当時においても、地動説は決して「天動説を覆せる確固たる理論」という訳ではなかった。
ガリレオが木星の衛星を発見し、ケプラーが惑星の楕円軌道を見出し、ニュートンが運動の法則を体系化したことで、初めて地動説は「天動説に完全に優越する、天体の動きを説明する為の最も妥当な説」になったのである。
定説は移り変わるものであり、科学者とは「十分な根拠が示されるのであれば、常識をひっくり返すことを躊躇わない」人々のことである。
今正しい定説が、100年先も妥当であるという保証は、地平線まで探しても存在しない。同時に、今現在得られる材料で「妥当である」と証明された定説を信じない理由も存在しない。この二つは、決して矛盾しないのだ。
ところで私は、つい先日、新たな「自然発生説」が提唱される場面を正に眼前で見た。提唱したのは、若干7歳の少女である。
その自然発生説に敢えて名前をつけるとすれば、
「公園になんかいつのまにか転がっているBB弾自然発生説」
と呼ぶのがもっともふさわしいだろう。
公園になんかいつのまにか転がっているBB弾自然発生説。
その提唱の経緯を、今ここで語ろう。
*****
皆さんは、公園で遊ぶことがおありだろうか。また、公園に幼児を連れていったことはおありだろうか。
公園に幼児、特に幼稚園~小学校中学年程度の男子を連れていって遊ばせた経験がおありの方であれば、恐らく「公園に転がっているBB弾」についての知見がおありだろう。
公園には、驚く程の頻度でBB弾が転がっている。木陰に、滑り台の裏に、手すりの淵に、花壇の中に。
そして、多くの場合、男児はそれらBB弾を拾い集めて、自宅のどこかしらに集積することを好む。時には彼らは、なんか適当な箱にBB弾を詰めて、それを「宝箱」などと称することすらある。
男児のBB弾に対する思い入れは驚く程のものであり、特に透き通ったシースルーのBB弾は、時にクラス内の力関係に重大な変動をもたらす程の価値をもつことがあるという。BB弾経済である。
それはそうと、これには恐らく多くの観察例があると思うのだが、公園のBB弾には、一つ重要な謎がある。
それはつまり、
「一見するとBB弾で遊んでいる子どもが見当たらないのに何故かいつの間にかBB弾が補給されている」
という謎である。
今更言うまでもなく、BB弾は普通エアガンに詰めて撃ち合って遊ぶものだ。サバゲ―で頻繁に利用される他、子ども用のBB弾鉄砲など、ある程度ライトなエアガンにも利用される。
ところが。「公園でエアガンを遊んでいる人」が観測出来ないのだ。
近所の公園には、エアガンを撃ち合っている大人も子どももいない。自分たちが独自で遊んでいる範囲であれば、「たまたま時間が合わなかっただけ」ということも十分に考えられるが、塾帰りに公園で休んでいるケースであるとか、夕方買い物帰りに公園で世間話をしている主婦など、様々な層にヒアリングをしても「エアガンで遊んでいる人・子ども」を見かけたという情報がない。
そもそも、当該公園自体が町中のごくせまっ苦しい公園であって、間違っても複数人数のサバゲ―に利用されるような環境とはいえない。また、隣りの隣りくらいに交番があり、夜間にサバゲ―をして騒げるような環境でもない。
ところが、公園には必ず、あるサイクルで少しずつBB弾が再配置されていくのである。
ついこの間BB弾を拾ったばかりの木の裏に、いつの間にかまた別のBB弾が落ちている。スーパーに面した塀の下に、見た記憶がない緑色のシースルーBB弾が落ちている。
つまり、そこにある筈のないBB弾が、あたかも降ってわいたかのようにいつの間にか公園に存在しているのである。これは一体いかなる現象であるのだろうか。
そもそも、この疑問を初めて見出したのは私ではない。現在7歳であり、先月から小学校に通い始めたしんざき家次女である。
次女はBB弾が何なのかを知らない。が、「にいに(長男)が大好きでよく集めてくる」小さくて丸い物体、という程度の知識はある。
次女は、私に対して「ねえパパ」と呼びかけながら、お気に入りのアスレチックの根っこを指さした。
「これ、びーびーだん、昨日なかったよね?」
そこには、長男であれば目の色を変えて飛びついていたであろう、緑色のシースルーBB弾が落ちていた。
「なかったね。にいにに持って帰ってあげる?」
ところが次女は、兄の存在など完全に忘れているかのように言葉を続けた。
「なんで落ちてるのかな?いつの間に落ちたのかな?」
