「環境・社会問題の解決は儲からない」はすでに過去の話
少し前に行われた、「ESGアクセラレータープログラム」に、協賛企業として参加した。
理由の一つは、私自身がESG(環境・社会・ガバナンス)に興味があること。
そしてもう一つは、「ESGは儲かる」というメッセージを面白いと感じたからだ。
上の動画では、国内ESGにおける第一人者、夫馬さんが
「『ESGは儲からない』とか言っていると、世界で恥ずかしい思いをする」
とバッサリ切っている。
夫馬さんは著書の中でも、アップル、ゴールドマン・サックス、ウォルマート、ユニリーバ、P&G、ネスレ、スターバックス、イケア、ジョンソン・エンド・ジョンソン、ナイキ、マイクロソフト、H&M、UBS、SAPなど、名だたる企業がすでにESG経営にかじを切っていることに触れ、
「環境・社会への影響を考慮すると利益が増えると考えることはウォールストリートではもはや常識である」
と述べている。
実際、投資の分野ではもはやESGはスタンダードになりつつあり、2018年の時点ですでに、33.4%と世界全体の資産の3分の1が、ESG投資で運用されているという。
つまり、「環境問題・社会問題の解決は儲からない」はすでに過去の話である。
グローバルではESGは、「儲かるし、「やらない」と言う選択肢はない」と言うのが、常識だ。
「脱成長・脱資本主義」が盛り上がらない理由
一方で、環境・社会問題解決のために、「脱成長・脱資本主義」を唱える人もいる。
例えば、このような主張だ。
人々を常に欠乏感に駆り立て、格差を生む資本主義は地球環境を破壊するばかりか、大多数の人間の生活を豊かにしない。目指すべきは経済の成長ではなく、スローダウン。同時に、格差を是正するためにコミュニズムも必要だ。
もちろん、一理ある部分もある。
気候変動の危険性も理解できるし、先進国に住む世界の上位10%の富裕層(大半の日本人が含まれる)が、世界の半分のCO2排出に責任がある、と言う主張も正しいのだろう。
現在の資本主義の欠点に対しての指摘も、荒唐無稽と言うわけではない。
しかし、彼らに決定的に欠けているのは、「ではどうする」だ。
斎藤幸平氏は、「コモン」という語を利用して、市民の共同管理を提唱しているが、具体的な方策は夢物語に近い。
たとえば、ウーバーを公有化して、プラットフォームを〈コモン〉にすればいい。新型コロナウイルスのワクチンや治療薬も、世界全体で〈コモン〉にすべきだろう。
〈コモン〉を通じて人々は、市場にも、国家にも依存しない形で、社会における生産活動の水平的共同管理を広げていくことができる。
(中略)水は地方自治体が管理できるし、電力や農地は、市民が管理できる。シェアリング・エコノミーはアプリの利用者たちが共同管理する。IT技術を駆使した「協同」プラットフォームを作るのだ。
この主張は疑問だらけだ。
ウーバーの公有化を実際にどのように進めるのか。
株主から取り上げるのだろうか。
アプリの利用者たちが共同管理できるシェアリング・エコノミーとはいったいどのようなものなのか。
利用者に専門知識はないだろうが、どうするのか。
ワクチンや治療薬を「コモン」にするとは一体どういうことなのか。
開発者に報酬は払われるのか。
そもそも「コモン」はどのような組織で、どう意思決定がされるべきなのか。
そういった話は一切ないし、彼らが「コモン」を実際に運営しているわけでもない。
言ってしまえば、学者が実務と切り離された夢を語っているだけ。
そして、多くの人はそれを見抜いている。
だから、「脱資本主義」は盛り上がらない。
資本主義では、野心家が自分のために、とにかく「仕事」をする
それに対して、資本主義では、野心に富む人が、自分のために、自分が儲けるために、とにかく仕事をする。
「誰かがやってくれる」のを待つことはない。
だから、資本主義の問題解決力は非常に高い。
そして、資本主義の本質的な強さは、「無私」も「利他」も必要ないことだ。
むしろ利益が中心であることが、仕事を愚直に実行することにつながっている。
ピーター・ドラッカーは、次のように述べている。
社会全体の問題は組織のリーダーたちの共同責任であるということぐらいしかない。
今日までのところ、この答えに最も近いものが、戦争直後の日本の大企業の考え方である。当時日本の経営者は、「日本、日本の社会、日本の経済にとっての最善は何か」という問いから事業を考えた。
そして、次に「それでは、いかにしてそれを事業機会とすることができるか。特にわが社の事業機会に転ずることができるか」と考えた。
彼らは無私でも利他的でもなかった。むしろ利益中心だった。彼らはリーダーたることを自負していたわけではなかったが、責任を負っていた。
したがって、私は現在のところ、環境・社会問題は「脱成長・脱資本主義」より、「儲かるから取り組む」のほうが実現可能性も、実効性も高いと考えている。
