思い出すのも恥ずかしい黒歴史の塊なのに、今でもたまに見てしまうネットのページがある。

笑顔の大学生たち、楽しそうに練習する動画などありふれたコンテンツだが、このページを見るたびに恥ずかしくてどうしようもなくなる。

 

同志社大学のアルティメットチーム「Magic」のツイッターサイトだ。

そして、取り返しのつかない失敗をしたことや寂しさなどが入り混じった複雑な感情がよみがえり、胸の奥が痛くなる。

実はこのチーム。

1992年に私が、友人と2人で始めた小さなサークルだった。

 

相方の名前を、仙田とさせて頂く。

当時大学1年生だった仙田と私は、とにかく時間と情熱と体力を持て余していた。

大学に入ったはいいが、つまらない授業とバイトとメシを食べるだけで過ぎていく毎日は、退屈で仕方なかった。

大学生らしい無意味な野心や根拠のない自分への特別感もあり、何か大きなことをしたいとバカな妄想ばかりでいつも盛り上がっていた。

 

そして迎えた大学1年の夏休み。

大阪枚方にあった仙田の家に泊まりで遊びに行った時のことだ。

有り余る朝までの時間の中で、仙田と私は駄菓子を頬張りながら、女の子の話や将来の夢、20年後には何をしてるのかと言った、学生らしいたわいもない話で盛り上がっていた。

 

そしてその時、手元にあったのが40代以上の男性であれば誰でも覚えているであろう、昔懐かしい「Hot-Dog PRESS」。

女の子とのデートマニュアル、イケてるファッションや恋愛作法などを指南する、今では考えられないだろう男子大学生をターゲットにした情報雑誌だった。

 

仙田と私はそんな軽薄な雑誌を回し読みしながら、軽薄極まりない話題で盛り上がっていたのだが、その時に一つの記事に目が止まった。

 

「92年、女子にモテモテのイケてるスポーツはこれだ!」

「今、アルティメットがアツイ!」

 

そこには、キラキラしたかっこいいイケてる大学生アスリートが写っていた。

しかも、フリスビーを使ってplayする、アメフトとバスケを混ぜたようなスポーツというクールさがたまらなかった。

そして何よりも、女の子にモテるスポーツと言うキャッチが魅力的だった。

 

「おい仙田。俺ら、これやってみーひんか?」

「おぉ、かっこええな!イケてるやん」

 

「やろ?二人でこれ同志社にチームを作って、全国を獲ろうや!」

「ええな!決まりや。夏休み明けたら、早速仲間を集めて始めようぜ!」

 

こうして私たちは信じがたいほどの軽さで、しかし熱気を持って、突然チーム作りを開始することになった。

 

そして夏休み明け。

大学に働きかけ、グラウンドなど施設使用許可が降りる公認サークルの許可を取り付けると、初代部長には私が、初代副部長には仙田が就いて届け出を済ませ、早速仲間集めを始めた。

と同時に、当時関西の大学で唯一のチームがあった近畿大学に遠征に行き、練習ノウハウから試合技術までを0から教わることになった。

 

それから1年。

苦労して集めた仲間は13人になり、公式戦に初出場を果たすまでに成長すると、5試合目にして私たちは念願の初勝利を挙げる。

あれからすでに27年もの時間が経っているが、あの時の感動は忘れようがない。

フラフラになりながら最後まで走り回り、勝利の瞬間に仙田と私は抱き合って泣いて喜んだ。

学生時代に経験した、本当にかけがえのない青春の1ページになった。

 

しかし今、この同志社Magicのチーム史の中に、私の名前はない。

いつだったか見かけた創部の歴史では、仙田が一人で立ち上げたチームという記録になっていたのを見かけたほどだ。

その全ては、私の黒歴史に残るほどに“やらかして”しまったことが、原因ではあるのだが。

 

