最近では、「優しい上司」が好まれると聞く。

 

産業能率大学の調査でも、理想の上司トップの特性として「優しい」や「親身」などの文字が並ぶ。

2020年度新入社員の理想の上司

2020年度新入社員の理想の男性上司の1位は、3連覇となる内村光良さん、理想の女性上司の1位は、天海祐希さんが2年ぶりに1位に返り咲き、通算9回目のトップとなりました。内村さんを選んだ理由は、「優しくて人柄が良い」「的確に指導してくれそう」などでした。天海さんを選んだ理由は、「親身になって話を聞いてくれそう」「仕事がバリバリできそう」などでした。

しかし、本当に「優しさ」が人望を左右するのだろうか?

 

 

少し昔のことになるが、ある企業で、対照的な2名の課長がいた。

 

一人は厳格なタイプ。

部下に規範を押し付け、そのとおりに行動すれば惜しみなく称賛するが、その規範に違反すれば、容赦なく叱責し評価を下げる。

部下の意見を殆ど聞かず、自分の描いたプランに強い執着を持つ。

 

もう一人は寛容なタイプ。

部下の意見をよく聞き、決して自分の意見を押し付けない。部下に一理あると思えば、前言撤回も辞さない。

部下からの忠告もよく聞く。

 

さて、上の二人のうち、どちらが部下から慕われただろうか。

 

……

……

……

さて、正解だ。

 

意外に思うかも知れないが、実は「厳格なタイプ」の課長のほうが、より強く、部下から慕われる傾向にあった。

もちろん、「根本的に合わない」と言って、毛虫のように嫌う人もいたが、厳格な彼は、「寛容なタイプ」の上司よりも、はるかに人々の支持を集めた。

 

いったいなぜだろう?

すぐにわかった方は、リーダーの素質があるかも知れない。

 

「厳格な上司」がなぜ慕われたか

結論から言うと、彼は、「とっつきにくい」と思われていたが、あの人の言うことには一貫性があり、従うべきだ、という空気を作りだしていた。

なぜなら、彼の部下たちは、迷わず行動できたからだ。

「上司の設定する規範」をきちんとクリアしていれば、彼らは決して責められることはなかった。

 

例えば「クレームがあったら、その日のうちに菓子折りを持って客先にいけ」という行動規範はとても明確で、どんな状況でもそれをやれば、部下はまず叱られなかった。

逆に、客先にいかなかった部下は、どんな理由でもそれを彼は許さなかった。「言い訳するなあ!」と怒鳴ったこともあった。

 

あるいは「新人は宴会では酒を注いで回れ」とうるさく指導し、新人に嫌がられていたが、結局彼は、それさえやっていればあとは何も言わなかった。

 

その反面。

「優しい上司」は確かに付き合いやすいが、多くの場合「指導力不足」、あるいは「何を考えているかわからない」という印象を持たれていた。

なぜなら、部下たちが判断に迷うシーンが多かったからだ。

 

上司がはっきりと判断基準を示さないので、会議が長引いた。

頻繁に上司に「相談」をしなければならず、煩雑さがチームにもたらされていた。

「みんながのびのびやるのが、一番いいよ」

「みんなで決めることが重要だよ」

などと言っていたが、「本当は何をしたほうがいいのか」と、部下は不安になっていた。

 

また、自我の強い部下は、課長を若干バカにしていた。

「ま、何でもいい、っていうんだろ。」と言った感じだ。

 

リーダーは、規範を明確にし、それを厳格に守らせる人

ここまで述べてきて、おそらく勘の良い方は気づいたのではないだろうか。

結局の所「リーダー」は、規範を明確にし、それを厳格に守らせるからこそ、逆に人々にリーダーであると認められるのだ。

 

Googleの創業者、ラリー・ペイジは初期のGoogleの広告プログラム「アドワーズ」が見当違いの広告ばかりを表示するのに頭にきて、週末にこんな行動をとった。

ラリーは、気に入らない結果が表示されたウェブページをプリントアウトし、不適切な広告に蛍光マーカーを引いて「この広告はムカつく!」と大書きし、ビリヤード台脇のキッチンの掲示板に貼りだしたのだ。

