コンサルタントのころ。対人技術を教わった。
様々なものがあったが、その中でも群を抜いて重要な技術の一つは
「会話の時、人の話を否定しない」こと。
具体的には、人に『ちがう』と言ってはいけなかった。
*
若干うろ覚えだが、客先で、こんなことがあった。
プロジェクトで、部門別の目標を立てて、発表してもらった時のことだ。
私:「では、営業部2課の目標の発表をお願いします。」
営業2課:「既存顧客を中心に、前年比10%の売上アップです。」
私はここで、おかしいな、と思った。
先日の経営会議で
「営業2課は、新規開拓を中心にした目標にしてほしい」
との指示があったからだ。
それがなぜか既存顧客中心にすり替わっている。
訂正させなければならない。
が、「その目標、間違ってませんでしょうか?」と否定するのはご法度だ。
私は思案した。
どうすれば担当者を否定せずに済むのだろう。
そこで確認した。
私:「確認なのですが、新規開拓ではなく、既存顧客を中心にするのですね?」
営業2課:「そうです。」
彼らは堂々と「そうです」と主張する。
これはおそらく、担当者に前回の話がきちんと伝わっていない可能性がある。
そこで再度、尋ねた。
私:「部長様の承認済みでしょうか?」
営業2課:「まだです。この後、部長に上げます」
私:「……申し訳ございません、私が先日お聞きした話と、若干くい違っているので、戸惑っています。」
営業2課:「何がくい違ってますか?」
私:「社長様より、新規開拓が中心だと伺ってましたもので……、私の聞き違いかもしれません。部長様に私から確認してよろしいでしょうか?」
「確認しておいてください」というのは、どうも失礼なような気がしたので、私は自分で確認します、と先方へ提案した。
すると彼らは、意外だ、という顔をした。
営業2課:「え、そうなんですか?」
私:「勘違いかもしれません」
営業2課:「えーと、それでは私から一度確認をいたしますので、安達さんにご連絡します。すいません。」
私:「いえいえー。こちらこそお手数かけてすいません。」
この後、無事確認が取れ、「部長から話が伝わっていませんでした、次回までに作り直します」と連絡があった。
これも「まどろっこしい」と思うだろうか?
ただ、私が「違います」と否定していたら、おそらくその場では「おかしい」「おかしくない」という水掛け論になっていただろう。
顧客との関係も、悪化した可能性がある。
*
もちろん、これは訓練のため、社内でも奨励された。
例えば、若手とこんなやり取りがあった。
私:「昨日お願いした、議事録もうできた?」
若手:「え……すいません、明日までではなかったでしたっけ?」
ここで「ちがいます、今日の12時までですよ。」というのは簡単なのだが、「ちがう」と言ってはいけないので、私は次のように言っていた。
私:「えー……。もしかしたら明日と言ってしまったかもしれません。……すいません、送ったメールを確認していただいていいですか?」
若手:(メールを確認する)「申し訳ないです、確かに今日の12時って書いてありました。」
まどろっこしいやり取りに見えるだろうか?
だが、メリットも大きかった。
一つは、頭ごなしに言わなくて済むので、若手が委縮しないこと。
そしてもう一つは「本当に私が間違っていること」があったことだ。
人間であればだれでも間違いはあり、「ちがう」と言わなくて本当に良かった、と思うことがしばしばあった。
コンサルティングは、実効性のみが重要
ロンドン大学の認知神経科学の教授である、ターリ・シャーロット氏は「事実に、人の意見を変える力はない」と述べている。
人間は、情報に対して公平な対応をするようには作られていない。数字や統計は真実を明らかにするうえで必要な素晴らしい道具だが、人の信念を変えるには不十分だし、行動を促す力はほぼ皆無と言っていい。
相手が一人でも大勢でも──部屋いっぱいの潜在的投資家でもただ一人の配偶者でも──同じことだ。
結局のところ、ほとんどの局面で「事実を認めるよりも「間違いを指摘されたくない」とか「否定されたくない」などの欲求が勝る」のだ。
その認識は、コンサルタントにとっては、極めて重要だった。
なにせ、コンサルタントは「顧客に動いてもらって、初めて成果が出る」仕事だからだ。
上から目線は決して許されないし、トラブルの可能性がわずかでもあるものは、回避したい。
重要なのは、相手が進んで動いてくれるように仕向けることであって、裁判のように自らの正しさを争って証明することではない。
プロであれば、
「話が前にすすむ」
「クライアントが気持ちよく仕事できる」
という、実効性のみが重要なのだった。
相手のことを否定しない技術
相手のことを否定しない技術は、3ステップで構成される。
最初に「判断をしないこと」。
どんな場合であっても、「絶対に相手の話を否定しない」と決めてかかれば、必然的に「自分は判断をしない」ことになる。
したがって、自分が述べてよいのは、「事実だけ」である。
×「それは間違っています」(判断) ⇒ 〇「私の認識と違いますが……」(事実)
×「おかしいです」(判断) ⇒ 〇「私の聞いたお話は〇〇でしたが……」(事実)
×「足りないです」(判断) ⇒ 〇「いただいた数値と、前回の議事録の数値が異なっていますが……」(事実)
ただし、「事実」をつきつけても、上に述べたように、相手を変えることはできない。
そこで、次のステップになる。
つぎに「自分の間違いの可能性を、素直に告げること」。
例えば、
「私が間違ってるかもしれません。」
「私の確認ミスです。申し訳ございません。」
「戸惑っています。」
「前回の話よりも、よさそうです。」
と、相手の話をいったん受け入れる。
こうすることにより、相手の感情を一度、全面的に受け入れる準備がありますよ、と表明する。
最後に「自分は極力短く話し、相手には質問する」。
自分の非を受け入れたにもかかわらず、こちらが話す時間が長いと、それは「否定」と同義になる。
そして、相手は私に対して反感を持つ。
したがって、私の話す時間を減らすべく、「質問」をしなければならない。
「(私の間違いを)確認していただいていいでしょうか?」
「(今の話に)〇〇さんも同意見ですか?」
「(今の話に関して)〇〇さんのご意見を伺いたく存じます。」
「(間違っているかもしれない)私ができることはありますか?」
これらの技術の応用範囲は非常に広い。
仕事だけではなく、知人友人、パートナーとの話し合いなどにも使える。
「ちがう」と言わないだけで、人間関係は驚くほど円滑に回るようになる。
ぜひ、お試しいただければと思う。
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【著者プロフィール】
安達裕哉
元Deloitteコンサルタント/現ビジネスメディアBooks&Apps管理人/オウンドメディア支援のティネクト創業者/ 能力、企業、組織、マーケティング、マネジメント、生産性、知識労働、格差について。
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