なら、黙って会社を辞めろ

話は変わるが、先日、若い友人と雑談をしていた時のことだ。

彼は大手企業の経営企画畑で仕事をしているが、話すたびに明らかに、仕事に対する情熱を失って行きつつあることが手にとるようにわかった。

そのため心配になり、ある日、ストレートに質問をしてみたことがある。

 

「最近、明らかにやる気を失ってるやろ。何があったんや?」

「わかりますか?マジでやってられません。もうあんなクソ会社辞めてやろうと思ってるんです。」

 

聞けば彼には、どうしても納得できない課長がいるという。

どれだけ練り上げた自信のある企画書を提案しても必ず却下されるので、もはや仕事をやっている意味がない、ということのようだ。

 

「どういう理由で却下されるんや?」

「いろいろですね。『失敗したらどうするんだ』『損失が出る可能性を否定できない』『営業部に迷惑がかかるかも知れない』とか。」

 

「絶対に失敗したくないマンか。大企業の中間管理職やなあ。で、自分の提案に自信はあるんか?」

「もちろんです。あらゆる角度から分析して、いつも過去データまで添えて提案しています。それを『損するかも知れないから却下』なんて言われて納得できません。」

 

バカな話だと思われるかも知れないが、大企業には未だに、本当にこんな中間管理職が多い。

それもそのはずで、中間管理職には仕事を成功させることに、多くの場合、何のインセンティブもないからだ。

営業職であればともかく、一般にバックヤードの部門に+αの評価制度を導入している組織はそう多くない。

 

むしろ「ルーティンワークを問題なく回すことが最大の仕事」なので、新しいチャレンジを迫られることは、中間管理職にはうっとおしいだけである。

成功しても評価される仕組みがない上に、失敗をすれば確実に評価が下がるのだから、ある意味で評価制度の犠牲者でもある。

いずれにせよ、このようにして絶対に失敗したくないマンが生まれる。

 

「で、そう言われて引き下がったんか?」

「いつもじゃないですけど、自信があるので予算をつけて下さいって食い下がったこともあります。」

 

「うん。なんて言われた?」

「『絶対に成功するって言い切れるんか!』って恫喝されました。失敗したらお前が責任を取れ、とも。」

 

「ええやん、最高やん!」

「へ???」

 

「何を言ってるねん。そんなもん、『責任を取らせてくれるんですか?ありがとうございます!』って喜ぶところやろ。」

「・・・意味がわかりません。」

 

「上司やリーダーの仕事ってなんだよ?」

「・・・」

 

「上に立つ者にとって一番大事な仕事は、意思決定を下してその結果責任を取ることだ。にも関わらず課長は、『意思決定はしない。やるならやれ。何かあったらお前が責任を取れ』って言ったんだろ?」

「まあ、そういう形ですね。」

 

「ならやれよ。課長が職責を放棄したんだから、遠慮なく自分の責任で部長のところに行け。」

「・・・ムリですよ。」

 

「なら、黙って会社を辞めろ。」

「・・・」

 

その後も私は彼を焚き付け、リスクを怖がって意思決定を下せないリーダーの言うことなんか聞く必要はないと煽り続けた。

無責任なようだが、どうせこのままだと彼の心が折れて、いずれ辞めるのは目に見えている。

なら、最後に正論を通して気持ちよく辞めた方がまだマシだろうと、そんな思いからのアドバイスだった。

 

だが、素直な彼は本当にやってしまった。

後日、提案を却下され本当に、その足で部長のところに行ってしまったそうだ。

そして、なぜ上司を飛び越えたのかと詰問されてしまい、

「責任を取らせてくれると言うので来ました!」

と答えてしまった。

 

すると部長は嬉しそうに笑い、

「よくわかった。正論だ。話を聞いてやる。」

と、時間を取ってくれたそうだ。

 

「ウチの部長、いつもは怖い人なんで本当に緊張しました。でも、印象が変わりました。あんなに話しやすいカッコイイ人だとは思いませんでした!」

と彼は興奮気味に聞かせてくれたが、それは違う。

どんな偉い人だって、自分の部下にそんな情けないリーダーがいることは見過ごせないだけだ。

 

