「クライアントの社内会議への出席」は、コンサルタントの仕事としてはごく一般的だ。

「社外の専門家の意見がほしい」という依頼が一般的だが、中には「どの管理職が優秀かを見てほしい」とか「会議のやり方について意見がほしい」といったものもある。

 

今回ご紹介したいのは、その会議の場での、一人の営業の話だ。

 

クライアントは、ハイテク製品のメーカーで、会議の内容は、営業戦略を検討することだった。

最近業績が振るわないため、社長から

「下期は、抜本的に営業の動きを変えるように」

という指示が出ていた。

 

だが、部長を含め、営業部の幹部たちは、悩んでいた。

なぜか。それは営業の不振の理由が、「営業部」だけのものではないからだ。

 

多くの方がご存知の通り、会社の競争力は、営業力だけに依るものではない。

そもそもターゲットとするマーケットの狙い方や、自社製品の品質、競合製品の強さ、製品のサポート体制など、様々な要因があって、はじめて「競争力」が維持される。

実際、営業幹部たちは、「自分たちは力を尽くしている。製品が悪い。」と考えていた。

 

営業幹部の一人はこう言っていた。

「昔からの付き合いで買ってもらえるけど、うちの主力製品は少し時代遅れになりつつあるんだよ。最近はPC上でシミュレートできるものも多いし。」

 

だが、経営者は製品が型遅れでやや競合に劣っているからこそ「営業がだらしないから、売れないんだ」という考えを持っており、営業幹部たちと対立していた。

私はその実態を知るために、営業会議への参加を依頼された、というわけだった。

 

会議が始まったが、当然のことながら、営業部の雰囲気は重苦しい。

当然だ。幹部たちは皆「業績が悪いのは営業のせいではなく、製品開発部の責任だ」と考えているのだ。

そのため、営業会議はいつも、自社の製品の不満について、愚痴を言う場になっていた。

 

 

そんな営業会議に一人、例年とは異なる人物が混ざっていた。

期首にマネジャーに抜擢された、一人の若手だ。名前を仮にSさんとする。

 

Sさんは生え抜きではない。

中途採用で数年前に入社した若手で、前職は印刷会社の営業をやっていた。

 

全く畑違いの業界からの転職だったのだが、「ハイテクに関わりたい」との本人の熱意と、彼の前職での成果を高く買った経営者が、特別に採用をしたものだった。

全く関係ない業界からの転職というところも、経営者にとっては「新しい風を吹き込んでくれるかもしれない」との期待があった。

 

そして、経営者の意図はあたり、Sさんは入社初年度、大きな業績をあげた。

Sさんはよく言っていた。

「印刷会社の営業に比べれば、うちの製品はなんて売りやすいんだろうと、感激してます。」

もちろんこれはSさんの謙遜込みの発言だ。

 

私がデータを見る限り、Sさんは実によく行動していた。

見込み客リストは真面目に電話とメールをし、一度営業に行ったお客さんへのフォローも確実に行っていた。

彼の営業は押し付けがましくなく、好感が持てるものだった、というお客さんからのアンケートもあった。

 

そのSさんは、マネジャーとして今年から幹部の営業会議への出席を許され、末席に座っていたのだった。

 

 

会議は始まって30分ほど経過していた。

愚痴があらかた言い尽くされて膠着していたとき、Sさんは部長に向かって発言の許可を求めた。

 

部長が発言を許すと、Sさんは語りだした。

「本音でいうと、今年の売上目標、きっついです。」

「売上目標がきつい」に軽々しく同意しては、経営者に何を言われるかわからない。

だから皆、頷くことはないが、じっとSさんの話を聞いている。

「でも、良い方法があまりない。」

 

すると、一人のマネジャーが言った。

「だから、製品開発部にいつも申し入れをしているんじゃないか。」

Sさんは頷いた。

「もちろん、製品開発部に改善してもらわないとダメです。それはそうです。でも……出てきそうにないですよね。正直。」

 

皆、黙っていた。Sさんは続ける。

「わたしはいつも思ってたんです。私は会社に恩返しがしたい。こんな未経験の私を採用していただいて、一人前にしていただいた。でも今は危機です。私もなにかできることがしたい。そこで考えてきました。」

Sさんは、自分が温めてきたであろう施策を、皆の前で披露した。

 

端的に言えば、それは「ローラー作戦」だった。

つまり力技である。

過去客、メールマガジンの購読客、問い合わせ頂いたお客さんのリストなどに、ひたすら連絡して、受注の糸口を見つける、という方法と呼べないような方法。

おそらく前職でやっていたであろう、残念ながら誠に賢くない方法をSさんは提案したのだった。

 