ドラッカーの言葉を借りれば、現代のグローバル化した世界では、「地球社会、世界経済にとっての最善は何か」を経営者が考えねばならない。
そして、いかにしてそれを事業機会にするかを問わねばならない。
それが現代における企業の社会的責任だ。
CO2排出量算出クラウドサービスを展開する、株式会社ゼロボード
アクセラレータプログラムに話を戻す。
選考の結果、株式会社ゼロボードが、脱炭素/サーキュラーエコノミー部門で、大賞を受賞した。
zeroboardは、CO2の排出量を可視化するクラウド上のツールを開発・販売する会社だ。
このツールは、会計システムのCO2版、と考えると分かりやすい。
基本的にはCO2排出量の算定は、環境省が認めているGHGプロトコルという、世界的な基準に沿って行われる。
いわばGHGプロトコルは「国際会計基準」のようなものだ。
zeroboardは、それをクラウド上で記録し、分析する。
クラウドで動作するので、企業間での連携がとりやすく、単一の会社だけでなく、サプライチェーン全体でのCO2排出を可視化できるという点で新しいとされている。
このようなツールは、それを使う組織が増えれば増えるほど価値が高まる。
したがって、zeroboardは現在、商社、電力会社、自治体、物流事業者などと連携し、CO2排出算出ツールのプラットフォームとなるべく、活動をしている。
「大きな成長マーケットがあるからやっている」
しかし、私がその事業内容以上に興味を抱いたのは、代表者、渡慶次氏の考え方だ。
渡慶次氏は、JPMorgan、三井物産を経て、この事業の立ち上げに至った、金融・エネルギー畑の人物であり、彼の主張は「脱成長、脱資本主義」とは正反対の考え方であることがわかる。
まず、事業立ち上げの動機は「大きな成長マーケットがあるから」と彼は言う。
そこには、環境・社会問題に対する、特殊な思想や思い入れはない。
さらに、「CO2排出量のマネジメントは、欧州が仕掛けてきている、ルールチェンジ。彼らの言うがままにやるのではなく、日本もプラットフォームを自前で持つべき」と彼は言った。
つまり彼は、純粋なビジネスパーソンである。
「脱成長」でも、「脱資本主義」でもない。
「CO2排出量を減らすことは絶対にやらなければならないこと。でも、皆、豊かな暮らしを捨てたいとは思っていない。自分が納得できるライフスタイルで暮らしたいでしょう。我慢や禁欲を唱えても、誰もついてこない。」
と、彼は言う。
「そのうち、CO2排出量の削減に寄与する、その姿が「かっこいい」とされる世界を作っていきたい。」
濁った世の中であればこそ、その中で苦しんでみたい
「脱成長」「脱資本主義」を唱えるインテリたちの中には、人間の素朴な欲求、例えば自己顕示欲、名誉欲であったり、物欲であったり、そういったものを卑下する人もいる。
しかし、すべての人が欲を捨て去れるはずもないし、素朴な生活を是とできるはずもない。
むしろ、そういったものを否定するよりも、それを「前提」としたほうが、やるべきことがうまく成され、世の中が回るのではないか、と思う。
儒学の祖である孔子は、かつて、隠士(世俗を離れた人)たちが「濁った世の中には未練がない」と言ったのを聞き、「濁った世の中であればこそ、その中で苦しんでみたい」と言った。
人間の欲望を、推進力に転換する装置である資本主義。
まだまだ、捨てたものではないと思うが、どうだろうか。
生成AIの運用を軸としたコンサルティング事業、メディア事業を行っているワークワンダース株式会社からウェビナーのお知らせです
生産性を爆上げする、「生成AI導入」と「AI人材育成」のコツ
【内容】
1. 生産性を爆上げするAI活用術(安達裕哉:ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO)
2. 成功事例の紹介:他業種からAI人材への転身(梅田悟司:ワークワンダース株式会社CPO)
3. 生成AI導入推進・人材育成プログラム「Q&Ai」の全貌(元田宇亮:生成AI研修プログラム「Q&Ai」事業責任者)
4. 質疑応答
日時:
2025/1/21(火) 16:00-17:30
参加費:無料
Zoomビデオ会議(ログイン不要)を介してストリーミング配信となります。
お申込み・詳細 こちらウェビナーお申込みページをご覧ください
(2024/12/6更新)
【著者プロフィール】
安達裕哉
元Deloitteコンサルタント/現ビジネスメディアBooks&Apps管理人/オウンドメディア支援のティネクト創業者/ 能力、企業、組織、マーケティング、マネジメント、生産性、知識労働、格差について。
◯Twitter:安達裕哉
◯Facebook:安達裕哉
◯有料noteでメディア運営・ライティングノウハウ発信中(webライターとメディア運営者の実践的教科書)