新年が明けて1週間した頃の朝、起き抜けにFacebookをチェックしていたら、旧友の暑苦しい投稿が目に止まった。
「今日は、起業家クリエイトメンバーたちと新年最初のメタバース会議でした!
新しい世界は刺激を受けることばかり!
今年は学びの機会をさらに増やし、仲間達と学び合える機会も作っていきます!」
ん?マコちゃん、いったい何をやってるの?
起業家クリエイトメンバーって何?
私の知っている彼女には似合わない暑苦しさがどうにも気になり、彼女の過去の投稿をさかのぼってみた。
すると、昨年秋から年末にかけて、とあるネットメディアが主催する「起業家クリエイトプロジェクト」(仮名)なるものに参加していたと、鼻高々に綴られていた。
「私は起業家クリエイトプロジェクトに参加して以来、己を見つめ直し、自分が起業家として本当にやりたいこと、やるべきことは何なのかに向き合い続けてきました。
審査に受からないかもしれないと申し込みには及び腰でしたが、年齢的には多分これがラストチャンス。何より、説明会で目にした講師の方々の熱意に震えるほど感動し、参加を決意しました。
熱量の高い起業家仲間ができたおかげで、情熱の炎を燃やし続けられます。
時代の最前線で楽しみますね!」
うーん…。
熱気は伝わってくるけれど、ふんわりしていて何について話しているのか分からない。
そこで、私は起業家クリエイトプロジェクトとは一体何なのか、その中身を調べてみることにした。
たどり着いたページに書かれていたプロジェクトの概要は、以下の通りだ。
「現在、コロナショックで世界は変わり、強制的なデジタルシフトが起こっています。デジタルが中心の世界では、世代交代が一気に進むでしょう。
だからこそ今、戦後のように苦境をパワーに変え、未来を切り開くリーダーたちが求められているのです!
このプロジェクトでは、『3年以内に大企業の社長を300人作る!』をビジョンに掲げ、これからの社会を担う起業家を本気で生み出していきます」
何のこっちゃ。
大企業と言われて思い浮かぶのは、東証一部上場企業や、非上場でも名前を聞けば誰もが知っている有名企業だが、何をどうしたら3年以内にそうした大企業の社長を300人も作れるのだろうか。
「将来的に大企業の社長候補となるような人物を育てる」なら話は分かるが、「3年以内に大企業の社長を300人作る!」とは、大風呂敷を広げ過ぎというものだ。
さらに画面を下へとスクロールし、プロジェクトリーダーたちからのメッセージを読んでみた。
「起業では、マインド、スキル、ネットワークが3種の神器です。
さらに社会のインフラとなるべきメガベンチャーを生み出すには、創業段階からビジョン、ビジネスモデル、チームを設計することが重要だと、我々は気づきました。
そこで、最短でそれらを身につけられる場を作り、実際に起業家や社内起業家を目指すための徹底したインキュベーションプロジェクトを立ち上げたのです。
希望ある未来を作るために、共に学び、ソウルメイトを作り、社会を変えていきましょう!」
この手のメッセージには、何故カタカナが多いのだろう。ちょっと何言ってるのか分からないので、日本語で話してもらえませんかと言いたくなる。
ここまで読んでもまだ具体的な中身が見えてこないのだが、このプロジェクトに参加すれば
・大手企業の関連会社社長へのキャリアパス
・経営のプロによるメンタリング
・同じ志を持つ若手幹部のネットワーク
が得られるそうだ。
はて?
最初に「大企業の社長を作るプロジェクト」だと言っていたのに、得られるものが「大企業の関連会社社長へのキャリアパス」とはどういうことなのだろう?
スケールダウンしてないか?
さらにページをスクロールし、目に飛び込んできた高額な参加費用に目を剥いた。
税込価格で275,000円!うちの息子が通っている国立大学の、半期の授業料とほぼ同じ金額だ。
えええええ???
まさかマコちゃん、こんな大金を払ったの…?