当然、皆の反応は良くなかった。

「まあ、そう言うけど、強豪がすでに入り込んでるからね……」

「効率悪いよ。」

「それよりも既存客へ単価アップの提案をしたほうがいいよ。」

「そもそも製品開発部が……」

要するに、皆「やりたくない」という気持ちでは一致していたように見えた。

 

正直に言えば、少し皆ががっかりしていただろう。

成果をあげてきているSさんのことだから、少なからず「起死回生の策があるのでは」という期待が皆にあったのかもしれない。

とどめの一撃で、課長の一人が、バカにしたようにSさんに言った。

「で、誰がソレをやるんですか。」

 

ところがSさんの次の一言は、皆の予想を裏切るものだった。

「当然、私がやります。任せていただけないでしょうか。」

 

皆は、呆気にとられていた。当然、Sさんから「みんなでやりましょう」という提案が出てくると思っていたからだ。

Sさんは言った。

「もちろん、これより良い方法があれば、そちらをやります。ただ、あまり意見が出ていないようですので……。」

 

部長はSさんに

「わかったが、目標は変わらないからそのつもりで」と言った。

 

営業会議は、その後さしたる成果もなく、終了した。

 

 

私は完全に余計なお世話だと自分でも思うのだが、会議のあとにSさんに耳打ちした。

「責任被せられて、損をするだけかもしれませんよ。」

 

Sさんは私をじっと見て、それから口を開いた。

「そう言うことをやる人も中にはいるでしょうね。でも、ここで大事なのは私の納得感です。」

「納得感。」

「やれるだけやってみて、それでダメなら、相応の評価を受けます。それでいいです。だって、力を尽くしたんですから。」

 

私はSさんに余計なことを言ってしまった自分を恥じた。

そうだ、確かに仕事とはそういうものだ。

 

私はピーター・ドラッカーの「非営利組織の経営」の一節を思い出した。

自らを成果をあげる存在にできるのは、自らだけである。他の人ではない。

したがって、まず果たすべき責任は、自らの最高のものを引き出すことである。それが自分のためである。

人は、自らがもつものでしか仕事ができない。しかも人に信頼され、協力を得るには、自らが最高の成果をあげていくしかない。

 

ばかな上司、ばかな役員、役に立たない部下についてこぼしても、最高の成果はあがらない。

障害になっていること、変えるべきことを体系的に知るために、仕事のうえでたがいに依存関係にある人たちと話をするのも、自らの仕事であり、責任である。

 

成功の鍵は、責任である。自らに責任をもたせることである。あらゆることがそこから始まる。

大事なことは、地位ではなく責任である。

 

責任ある存在になるということは、真剣に仕事に取り組むということであり、成長の必要性を認識するということである。

もちろん、狡猾な経営者が、「納得感」や「やりがい」を悪用することがある。

だが、そういった会社は、さっさと辞めれば良い。

ピーター・ドラッカーも上に続けて言っている。

「組織が堕落していたり」「上司が人を操ったり」「上司が部下を育て、励まし、引き上げる役目を果たさない」ような組織は、やめることが正しい選択だと。

 

重要なのは、公正であること。公平であること。

それをごまかして、手を抜いて仕事をしていると、やがて自らを二流の存在と見るようになる。

 

そして、それこそが取り返しの付かないことなのだ。

 

 

その後、Sさんは1ヵ月、孤独にローラー作戦をやり抜いた。

そして、成果、と呼べるものはたった3社。それも小さな額であった。

 

しかし。

私が知る限りにおいて、Sさんは間違いなく営業部の何人かの尊敬を集めた。

マネジャーの一人は、「あいつ、すごいよ」と言った。

彼に心無い一言を言った課長は、Sさんを陰から手伝うようになった。

 

そして、何よりも一番変わったのは、経営者と製品開発部だった。

Sさんは「弊社と取引してもらえない理由」を逐一、経営者と製品開発部へも報告していたが、Sさんの行動力は、彼らに聞く耳をもたせた。

 

その多く寄せられた理由を見て、経営者と製品開発部は、営業部の部長と、新製品に関する冷静な話し合いを持った。

 

もちろん、この会社がその年、いきなり業績を伸ばした、という話はない。

そんなに簡単に、業績は上がるものではない。

 

ただ、会社の雰囲気は確実に変わった。

経営者と営業部が、お互いのせいにする、という風土は、Sさんの発奮によって、確かに変化したのだった。

 

 

私はそのような「責任」を持って仕事をする、名もなき人々を、心から尊敬するのである。

 

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(2024/3/26更新)

 

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