それからさっさと家に帰った。誰にも電話やメールをしなかった。緊急会議も招集しなかった。私たちに問題を知らせることもなかった。

想像してみてほしい、あなたの上司が「このチラシはムカつく!」と書いて、会社の掲示板に張り出して、何もしないで帰ってしまったと。

「ヤベー上司だ」と思う方も多いだろう。

 

ところが、Googleの「担当者でもない」エンジニアたちは、即、週末にコードを書き、週明けに改良点を提示した。

週明け月曜日、午前五時五分。検索エンジニアのひとり、ジェフ・ディーンが一本のメールを送った。ジェフと数人の仲間(ジョージ・ハリク、ベン・ゴメス、ノーム・シャザー、オルカン・セルシノグル)はラリーの掲示を見て、広告がムカつくという評価はもっともだと思った。

ただ、ジェフのメールはラリーの意見に賛同し、問題に関するおざなりな感想を述べただけではなかった。問題が起きた原因を徹底的に分析し、解決策を説明し、五人で週末にコードを書いた解決策のプロトタイプへのリンクを含めた。さらにプロトタイプを使って検索した結果のサンプルも表示し、現行システムと比べて明らかに優れていることを証明したのである。(中略)

何より驚くのは、ジェフら五人は広告担当チームのメンバーですらなかったことだ。

 

なぜ彼らの対応が早かったのか。

それは、たまたま金曜日の午後にオフィスでラリー・ペイジのなぐり書きを目にした彼らは、

「世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスできて使えるようにすること」という、トップの示す厳格な規範に従ったからだ。

 

だから何とかしてしまった。週末であるとか、そういうことは関係なかった。

「解決したらトップから称賛が得られる」ことは確実だった。

 

こうした「規範」が、組織の構成員の一人ひとりに浸透した時、それは「文化」と呼ばれるようになる。

Googleの企業文化は、トップの「押し付け」の賜物だったとも言える。

 

逆に、表層的な優しさ、「いいよいいよ」と言ってしまうようなリーダーの性質、つまり迎合的な性質は、最初のうちは人当たりの良さで覆い隠されているが、時間が経つと徐々に失望に変わる。

「あ、こいつはリーダーじゃないな」と。

 

規範がコロコロ変わるのも良くない。それは「理不尽だ」という印象を部下に与える。

規範が明確で一貫性がある場合には、部下は少なくとも上司の考えていることがわかるが、規範に一貫性がない場合、部下は何を拠り所に判断を行えばよいか、全く予想がつかないからだ。

 

そして、それが行き過ぎると、今度はそれが「恐怖」に変わる。

 

多くの独裁者が、部下から恐怖の対象となるのは、その「気まぐれさ」が際立つときだ。

そうすればもはや、彼は「リーダー」ではなく、単なる暴君と化す。

 

「憎まれっ子世にはばかる」は真実

こうした性質を見ていくと、「民主的」なプロセスではリーダーは選ばれないな、とよく分かる。

人におもねる、迎合的な人物は、「嫌われない」のがせいぜいで、決して人々からリーダーであると認められることはない。

 

逆に、非寛容で、間違っていようとも規範を押し付け、それに従うものを厚く遇し、反するものを容赦なく排除する人物のほうが、「よりリーダーらしく見える」

それはある意味、理性的な選択というよりも動物的な衝動に近いかも知れない。

「憎まれっ子世にはばかる」は真実だ。

 

だが、ここでの注意点は、リーダーらしく「見える」だけであって、そのリーダーが掲げる規範が正しいかどうかは関係がない点だ。

 

むしろ政治や企業などでもよくあるケースとして、「この人に従っていれば、迷いがなくなる」という理由だけで支持者が集まってしまう事がよくある。

ヒトラーも、最初は熱狂をもって人々に迎えられたのだ。

人心をハックする、中身のないリーダーは常に我々の「拠り所がほしい」という心につけこんでくる。

 

「規範を示さない」「理想を押し付けない」人物は少なくともリーダーではない。

しかし、規範の中身をよく精査しないと、後でとんでもない目に合うのは、結局我々だ。

 

 

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