もう結構前のことだが、とあるゲーム会社の社長が
「センスは伸びやすいが、行動力は伸びにくい」
と言ってる記事を読んで、目からウロコだった記憶がある。
実際、この会社は、採用の時には学歴そのほかを無視し、行動力だけを見たという。
そうですね。先ほど適性検査の話が出ましたが、横軸をやる気とか行動力、縦軸をセンスとします。
センスはあるけど、やる気や行動力があんまりない人は評論家なんですね。そういう人は分かってるくせに見事に動かない。
やる気はあるんだけど、若干考えが足らない人は営業マンタイプになります。
自分で考えて、自分で行動できるようになると、経営者タイプです、いわゆるリーダータイプですね。
ただ、僕がずっと誤解してたのは、行動力とか営業力のほうが伸びると思っていましたが、実はセンスのほうが伸びるんですよ。だから、行動力が高い人を採用するようにしたんです。
(中略)
センスというのは、いろんな過去の経験からいろんなパターンを蓄積していって、年齢を重ねれば重ねるほどにそのパターンの中から適当にピックアップするが上手くなることなんです。
だから、若い人にセンスの高い人があまりいないのは、経験がないからですね。
ピックアップしてくるのが上手くなると、例えばオリジナルの作品作るにしても、まったくゼロから作ってるわけじゃなくて、どっかから持ってきてる。そうやって、ゼロからイチを生んだように見せてるんですよ。
だから、センスはあとでもどんどん伸びるのです。
コンサルティングのような、あまりセンスを必要としない仕事では「行動力」は当たり前のように重要だったが、センスが重要、と言われがちなゲーム開発ですら、「行動力」が重視されるのか、と私は大変に驚いた。
センスは伸びやすく、行動力は伸びにくいのはなぜか
いったいなぜそう言えるのか。
これを理解するためには、行動力の本質に迫る必要がある。
実は、行動力とは、一般的に行動力に関して言われるような「フットワークの軽さ」とか「何でもやってみる」とか、そういう話ではない。
それはせいぜい、「前向き」という程度の話だ。
行動力というのは、もっと本質的なスペックだ。
一言でいえば、「自分で「やる」と決めたことを、果たす力」のことを指すからだ。
例えば、ハロルド・ジェニーンの「プロフェッショナル・マネジャー」には、分かりやすい例として、3人の学生が登場する。
普通の大学生キャルの場合
講義に皆出席し、宿題をサボることもなく、やるべきことは何でもちゃんとやった。ところがある年、期末試験の前に流感にかかり、平均点がCプラスに落ちてしまった。(中略)
だが、それはぼくのせいじゃない、と彼は言う。(中略)
そのほかにも、彼のまじめな意図の裏をかくようなことがあれこれと起こる。
結局、彼は平均Bマイナスの成績で卒業し、Bマイナス級のビジネス・スクールに入れたら幸運としなくてはならなくなるだろう。
キャルに「行動力」はあるだろうか。
残念ながら、あるとは言えない。
彼は特に高い目標を掲げているわけではない。
したがって、彼の人生は常に「目の前のことへの対処」に費やされる。
そして障害があれば、「自分のせいじゃない、どうしようもない、仕方がない」とあきらめる。
では、二人目の学生の例だ。
エグゼクティブ志望者アルの場合
彼は、一二のトップクラスのビジネス・スクールの中のどれかに入りたいと思い、それには平均Aか、きわめてそれに近い成績をとらなくてはならない。
なにかの学科で初めてBをとってしまうと、彼は夜の勉強時間をそれまでの一~二時間から三~四時間に延長する。
しかし、第二、第三学年でも、ほかの科目は全部Aだが、ひとつの科目だけはBから這い上がることができない。
そして口惜しくは思うが、それについてそれ以上何をやったらいいのかわからない。
それで、毎年三つか四つのAにBが一つなら、まあまあじゃないかと自分を慰める。
最終学年の成績はAが二つ、Bが一つ、そして思いもかけなかったCが一つあった。彼は一二のビジネス・スクールへ入学願書を出し、ただ幸運を祈った。
アルは、キャルよりは「行動力」という点において、マシなように見える。
目標を自分で定め、それに向かって努力もしている。
しかし、本質的にはキャルとアルに違いはない。
アルは最後には「何をやったらいいかわからない」と、思考を止め、あとは運任せにした。
結局、彼の人生は「がんばる」けど、報われるかどうかは、運しだい、というところだろう。
では、三人目の学生だ。
スタンフォード大学志望者ハルの場合
ハルは何がなんでもオールAをとらなくてはならないと思い定めていた。いつでも自信をもって試験にのぞめるように、毎夜三~五時間勉強した。
しかし、オールAの成績を保って迎えた最終学年に、彼はひとつの科目──高等会計学──で初めてつまずいた。第一学期にはBをとるのがようやくだった。そこでいっそう勉強にはげんだ。
しかし、学年の中ごろになっても、その科目では依然としてBマイナスのあたりでもがいていた。
──どうしたらいいのだろう?
