「働かないおじさん」を、いかにして働かせるか。
この難題には、きっと多くの人々が取り組み、挫折しているだろう。
相手がマトモな感覚の持ち主なら、やる気を喚起する、インセンティブを与えるなど方法は多々ある。
が、働かないおじさんにはこういった「飴」は通じない。
そもそも彼らは正社員でありながら大して会社に貢献していない、もしくは全く仕事をしなくても給料をもらえる恵まれた存在だ。
新たなニンジンを与えれば奮起するなどという考えは、働かないおじさんを甘く見すぎにもほどがある。
では「鞭」ならどうかというと、失業の危機に瀕すれば態度を改める人も出そうだが、現状においては正社員をクビにするのは至難の業だ。
では解決方法はないのかと言えば、一つある。
おじさんを『存在しないもの』として、扱えばよいのである。
なぜそんなことを推奨するかといえば、一つには働かないおじさんが周囲に及ぼす悪影響をシャットアウトするためであり、もう一つはこの方法しか働かないおじさんを「消し去る」方法はないからだ。
これは、「世界平和を狙うのではなく、自国を戦場にしないことを狙う」ようなものだ。
それなら、頑張ればできなくもなさそうな感じがする。
それと同様、と言っていいかは分からないが、世の中にいる全ての働かないおじさんに勤労意欲を抱かせることは不可能でも「自分が働かないおじさん化しない」という目標なら、やり方次第で達成できる。
そのためにはまず、社内失業者の人々を相手にせず、彼らに引っ張られないようにすべきなのである。
視界から消すことで悪い影響を取り除くべし
さて、冒頭で働かないおじさんを存在しないものと扱うと書いたが、それは話しかけられても完全に無視すべし、ということではない。
そういう子どもじみた話ではなく、ここで言う「消し去る」とは業務の遂行上、いないものとして考えるということだ。
例えば部下や同僚に働かないおじさんがいるなら、無理に戦力として使ったり関わったりせず、彼らが1日中ネットニュースを見ていようが、相手にしない。
間違っても、「何も仕事をせず、早く帰れて羨ましい」などと思ってはいけない。
不公平だ、不条理だという思いも抱くだろう。
だが、そのような思いを持つ時点で、貴方はすでに働かないおじさんの放つ悪いオーラに呑まれている。
かつて都内の中堅出版社で中間管理職をしていた自分は、惚れ惚れするほど仕事をしない中高年(そのほぼ全てが男性、つまりおじさん)に数多く接してきた自負がある。
例えば、年収おそらく2000万円はくだらない営業部長。
編集会議で、「いやね、最近中身は全く見ていないんだけども、君の部署の雑誌はリニューアルした方がいいって意見もあってね」などと平気でぬかすお方である。
この方の数少ない仕事の一つに、朝礼でその月の刊行物一覧を読み上げるというものがあった。
自分が勤めていた会社は世間体のよろしくない媒体も割と扱っていたのだけども、その営業部長は女子社員も大勢いる前で、わざわざ恥ずかしいタイトルを真面目な顔で読み上げる。
「えー、12月の刊行物ですけども、まず『エッチなサンタさんのSEXYクリスマスプレゼント』。次に……」
といった具合で、無能とかそういう次元を超えた殿堂入りの働かないおじさんであった。
はたまた、50代にして早くも人生逃げ切り最終コースに入り「仕事をしたら負け」と信じているとしか思えないベテラン書籍編集者。
当時、わが社では月1冊単行本を刊行すべしとのノルマがあったのだが、この方は実現性皆無の企画書を出しては、そのノルマをスルーすることを得意としていた。
企画チェックをするのは前出の営業部長らであり、「うん、それいいね」などとOKを出すものの、よくよく調べてみたら著者がすでに死んでいた、なんてやり取りを聞くにつれ、この会社は大丈夫だろうかと感じたものである。
当然、中間管理職である自分は、若手から突き上げを受ける。
「なんであんな何もしない人がいて、僕らは毎日徹夜なんですか!?」
そういう時、自分はこんな風に答えていた。
「あれは社員ではなく、『全自動う◯こ製造機』。食事をして、消化して、それを排泄するだけで何故か給料がもらえる人たちで、うちの会社には何十台も置いてあるけれど、君の仕事とは何の関係もない。それとも君は、ああいう風になりたいの?」
当時は自分も若く、仕事をしない人々に怒りを覚えていたため、辛辣な言い方をしていたわけだが、後には最初からいないものと捉えるのが一番という考えに落ち着いた。
働かないおじさんの害悪とは、単に仕事をしないだけではない。