ビジネスや起業という言葉で上手にラッピングされているが、これはよくある自己啓発セミナーの類ではないのか。
より詳しいことを知ろうと、スクロールする指の動きを早めて記載されているプロジェクトのスケジュールをチェックし、さらにのけぞった。開催期間は3か月だか、正味はたったの5日間だったのだ。
275,000円を5日で割ると、1日あたりでは55,000円ということになる。
1日目は、たった3時間のキックオフミーティング。
2日目と3日目は朝から夕方までの合宿となっているが、オンライン開催なので、主催者は会場や食事、ドリンクすらも用意する必要がない。
4日目は、各自20分ずつの個別メンタリング。
5日目は、参加者たちによる事業計画の最終プレゼン。
ボロい。これは昔の自己啓発セミナーよりもずっとボロい。
コロナとデジタルシフトを言い訳にすれば、主催者側は経費がほとんどかからないではないか。
「マコちゃん、そこは時代の最先端なんかじゃないよ」と言いたいが、すっかりのぼせている今の彼女には、何を言っても無駄に違いない。私にも身に覚えがあるから分かるのだ。
この手のセミナーに参加しても、時代の先端を行く知識もスキルも思考力も、何も身につきはしない。
プロジェクトに参加すれば、同じ志を持つ若手幹部たちのネットワークが得られるとあるが、若手幹部とはつまりセミナー参加者のこと。
本人たちはおだてられて良い気分かもしれないが、残念ながら自己啓発セミナーの参加者は、全員もれなく中途半端な人間である。
マコちゃんは選考された上で参加したと思っているようだけれど、最終日の記念撮影に写った参加者の人数を数えてみたら、定員20名のところ15人しか居ない。
定員割れしているということは、つまりは選考などされておらず、お金を払えば誰でも参加できたということだ。
高額セミナーがカモを集める募集の常套句に、「金額の大きさは覚悟の値段」というものがあるが、それは覚悟ではなく不安の値段だ。
もういい歳をしているのに足場が固まっておらず、不安の大きい者ほどこの手のセミナーに大金を払う。
カモが高いお金を払って得るのは、ただの高揚感でしかない。
プロジェクトの終了直後は、何かヤバイものでもキメたのかと思うほど、誰もが異様にハイテンションになっている。その効果は2〜3ヶ月は続くだろう。
しかし数ヶ月経つ頃には、認めたくなくても事実に気づかざるを得ない。
セミナー受講前の自分と受講後の自分は何も変わっていないことと、時代の最先端を共に駆け抜けるはずの最高の仲間達は、実はつまらない人間の集まりだということに。
そこでセミナービジネスのカラクリに気づき、考えを改めて地道な努力を始めればいいのだが、「思うようにならないのは、まだ学びが十分ではなかったから」と考えて、さらに似たようなセミナーに重ねて課金する者も少なくない。
残念なことに、マコちゃんは既に後者の道を選んでいるようだった。
彼女の投稿をさらに遡ると、起業家クリエイトプロジェクトよりも前に、「新時代のビジネスモデル発明協会・認定講師講座」(仮名)を受講していたことが分かった。そちらは正味6日間で225,000円だ。
起業家クリエイトプロジェクトと合わせると、丁度50万円をすでに使っているということか。
「あああー、もったいないなぁ…」
つい、独り言が漏れてしまう。
彼女がドブに捨てた50万円も勿論もったいないのだが、それ以上に、彼女の人生がもったいなかった。
一体、今から何に挑戦しようとしているのか知らないが、もしも20年前〜30年前に今の野心と夢を持っていれば、彼女の運命は簡単に開けたはずだったのだ。それを惜しいと思わずにはいられない。
マコちゃんは私の高校時代の同級生で、30年前の彼女は後光がさすような美少女だっだ。
綺麗な女の子たちは他にも居たけれど、マコちゃんの美しさは際立っており、周りの景色から彼女だけが浮き上がって見えたほどだ。
現在の共通の友人知人にその話をすると、「へぇ。なんか今の姿からは想像がつかないけど」と言われてしまう。
神々しい美少女だったマコちゃんの大人になってからの凡庸さには、私も少なからず驚かされた一人だが、今まではその変化を好意的に解釈していた。
マコちゃんも私と同じく大学進学を機に東京へ出たが、きっと彼女は己の若さと美貌を武器に世渡りすることを、潔しとしなかったに違いないと考えたのだ。
あの時代の東京で、あれほどの美貌を持っていたにも関わらず、それを活用しないで生きていくのも根性がいることだ。
当時のオジサンたちにセクハラの概念は無いに等しく、女の子たちは若い時ほど高い下駄をはかされた時代である。
ほどほどの女の子たちにさえチャンスがあったのだから、マコちゃんのような美しい女の子であれば、最短距離で成功できる近道がいくつも用意されていたはずだ。
数えきれないほどの誘惑があっても、彼女は己の美学として東京でも地味に生きていく道を選択し、美貌を封印して慎ましい家庭を築いたのだろうと勝手に想像していた。もしかして違ったのか。
現在の彼女は、夫と二人三脚で会社を経営しているが、何をして生計を立てているのかは謎である。
二人だけの小さな会社なのに、手がけている業務が多岐に渡りすぎており、いったいどれを本業としているのかサッパリ分からない。
マルチに活躍していると言えるのかもしれないが、恐らくどの仕事も関わり方が中途半端なせいで、大きな成果や高い評価が得られないままなのではないだろうか。
その辺りに、彼女の迷走の理由がありそうだった。
人生は何歳からでもチャレンジできる。
しかし、成功への特急券を持っている幸運な人間であっても、そのチケットの有効期限は短いのだ。
マコちゃんは無自覚にチケットを握りしめていた若いころ、その有効期限内に行き先を決めることができず、特急列車に乗りそびれたのかもしれない。
若い時にはいくらでも無料で乗れた欲望という名の電車の乗車券を求めて、彼女は今後もしばらく大金を失い続けるだろう。
墓場という駅で降ろされることがないよう祈っている。
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マダムユキ
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Photo by wes lewis