実は以前から違和感しか覚えないアニメがあった。サザエさんである。
「そもそもこれ、面白くもなんもないだろ」
「それなのに長寿番組って、どういう事?」
「みんな、何がみたくてサザエさんにチャンネルを合わせるんだ?」
何度視聴しても、これ以上の感想が思いつかないのである。
だが最近になって色々と手痛い失敗をし、サザエさんの凄みがようやくわかってしまった。今日はその話をしようかと思う。
凡人でも注視してもらえる世界は人を安心させる
サザエさんの世界は実はとてつもないファンタジーである。
あの番組は人間が人間を無視しない。
無視しないだけではなく、みんなが何らかの形で注目をキチンと当ててもらえる。
現実世界において人の注目を集めるというのは結構難しい。
いい意味で、話題の中心になれる人物というのは何らかの華がある。
現実世界において、多くの人は注目する側だ。少なくとも注視される側ではない。
そして注視される側ではないという事はだ。普通に生活するという事は、他人からは無関心である事とほぼ等しい。
あなたが日常生活の中で寂しさのような感情をおぼえるのだとしたら、その感覚はたぶん間違ってはいない。
現実問題、普通の人は他人から注視などされない。
他人からいい意味での関心を惹くのは簡単ではない。
だが、サザエさんの世界ではそれが普通の事である。
あの世界ではどんな凡人であっても無視されずに注視してもらえる。
サザエさんの世界観はみんなが思っている以上に凡人にとっての理想郷なのである。
人は無関心を向けられると心穏やかには居られない
注視されないだけならまだしも、現実世界では家族や知り合いといった人達から無関心を示される事もある。
これは多くの人の心を傷つける。
よく子供がゲームや本に熱中していると「そんな事をしていないで友達と遊べ」とか「外で遊べ」という人がいる。
僕はこれを言う人のモチベーションが何に基づくのかサッパリわからなかった。
何をしようが他人の自由だし、むしろ熱中して何かに取り組んでいるだなんて尊いではないかとすら思っていた位である。
だが最近になって、ようやくこの台詞の意味する言外のニュアンスがわかってきた。あのセリフが本来言いたいことは
「自分を無視するな」
これだけである。
自分という関心や敬意を払うべき存在が目の前にいるにもかかわらず、自分を無視して目の前の何かに集中する姿を見せられ、人は穏やかにはいられない。
「テレビゲームの方が貴方よりも全然面白い」と態度で示される事は普通の人にはとても辛い。
多くの人はその現実に強い不快感を示すし、それを笑顔で許せるほどには大人ではない。
そういうアンニュイな感情が詰まって出てくる言葉が冒頭の「そんな事をしていないで友達と遊べ」とか「外で遊べ」といった台詞だ。
あの言葉の意味する事をもっと素直に言ってしまえば
「私に敬意を払えないのなら、お前は不快な存在なのだから眼の前から姿を消せ!」
という事なのである。
カツオやワカメがスマホに熱中する世界は大人にとって居心地が悪い
そういう視点でみればである。あの日曜の時間帯にやっているアニメーションはどれもこれも”他人の敬意”によって成り立っている。
誰も彼も、誰の事も無視しないし、全員が全員なにかの中心人物として成り立っている。
仮にサザエさんの劇中にスマホが介入したとしよう。
そしてカツオやワカメがスマホに熱中して友達や家族と一切のコミュニケーションをとらないような場面でも登場しようものなら、おそらく瞬時にあの番組は「子供の教育に悪い」と攻撃され、終わってしまう。
つまり。あれらは大人が子供に望む。”正しい”生活様式なのである。
目の前の人を無視せず、キチンと意識し続ける。
この理想的な行動様式をみて、多くの人はものすごく安堵する。
長寿番組には長寿たりえる理由があるのである。
わざわざ怒られるカツオの姿は、多くの上司の理想である
とりわけ見事なのがカツオと波平の関係だ。
いつみても感心してしまうのだが、サザエさんの世界では登場人物は絶対にグレない。
カツオは波平を無視しないし暴力も振るわない。
それどころかわざわざ目の前に座って、怒られてゲンコツまで食らった上で、自分の行いを反省する次第である。
僕が思うに、多くの人が波平みたいな家長をやりたがっている。
家庭ではなく、仕事においてでもそうだ。
マネジメントの必要性が声高に叫ばれる現代ではあるが、残念ながら多くの上司は自ら率先しての指導がとても苦手だ。
