いわゆる「ブラック企業」を直接間接に観測したことが、何度かあります。
私も一時期、「これはブラックといっていいんじゃないか」という企業に属していたことがありますし、ブラック企業に所属して心身ともに疲弊している人に接したことも何度かあります。
(自分も含めて)そういったケースを観測する中で、「いわゆるブラック企業」の経営者というものには、割と共通した傾向があるんじゃないかなーと思うようになりました。
それは、以下のような言葉で表現することが出来ます。
・客観的に自社を見る能力、ないしスタンスの欠如
・自社の体制に対する自浄能力、批判的検討能力の欠如
・法令の軽視、コンプライアンス体制の軽視
もうちょっと具体的な言い方に直すと、
例えばいわゆるブラック企業批判を目にしても全然自社のことと紐づけては考えないし、
そもそも自社の体制に関して「こういう問題があるから改善しなくては」という意識が薄いし、
労基法なんて建前であって、うっかりすると「あんな法律を真面目に守っているところなんてない」とまで考えている。
勿論これは卵ニワトリの問題であって、「ブラック企業にはこういう傾向がある」のか、「こういう傾向があるから結果的にブラック企業になる」のかは判然としません。
ただ、彼らブラック企業の経営者の多くが、外部から見るとどう見ても真っ黒な経営体制をとって、従業員を心身ともに疲弊させていたとしても
「我が社の社員は愛社精神をもって本当に喜んで頑張ってくれている」とか、
「負荷は人を成長させる」とか、
自分の都合の良いように解釈しているというのは、割と広範に言えるような気がしているんです。
多くの場合、彼らは精神的な切断処理に長けています。真面目に従う従業員は(主観的には)大事にする一方、
「こいつは役に立たない」と判断したり、自社の体制に意見したりする社員は、心理的にあっさりと切断して徹底的に詰め始めたりする。
更に、例えば「ブラック企業でパワハラ自殺が」みたいなニュースを見たとしても、「こういうことが自社で起こるかも」などとは全く考えないわけです。
全くの他人事として受け取るのはデフォルト。
うっかりすると、「こんなひどい企業があるとは!」と自分でも憤ったりする。
「うちの会社も五十歩百歩だからなんとか改善しなくては」という思考には、何故か全く結びつかないのです。
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時折、「パワハラによる自殺」であるとか、「ブラック企業で精神的に追い詰められて自殺」という事案を目にすることがあります。
仕事に追いまくられて精神的な余裕をなくして、その上マネージャーや上司に詰められまくって、心身ともに摩耗し尽くして自ら死を選ぶ、というのは本当に痛ましいことです。
ただ、その痛ましさを承知の上で、それらの案件に関して「当該企業を大々的に炎上させる」という動きをとることには、私はかなり懐疑的です。
勿論、炎上させる人達にはそれぞれの正義感があり、それぞれ批判する理由があります。
当該企業に社会的な制裁を加えるというのも、ブラック企業を社会問題化することでブラック企業の撲滅に資する、というのも、恐らく彼らにしてみればちゃんとした理由なのでしょう。
ただ、炎上させる人たちが頻繁に口にする理由の一つである、「他のブラック企業に対する牽制」という点については、「多分あんまり効果ないと思います」と言えます。
何故なら上記した通り、ブラック企業の経営者は、炎上案件を「自社でも起こり得ること」だとは全く考えないから。
たとえ口では「うちの職場ってブラックだよなー」などと言ったとしても、その実それを問題だとは全く認識していないから。
うっかりすると、自社のことを「一見ブラックなのに社員が皆頑張ってくれている素晴らしい企業」と認識してすらいるから。
自分の中で完全に切断処理が済んでいるので、たとえ「ブラック企業」が炎上していたとしても、それは対岸の火事どころか、ユーラシア大陸東岸からアメリカ大陸西岸の火事を眺める程度の認識にしかならないわけです。
世間にひしめくブラック企業に、もし本当にダメージを与えようとするならば、やるべきことは「表面化したブラック企業を叩いて溜飲を下げること」ではなく、その場から逃げる心理的余裕すらなくしている人たちに、「逃げる余裕」を作ってあげる方法を考えること。
例えばの話、労基に駆け込むハードルを下げてあげるであるとか、労基に従うのは本来当然のことであることを喧伝してあげることであるとか、要は「逃げるが勝ち」であることを伝えてあげることなんじゃないかなー、と、そんな風に思うわけなんです。
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昔、WHOが「自殺予防のために」という提言をしたことがありまして、その一部日本語訳を厚生労働省のページから読むことが出来ます。こちらのページです。
WHO 自殺予防 メディア関係者のための手引き(2008年改訂版日本語版)
http://npsy.sapmed.jp/wp-content/uploads/2015/12/5.pdf
一部を引用しますと、
・ 自殺を、センセーショナルに扱わない。当然の行為のように扱わない。あるいは問題解決法の一つであるかのように扱わない
・ 自殺の報道を目立つところに掲載したり、過剰に、そして繰り返し報道しない
・ 自殺既遂や未遂に用いられた手段を詳しく伝えない
・ 自殺既遂や未遂の生じた場所について、詳しい情報を伝えない
・ 見出しのつけかたには慎重を期する
・ 写真や映像を用いることにはかなりの慎重を期する
私、ここに書いてあることはかなり妥当だと思っておりまして。
要は、メディアの報道が模倣自殺を引き起こしていることについての指摘と、それを防止するための提言です。
これ、今のwebでも同じことは言えると思うんですよ。
模倣自殺に関する論文は複数ありまして、これなんか代表的なもののひとつだと思います。