そして、それを必死になって変えようとした、情熱と志がある若い社員が好きなだけである。

それは逆に言うと、「失敗したらお前が責任を取れるんか!」などという情けない言葉を発するリーダーなど、部下からも上司からも見限られて当然ということでもある。

 

組織をぶち壊す「幼児おじさん」

話は冒頭の、私の黒歴史のことについてだ。

私は若い友人に、いっぱしのアドバイスに成功したような自慢話をしているようだが、違う。

実は私こそが、そんな情けないどうしようもないリーダーだったから、そんな環境でくすぶる彼を放っておけなかっただけだ。

 

創部2年目で念願の初勝利を挙げた1993年。

チームは勢いに乗り勝利を重ね、どんどんと仲間を増やし始めた。

その一方で私は、特殊な大学校への転学を考えアルティメットへの情熱を失い、やがて練習にも足を運ばなくなっていった。

 

つまり私は、リーダーとしての情熱を持たず、何一つ職責を果たさず、チームにも仲間にも貢献しようとせず、自分のことだけを優先したということだ。

であれば、リーダーを潔く降りればよいのに、そうすることもしなかった。

20歳そこそこだった私には、「自分が作ったチーム」「部長」というポジションはとても手放したくないカッコイイものに思えたからだ。

 

仙田から提案される他大学との合同練習や、部費を増額し部室を借り上げようという提案にも

「意味がない」「部員集めに貢献するとは限らない」

など、理由を絞り出しては反対ばかりしたことすらあったように記憶している。

 

そしてそんな事が続いたある日、私は仙田から「チームに貢献する意志がないなら部長を降りるべきだ!」と叱責される。

そして、「わかった、なら辞めてやるよ!」というような捨て台詞を吐き、大学の公認サークル証を財布から取り出し彼に叩きつけて、チームを去ってしまった。

 

言うまでもなく、120%彼が正しい。

それはわかっていた。だが、素直になれなかった。

あれから30年近くが経ったが、チームのために仙田が下した優れた決断とリーダーシップへの敬意、自分の情けなさを思わずにはいられない。

 

あの時、私は確かに仙田と多くの仲間に迷惑をかけた。

リーダーであるにも関わらず、チームやメンバーのために尽くそうとせず、責任を担おうともしなかった。

そして、もしリーダーがそんな無責任な真似をやらかすとどういうことになるのか。

苦い思い出とともに、心にも体にも叩き込んでもらった。

おかげで今、同じような失敗だけはせずに済んでいる。

 

ひるがえってみて、私の若い友人の上司のように、大企業の中間管理職では未だに、こんな幼児性を残しているリーダーが幅を利かせている。

部下のリスクを引き取り、自由に仕事をさせなければ、なんのためのリーダーなのか。

ましてや、「何かあったら責任取れるのか」などというセリフを部下に吐くとは、いい年をして一体なにを学び、生きてきたのかと正気を疑うほどだ。

 

だが、こういう「幼児おじさん」は、本当に驚くほど多い。

その無責任な言葉は、天空の城ラピュタの滅びの呪文「バルス」のように、部下のやる気を一瞬で破壊し、組織をぶち壊す。

 

もし、何らかの組織で管理職やリーダーを任されているにも関わらず、部下に対し

「何かあったら責任取れるのか」

などという暴言を吐いた心当たりがある人がいるのであれば、覚えておいて欲しい。

 

決断をし、責任を取るのはあなたの仕事だ。

そんなことすらわからないあなたは、間違いなく部下から軽蔑され、舐められている。

 

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【プロフィール】

桃野泰徳

大学卒業後、大和證券に勤務。中堅メーカーなどでCFOを歴任し独立。
もう10年以上も前の話ですが、妻が有名料理コンテストで入賞をしたことがあります。
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美味しいですよ!

twitter@momono_tinect

fecebook桃野泰徳

Photo:Nicholas Wang