彼らの頭の中にある理想像は、波平にわざわざ「ばっかもーん」と言われに来て、ちゃぶ台でゲンコツを避けないカツオのような部下だ。
そしてそれを受け入れた上で、グレずに家長として尊敬してもらいたがっている。
冷静に考えれば現実世界においてはこんな関係があるはずがない。
絶対に恨まれ、嫌われ、カツオはそのうち波平を避けるようになるだろう。
それでもカツオはカツオをやり続けているのだから、やっぱりサザエさんの世界はファンタジーなのである。
カツオになって上司を使う
このようにサザエさんの世界は確かにファンタジーではあるのだが、多くの人が心の奥底で求めている世界であるのもまた事実だ。
故に、この理想郷を演じられる人は強い。
人が求めるものが詰まった世界を提供できる人は、現実世界では必ず需要がある。
例えば会社における上司・部下関係を考えてみよう。
現実世界において上司がキチンとしたマネジメントをできない場合、多くの部下は「あいつは上司としての仕事をしていない」と愚痴ってしまう。
しかしこれは悪手だ。
立場が上のものが下からの悪口で変わる事はまず無い。
カツオが波平の悪口をいって、波平がそれによって心を入れ替え、生まれ変わる世界が想像できるだろうか?
残念ながら悪口は人を良い方向には動かさない。これは圧倒的事実である。
このような事態に直面した時に部下がやるべき事は一つだけである。
部下が上司をマネジメントするのである。
この技術は処世術として非常に強力にワークする。
上司の理想とするマネジメントがサザエさん世界的な何かなのだとしたら、あなたが進んでカツオ役をやれば上司も波平をやるという事だ。
カツオは波平をコントロールしている
カツオを演じるだなんてプライドが許さないという人も多いかもしれないが、ものの見方によってはカツオは波平を効率よく使っているともいえる。
実はカツオはとんでもない人たらしである。
カツオが凄いのは彼が磯野家において全く嫌われていないという事だ。
仕事という観点を通してみれば、彼は使えないけど上司に強く愛されている部下である。
わざわざ自ら進んで、言い訳をせずにキチンと批判を受け入れる部下をさすがに上司は嫌えない。
だから仮にあなたの上司がろくでもないマネジメントしかできないのだとしたら、カツオのポジションをサッと確保する他ない。
そうすれば相手はかならず波平をやりたがる。
残念ながら愚痴をいっても現実はいい方向には変わらない。
部下から率先して上司をコントロールし、仕事のやり方を一通り教えさせる必要がある。
聖書にも『与えよ、さらば与えられん』というフレーズがある。
相手が欲しい物が何かを理解する事は非常に重要だ。
そういう意味では長寿番組というのは、人が求める何かが詰まっており、とても学ぶが多いものでもある。
そしてその世界がどうやったらぶっ壊れるのかを逆算すると、何をやったらヤバいかもみえてくる。
なにをやったらサザエさんワールドが壊れるかで物事を考えてみよう
なぜわざわざ毎朝上司に挨拶すべきなのか。
それはカツオが波平を無視したら、その瞬間いろいろなものがぶっ壊れるからだ。
なぜ上司の悪口をいってはいけないのか。
それはカツオが波平の悪口を言ったら、サザエさんの世界が崩壊するからだ。
このようにカツオと波平の関係で色々な物事を読み解き、自分が何をやったらサザエさんの世界がぶっ壊れるかを考えると、やったらヤバい行動なのか大丈夫なのかが実によくみえてくる。
部下は部下だからこそ、時に上司をマネジメントできるようにならなければならない。
上司が素晴らしい人物で、自分を凄いところに導いてくれるというのは相手に期待のしすぎである。
多くの人は自分が手に入れた技術を相手に無償で分け与えられるほどに人間ができていない。
この残念な現実の世で私達にできる最善戦略は、カツオをやり、さっさと上司を乗り越えてゆくだけである。
カツオを上手に演じられるようになれば、あなたも長寿番組になるかもしれない
そうして改めて振り返ってみるとだ。サザエさんの長寿っぷりというのは、私達が落とし穴に転落しない為のコツの宝庫なのである。
みんながあの世界を求めている。
そしてそれを提供できるのなら、どんなに面白いアニメだろうが、あの枠は奪えない。
あなたがカツオを気持ちよく演じられるのなら、たぶんあなたの需要はうなぎ登りである。
家庭でも会社でも趣味の世界でも、みんながあなたの事を好きになる。