わが国における自殺関連行動及ぴメディア報道・利用に関するデータを用いてメディアの持つ自殺への影響を検討した研究のレビューを行った。
これらの研究を概観したところ、研究は主に、 1)自殺と特定のメディアの報道・利用との関連、と、 2) 自殺報道の内容、に関する研究の二種類が見られた。
これらの研究では、有名人及ぴ一般人の自殺に関するメディア報道が自殺に影響を持つこと、ニュースバリューのあるものに偏った報道がなされるために報道からバイアスのかかった知識を得る可能性があることが示唆された。
これらの結果は、海外におげる研究結果と概ね一致していた。
例えばいじめで言えば、大々的な報道をすることによって、いじめられる側が「自分が自殺してもこれくらい騒いでもらえる」「それによっていじめた側に復讐が出来る」という動機を得てしまうかも知れない、という話ですよね。
パワハラでも同じような構図が発生する可能性はあって、追いつめられた人達に対して「自殺」という選択肢を大々的に提示してしまうことによって、模倣自殺を増やしてしまう可能性が大いにあるということは、既に諸々の研究で示されているところなわけです。
だから私は、「パワハラ自殺案件」を大々的にクローズアップするべきではない、目立つ形で炎上させるべきではない、と考えます。
今回の件であれば、遺族の方々は淡々と法的手続きを進めていて、既に訴訟も進んでいるわけで、後押しするのであればそちらの動きを後押しするべきであって、がーーっと炎上させても「パワハラに伴う自殺」という「ひとつの選択肢」がクローズアップされるだけで何もいいことはない。
それを見て他のブラック企業が「改善しなくては」と考える線も薄く、一方模倣自殺の連鎖を引き起こし兼ねない訳です。
現在の日本において、「ブラック企業からは逃げるべき」というのは、かなり普遍的な真理になっていると思います。
失業保険もある。
転職も出来る。
退職についても、最近は代理で退職手続きを済ませてくれるサービスまである。
ただ、精神的に追い詰められた人たちは、そもそもそういう選択肢に辿りつけないんです。
だから、外野がすべきことは
「逃げ道を明示してあげること」
「「逃げる」という選択肢のハードルを下げてあげること」
「淡々と労基の行くことを勧めてあげること」です。
勿論、「代理退職サービスについて教えてあげること」もそれに含まれるでしょう。
ただ「ひどい会社だ!燃やせ!!」なんて炎上させることは、叩いている人たちの溜飲を下げるだけで、他には何もいいことはないんじゃないか、と。
そんな風に考えるわけなんです。
今日書きたいことはそれくらいです。
【安達が東京都主催のイベントに登壇します】
ティネクト代表・安達裕哉が、“成長企業がなぜ投資を避けないのか”をテーマに東京都中小企業サイバーセキュリティ啓発事業のイベントに登壇します。借金=仕入れという視点、そしてセキュリティやDXを“利益を生む投資”とする考え方が学べます。

こんな方におすすめ
・無借金経営を続けているが、事業成長が鈍化している
・DXやサイバーセキュリティに本腰を入れたい経営者
・「投資」が経営にどう役立つかを体系的に学びたい
<2025年7月14日実施予定>
投資と会社の成長を考えよう|成長企業が“投資”を避けない理由とは
借金はコストではなく、未来への仕入れ—— 「直接利益を生まない」とされがちな分野にも、真の成長要素が潜んでいます。【セミナー内容】
1. 投資しなければ成長できない
・借金(金利)は無意味なコストではなく、仕入れである
2. 無借金経営は安全ではなく危険 機会損失と同義
・商売の基本は、「見返りのある経営資源に投資」すること
・1%の金利でお金を仕入れ、5%の利益を上げるのが成長戦略の基本
・金利を無意味なコストと考えるのは「直接利益を生まない」と誤解されているため
・同様の理由で、DXやサイバーセキュリティは後回しにされる
3. サイバーセキュリティは「利益を生む投資」である
・直接利益を生まないと誤解されがちだが、売上に貢献する要素は多数(例:広告、ブランディング)
・大企業・行政との取引には「セキュリティ対策」が必須
・リスク管理の観点からも、「保険」よりも遥かにコストパフォーマンスが良い
・経営者のマインドセットとして、投資=成長のための手段
・サイバーセキュリティ対策は攻守ともに利益を生む手段と考えよう
【登壇者紹介】
安達 裕哉(あだち・ゆうや)
ティネクト株式会社 代表取締役/ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO
Deloitteにてコンサルティング業務に従事後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサル部門立ち上げに参画。大阪・東京支社長を経て、2013年にティネクト株式会社を設立。
ビジネスメディア「Books&Apps」運営。2023年には生成AIコンサルティングの「ワークワンダース株式会社」も設立。
著書『頭のいい人が話す前に考えていること』(ダイヤモンド社)は累計82万部突破。2023年・2024年と2年連続で“日本一売れたビジネス書”に(トーハン/日販調べ)。
日時:
2025/7/14(月) 16:30-18:00
参加費:無料
Zoomビデオ会議(ログイン不要)を介してストリーミング配信となります。
お申込み・詳細
お申し込みはこちら東京都令和7年度中小企業サイバーセキュリティ啓発事業「経営者向け特別セミナー兼事業説明会フォーム」よりお申込みください
(2025/6/2更新)
【プロフィール】
著者名:しんざき
SE、ケーナ奏者、キャベツ太郎ソムリエ。三児の父。
レトロゲームブログ「不倒城」を2004年に開設。以下、レトロゲーム、漫画、駄菓子、育児、ダライアス外伝などについて書き綴る日々を送る。好きな敵ボスはシャコ。
ブログ:不倒城
(Photo:Kevin Masson)