そりゃまあ誰かが遊んで落としたんじゃないだろうか、と思ったが、言われてみるとこの公園でBB弾を使って遊んだ子どもを見かけた記憶がない。ちなみに、これ以降にヒアリングをしてみても、その形跡を見つけることは出来なかった。
なるほど、これは私が気付かなかった疑問だ。子どもの観察力というのは面白いなあ、と思いながら、
「うーん、なんでかな。次女ちゃんはどう思う?」
と聞いてみたところ、
「私ね。これここで勝手にできてると思うの」
予想外の答えが返ってきた。
「だって、にいにやお友達は、これ凄い好きで、皆宝箱に入れちゃうじゃない?そんなのおいてくわけないし、わけてあげるのでもけんかしてるじゃない?じゃあ誰かがおいてったわけじゃないと思うの」
「なるほど」
つまり彼女は、緑色のBB弾を「凄い貴重なもの」として認識していて、そんなものが人為的に放置される訳がないと考えている。経済学的に利に適った考え方である。
「じゃあ空から降ってきたのかな」
「パパ。空から降ってくるのはあられ」
まさかの強力な反駁を受けてしまった。まるでわがままな子どもを窘めるかのような冷静な一言である。
「これはね、きっと、地面の中で出来てるの。それがその内上まで出てきてるの。絶対そう」
「なんでそう思ったの?」
「世界ふしぎ発見で見たの」
これもまさかの名前が出てきたが、後になってからヒアリングをしたところ、「宝石が地中で生成されて鉱山で掘り出される」という番組か何かを見たらしい。次女は大体のドキュメンタリー番組を「世界ふしぎ発見」と呼ぶので、それが本当に世界ふしぎ発見なのかどうかは不明である。
この時私は、次女が提唱した「BB弾自然発生説」を否定するだけの根拠を持っていないことに気が付いた。
次女は、少なくとも、「昨日BB弾はなかった」「今日落ちていた」「誰かが持ち込んだ、という理由は筋が合わない」という、きちんとした思考過程に基づいてこの説にたどり着いた。アリストテレスではないが、これは彼女なりのきちんとした推論、きちんとした結論だ。
なるほど、BB弾について細かく説明して、例えばそれがどこでどんな風に生産されているんだ、と説明することは簡単だろう。BB弾が地中で生成される筈がない、ということを説明することも簡単だろう。
だがそれは、私にとってすら単なる聞きかじりの知識であって、実際の観察に基づいた結論ではない。そして、「公園には何故いつの間にかBB弾が落ちているのか」という疑問の答えですらないのだ。
そんな薄っぺらな知識で、次女が自分の力でたどり着いた結論を簡単に否定していい筈がない。
だから私は、次女にこう言った。
「次女ちゃんの説は分かった。ただ、パパはパパで、なんで落ちてるのか考えてみたいから、パパの説も出来たらどっちが正しいのか話し合おう」
こうして私は、今に至るまで「公園のBB弾は何故いつの間にか落ちているのか」という問題に取り組み続けている、という次第なのである。
私はまだ答えにたどり着けない。そして、少なくとも今この時点では、次女が提唱した「公園になんかいつのまにか転がっているBB弾自然発生説」の方が妥当かも知れない、とすら思うのだ。
という話を、途中経過として次女に伝えてみたところ、次女は「なんだっけ?」と言いながら罪のない顔でコーヒーゼリーを食べていた。
提唱者は「BB弾自然発生説」のことを忘れ去ってしまっているようだが、将来万が一にもその正しさが証明されないとも限らず、今の内に提唱の功績を明確にしておく必要がある、と考えこの記事を書いた次第である。
皆さんは知っているだろうか。公園にいつの間にか落ちているBB弾が、どこから来たのか。どこへ行くのか。
もしもあなたが「BB弾がどこから来たものなのか知っている」ということであれば、ヒントだけでも構わない、こっそり私に教えて頂けないだろうか。特に「空から降ってきたのを見た」というような話を歓迎したい。
今日書きたいことはそれくらい。
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著者名:しんざき
SE、ケーナ奏者、キャベツ太郎ソムリエ。三児の父。
レトロゲームブログ「不倒城」を2004年に開設。以下、レトロゲーム、漫画、駄菓子、育児、ダライアス外伝などについて書き綴る日々を送る。好きな敵ボスはシャコ。
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(Photo:Yoshito Hata)