そういう穴に落ちない技術のようなものを身につけるのに、ある意味では組織務めは最高の修行の場の一つともいえる。
独立やテレワークなどでそういったものから距離を取り、ストレスの少ない世界を選ぶのも一つの生存戦略ではある。
だが、あえてそこで逆張りの選択を行える人は後々きっと大きなリターンがあるはずだ。
なにも一生それをやる必要はない。
さわりの技術を習得できる期間だけでも随分違うだろう。
もちろん色々な意味で気苦労は多く、時にとても疲れるだろう。
だが、それは長い目で見れば、役に立つタイプの苦労だ。
人生は長い。周りの人を心地よくする技術の習得は巡り巡ってあなたの為に絶対になる。
そういう心がけで組織務めをやれれば、随分と心の持ちようも軽くなるはずだ。
心がけ次第では、あなたはあなたの人生における日曜の夜のゴールデンタイム番組にもなれるのだ。
【安達が東京都主催のイベントに登壇します】
ティネクト代表・安達裕哉が、“成長企業がなぜ投資を避けないのか”をテーマに東京都中小企業サイバーセキュリティ啓発事業のイベントに登壇します。借金=仕入れという視点、そしてセキュリティやDXを“利益を生む投資”とする考え方が学べます。

ティネクト代表の安達裕哉が東京都中小企業サイバーセキュリティ啓発事業のイベントに登壇します。
ティネクトでは現在、生成AIやマーケティング事業に力を入れていますが、今回はその事業への「投資」という観点でお話しします。
経営に関わる全ての方にお役に立つ内容となっておりますでの、ぜひご参加ください。東京都主催ですが、ウェビナー形式ですので全国どこからでもご参加できます。
<2025年7月14日実施予定>
投資と会社の成長を考えよう|成長企業が“投資”を避けない理由とは
借金はコストではなく、未来への仕入れ—— 「直接利益を生まない」とされがちな分野にも、真の成長要素が潜んでいます。【セミナー内容】
1. 投資しなければ成長できない
・借金(金利)は無意味なコストではなく、仕入れである
2. 無借金経営は安全ではなく危険 機会損失と同義
・商売の基本は、「見返りのある経営資源に投資」すること
・1%の金利でお金を仕入れ、5%の利益を上げるのが成長戦略の基本
・金利を無意味なコストと考えるのは「直接利益を生まない」と誤解されているため
・同様の理由で、DXやサイバーセキュリティは後回しにされる
3. サイバーセキュリティは「利益を生む投資」である
・直接利益を生まないと誤解されがちだが、売上に貢献する要素は多数(例:広告、ブランディング)
・大企業・行政との取引には「セキュリティ対策」が必須
・リスク管理の観点からも、「保険」よりも遥かにコストパフォーマンスが良い
・経営者のマインドセットとして、投資=成長のための手段
・サイバーセキュリティ対策は攻守ともに利益を生む手段と考えよう
【登壇者紹介】
安達 裕哉(あだち・ゆうや)
ティネクト株式会社 代表取締役/ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO
Deloitteにてコンサルティング業務に従事後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサル部門立ち上げに参画。大阪・東京支社長を経て、2013年にティネクト株式会社を設立。
ビジネスメディア「Books&Apps」運営。2023年には生成AIコンサルティングの「ワークワンダース株式会社」も設立。
著書『頭のいい人が話す前に考えていること』(ダイヤモンド社)は累計82万部突破。2023年・2024年と2年連続で“日本一売れたビジネス書”に(トーハン/日販調べ)。
日時:
2025/7/14(月) 16:30-18:00
参加費:無料
Zoomビデオ会議(ログイン不要)を介してストリーミング配信となります。
お申込み・詳細
お申し込みはこちら東京都令和7年度中小企業サイバーセキュリティ啓発事業「経営者向け特別セミナー兼事業説明会フォーム」よりお申込みください
(2025/6/2更新)
【著者プロフィール】
都内で勤務医としてまったり生活中。
趣味はおいしいレストラン開拓とワインと読書です。
twitter:takasuka_toki ブログ→ 珈琲をゴクゴク呑むように
noteで食事に関するコラム執筆と人生相談もやってます
Photo :Kanesue