人気だった「部下のやる気を引き出す」という研修
私がまだ、コンサルティング会社で働いていたころ、研修事業に携わっていたことがあった。
人気の研修テーマはロジカルシンキング、ライティング、新人研修など。
ある程度「作法」を教えると、それなりに成果が出しやすい領域のテーマが多かった。
が、同時に、成果が見えにくくても、圧倒的に人気があった研修がある。
それは、「管理職」に対する研修だ。
特に、
「部下のやる気を引き出す」とか
「メンバーをモチベートする」
「自走する人材を創る」
といった内容は人気があった。
つまり、やる気を出させるハウツーを知りたい、というニーズだ。
なぜ、これらのテーマが人気を集めていたのか。
ヒアリングをすると、すぐにわかった。
「人望のない管理職」が、あまりにも多いからだ。
能力が高くとも、「誰かを使う」のは苦手な人が管理職になると、酷い時にはパワハラ、モラハラとみなされてしまうことも少なくない。
結果的に、社長のところに
「あの人、人間的に最低です。」
という苦情が来たり、彼を原因とする退職者が出たりして、社長が驚く。
そこでようやく、対処せざるを得ない……ひとまず、必要な知識を入れてこい、研修うけてみろ、ということになる。
そんな人が一定数、含まれていた。
*
しかし、ここまで読んでいただいて、お気づきの方がほとんどだと思うが、そうした管理職に必要なのは「研修」ではない。
研修に出たところで、彼らは態度を改めるわけではない。
本当に必要なのは「態度を改めなければ、向いてないとみなして、管理職を降ろさざるを得ない」とトップがその管理職に告げ、自分がダメな管理職であるという自覚を持ってもらうことだ。
そうしなければ、その管理職は決して、本気にならない。
だが、実際にそうする経営者は少ない。
実際、私は研修の依頼をしてきた経営者に対して、実態を聞き、
「もし「パワハラだ」と言われている管理職が、すぐに態度を改めなかったら、その人を降ろしますか?それなら研修の効果が期待できます。」
と、提言したことがある。
すると、その経営者は、次のようなことを言った。
「いやいや、彼(管理職)の言うこともわかるんだよ。うちは顧客第一だし、やる気のない社員もいるからねえ。」と。
私は、経営者が「悪いのは、やる気のない社員」と言いたいのだと察した。
そこで、「社長が彼に、「態度を改めなければ、降りてもらう」と告げない限り、研修は無意味です」
と経営者に伝えた。
その経営者は、渋い顔をした。
結局、研修は頼まれなかった。
業績が悪い会社ほど、管理側の無能より「社員のやる気」を問題にする
こんなことが何件かあり、私は気づいた。
業績が低迷している企業では特に、管理側の無能より、「社員のやる気」を問うケースが多いのだ。
上司の言うことを聞かない → 部下のやる気に問題がある
営業力不足 → 営業マンのやる気に問題がある
改善提案が少ない → 一般社員のやる気に問題がある
生産性が低い → 中高年社員のやる気に問題がある
冗談ではない、本当の話だ。
しかし、冷静に考えれば、本質的に企業の業績は
市場が縮小していたり
商品がイマイチだったり
能力不足だったり
マーケティングがヘタだったり
営業の技術が稚拙だったりと、
「社員のやる気」とはあまり関係ないところにある。
だからもし、様々な課題の原因が「やる気の不足」だとされているなら、それは経営幹部が、責任を社員に転嫁している兆候とみなしたほうがいい。
そもそも、「他者のやる気」は本質的にコントロール不能だ。
「仕事への意欲」が生まれる原因が、人によってさまざまだからだ。
単純にカネが欲しい
自分のやりたいことがある
憧れの業界にいる
上司が好きだ
親の跡を継ぎたい
転職のための準備をしたい……
「上司」と「会社」は、やる気に関わる要因の一つに過ぎない。
だから、上司が素晴らしい人であっても、やる気のない人は存在し続けるし、上司が最低でも、勝手にやりがいを見出してバリバリ仕事をする人もいる。
にもかかわらず、企業経営者や管理職は「社員のやる気の低さ」を課題として挙げる。
「モチベーション研修」が流行る。
それは一種の「思考停止」だ。
仕事ができないのは、技術と能力の改善が必要であって、やる気のせいではない。
サボる人がいるのは、仕事の与え方が問題なのであって、やる気のせいではない。
成果があがらないのは、商材と売り方が悪いのであって、やる気の問題ではない。
実際、私が在籍していたコンサルティング会社では、コンサルタントに対する評価は、
・案件キャンセル○%以下
・予算達成
・クロスセル○件
・経営者とのアポ○件
・セミナー講師○件以上
・セミナー満足率○%以上
と、結果のみに基づくものであり、そこには、やる気やモチベーションやらの入り込む余地は一切なかった。
仕事は、やる気があるかどうかではなく、評価の対象となる活動を、やったか、やらなかったかだけを評価された。
やれる人は出世し、やれない人は、給料が下がるか、自発的に会社を去った。
そして、そのほうが、確実に業績は伸びた。
パワハラ・モラハラは成果と無関係に、処分・更迭
一方で、パワハラ・モラハラは、成果と関係なく、更迭の対象だった。
それは純粋な「ルール違反」だったからだ。
そういえば、つい先日、Jリーグの公式noteが、スポーツ現場におけるハラスメントとの決別宣言と題して、サガン鳥栖の前監督に対しての懲罰決定を発表していた。
怒鳴る、蔑む、見下す、罵倒する。
小突く、叩く、はたく、ぶつ、殴る、蹴る、倒す。「厳しい指導」(「ゆるい指導」もしかり)など、世界中どこを探しても、そんなコーチング学やコーチングメソドロジー(指導方法論)は存在しない。
にも関わらず、まるで「指導方法」の一種かのごとく語られるのを聞くたびに、違和感を越えて不信感を持たざるを得ない。
ましてや、こうした「パワハラ指導」は、傷害、暴行、名誉棄損、侮辱といった犯罪に過ぎず、指導方法でも何でもない。。
言い逃れを許さない表明であり、ルール違反に対して、この態度は正しい。
プロのサッカーリーグのように、「仕事の遂行」と「結果」だけにフォーカスすること。
ルール違反は、即、処分すること。
それが、プロの経営者、ビジネスパーソンの正しい姿というものだ。
しかし、業績の悪さを安易に「社員のやる気」に紐づける会社は、依然として存在しているようである。
なんとも社員が気の毒だ。
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【著者プロフィール】
安達裕哉
元Deloitteコンサルタント/現ビジネスメディアBooks&Apps管理人/オウンドメディア支援のティネクト創業者/ 能力、企業、組織、マーケティング、マネジメント、生産性、知識労働、格差について。
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