彼はその学科に関して、読むように決められた以外の本も読んでみた。それでもやはりその学科をマスターできなかった。助けてもらえないかと教授に頼むと、同情はするが時間がないと断られた。
──どうすればいいのか?友人のキャルとアルは、彼の悩みに取り合おうとしなかった。──四年間にBが一つだなんて、悩むほうがどうかしているよ。
しかし、ハルの決心は動かなかった。どうしても高等会計学にAをとるんだ!
彼はプライドを捻じ伏せて、家庭教師をしてくれる大学院生を見つける。そして深夜まで勉強する。物事をとことんまで考えつめる習慣をつけ、はげみにはげむ。
そしてもちろんAの成績をとり、望みのビジネス・スクールに入る。
ハルはどこで働いたとしても、いずれは成功するだろう。
ハルにとって「センス」と呼ばれるような何かは、意味をなさない。
彼は「成功するまでやる」という言葉の意味を、真に理解しているからだ。
「行動力」はセンスをカバーできる。
が、「センス」は行動力をカバーできない。
換言すれば、真の意味で「センスがない」のは、実は行動力のない人のことだ。
そう考えていくと、センスは伸びやすく、行動力は伸びにくい理由がわかる。
「センス」は、目の前のタスクを「こなして」いれば、卓越はしないかもしれないが、それなりのものが得られる。
所詮はパターン認識の話だ。
しかし「行動力」は、受け身では身につかない。
マインドセットそのものの話なので、その人の性格や、それまでの行動様式によって大きく左右される。
目の前の仕事を処理しているだけでは、決して得られない。
冒頭に引用した木谷社長が、
「行動力とか営業力のほうが伸びると思っていましたが、実はセンスのほうが伸びるんですよ。だから、行動力が高い人を採用するようにしたんです。」
というのは、当然のことだ。
3人のその後の人生
普通の大学生キャルは、おそらく波風立たぬ、平凡な人生を送るだろう。
新しいことを始めるには腰が重すぎる、いわゆる「面倒くさがり屋」ではあるが、「目の前のことを真面目にやる」ということだけでも、十分に食べていくことはできる。
彼にとっては、「変わらぬ日常」こそが、最も高い価値を持つ。
*
エグゼクティブ志望者のアルは、運が良ければ、どこかの良い職、人がうらやむ地位にありつけるかもしれない。
だが、長期的には「成功」と呼ばれるものは手にしないだろう。
むしろ、悪ければ「評論家」になってしまうかもしれない。
彼はなまじ頭が良いがゆえに、「できない理由」を並べることにかけては、天才的な手腕を発揮するだろうからだ。
*
ハルは自分の人生を自由に決定できる権能を持つに至るだろう。
人は彼のことを「成功者」と呼ぶかもしれない。
が、彼は、仮にそう呼ばれなかったとしても、意にも介さないだろう。
なぜなら、彼は「自分で決めたことをやりぬく」ことに価値があると考えているからだ。
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【著者プロフィール】
安達裕哉
元Deloitteコンサルタント/現ビジネスメディアBooks&Apps管理人/オウンドメディア支援のティネクト創業者/ 能力、企業、組織、マーケティング、マネジメント、生産性、知識労働、格差について。
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Photo by Jeremy Lapak