何もしなくても金がもらえ、仕事で他人に迷惑をかけてもクビにならない姿を見せつけ、若手や同僚のモチベーションを削りにくるーーこれこそが彼らの持つ真の恐ろしさである。
それを跳ね返すには、ああはなりたくないと思うこと、そして彼らに対して何の感情も抱かないに限る。
これこそ自分が働かないおじさん化しないための第一歩なのである。
謙虚であれ、地道であれ
ここまでの内容に同意し、実践していただけたならば、すでにあなたの意識からは働かないおじさんが「消え去った」はずである。
ただ、それだけで自身の働かないおじさん化を完全に防げるわけではない。
そもそも、今は終日ソリティアをやっていたり、連日直行直帰でオフィスにいない働かないおじさんとて、かつてはバリバリ働いていた人々、ということはザラにある。
むろん例外もいるだろうが、外部の人などに昔話を聞くと、彼らの現役時代の勇姿を耳にできることは珍しくない。
つまり、現在は仕事の最前線で頑張っているあなたとて、いつしか仕事をしない人になってしまう可能性があるということだ。
以下、あくまで筆者の経験則ではあるけども、そんな事態を避けるための心得を挙げてみたい。
まず第一に他者、とりわけ部下の手柄を自分のものとしないことだ。
これは部下や同僚に嫌われないようにする意味もあるが、何より重要なのは、自身の能力について間違った認識を持たないようにするためだ。
出版社で中間管理職をやっていた頃、社内にわずかながらいた尊敬すべき先輩に言われたこととして、
「編集長の最大の仕事は責任を取ること」
「部下の業績は部下のもの、自分の業績も部下のもの」
という教えがある。
高尚な考えとはいえ、実際に言葉通り実行すると、会社組織の中ではぶっちゃけ損をする。
それゆえに「皆さんもぜひ」とは決して言えないけれど、せめて部下のものを取り上げて悦に入るようなバカ上司になるべきではない。
それは他者の能力を己の実力と勘違いすることにつながり、ひいてはあなたを意識だけは高い働かないおじさんに変えていく。
第二に、仕事上のさまざまな雑務や現場仕事から、できるだけ手離れしないことだ。
効率面だけを見れば、社歴を積んで席次が上っていくほど、仕事は特定の内容に特化すべき。
また、入社してすぐの社員でもできる業務内容に携わる必要はなくなるわけだが、それでもあえて雑務や現場回りなどを若い人に投げすぎないようオススメしたい。
良く言えば自己完結型、悪く言えば器用貧乏だが、こういうタイプはどこの部署に配属されても対応力があるため、戦力外になりにくい。
少なくともどこの職場にも必ずいる「あれやって、これやっておじさん」になることは避けられるわけだ。
そして最後、これが一番難しいが、自身が持つ価値に客観的評価を下すことである。
一般的に会社でキャリアを重ねていくと、自分で手を動かす機会は減っていく。
その代わりに人員や業務を管理したり、何らかのジャッジを下す側に回るわけだが、この業務においては経験や見識といったものが重要なファクターとなる。
問題はそれらがとっくに賞味期限切れ、もしくは過去の遺物となっている場合。
古い経験や今の価値観に合わない見識を振りかざし、部下に間違った指示を出したり、全くトンチンカンな判断を打ち出したりーー。
マトモな会社であればそういう人を役職に長く置くことはなく、ヒラに降格かもしくは実権のないポストに左遷といったところ。
現場から離れて久しいため実務はできず、持っている経験や知識も使い物にならない、立派な働かないおじさんの一丁上がりとなる。
そうならないためには、自分が積み重ねてきたものが今も通用するのか、不断の検証が必要だ。
「こりゃ使えない」と自覚できるうちはまだやり直しも効くけれど、客観的に見る目を失ってしまえば、あとはもう真っ逆さまである。
いずれにせよ、全ての人が「自分だけは働かないおじさんにならない」と覚醒すれば、数世代で社内失業者は消える。
むろんこれは空虚に過ぎる理想論で、そんなことは実際には起こらない。
せめて本稿をお読みいただいている貴方だけでも、社会人として充実したキャリアを送られることを願う次第である。
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【プロフィール】
御堂筋あかり
スポーツ新聞記者、出版社勤務を経て現在は中国にて編集・ライターおよび翻訳業を営む。趣味は中国の戦跡巡り。
Photo by Shiromani Kant