「キーエンス」という会社を知っていますか?

 

……とか書くと「知っているに決まっているじゃないか、バーカ!」って思われそうなのですが、僕は株価を気にするようになるまで、この会社を意識したことがなかったのです。

 

さまざまな企業の株価を眺めていると、1株6万円もする、耳慣れない名前の企業がある。

株式分割前の任天堂とかファーストリテイリング(ユニクロ)などの「有名で、株価も高い企業」に混じって、なぜこの会社が……

 

何年か前に、常磐自動車道で煽り運転をし、ドライバーの20代男性を暴行した男が「新卒でキーエンスに入社した元社員だった」というのがネットで話題になった記憶があります。

キーエンスの給料の高さへの驚きと、そんな「エリート」が、なんで煽り運転で捕まるような「転落人生」を送っているんだ?という疑問が書かれていたんですよね。

 

いやまあ、どこの社員だって、いろんなヤツはいますよね。医療関係者にもいろいろいるもの。

でも、「元キーエンス」って、そんなに話題になるほど、すごい会社なのだろうか。

 

いずれにしても、1株5万円とか6万円とかは僕には縁遠く、1単元(100株)買ったら、けっこう良い車が買えるよなあ、という感想しか僕には出てこないキーエンスなのですが、いま、『キーエンス解剖』(西岡杏著/日経BP社)という本が話題になっています。

 

著者は、この本の最初に、こう書いています。

あらためてキーエンスという企業と向き合うきっかけになったのは、「ゆるブラック企業」というテーマで取材を進めていたことだった。ゆるブラック企業というのは、近年の働き方改革の影響で、やりがいを求める若手社員をゆるく働かせてしまい、やる気に応えられていない企業を指す造語だ。その取材を続けているときに、ゆるブラック企業の対極にあるキーエンスの社員はどう感じるのだろうか?と思ったのだ。
キーエンスの社員は「とにかくめちゃくちゃ働く」と言われる。その激務ぶりは「30代で家が建ち、40代で墓が建つ」と表現されることもある。つてを辿って、あるキーエンスOBに話を聞いてみた。

「あそこは仕組みと、それをやり切る風土がすごいんです。後輩の指導もしっかりする。人が育たないわけがない」

その言葉に、がぜん興味がわいてきた。「人が育たないわけがない」とまで言い切れる企業が日本にどれだけあるだろうか。その仕組みとはどんなものか、やり切る風土はどう生まれたのか。とにかくキーエンスに迫ってみたい。そんな好奇心から、キーエンスの徹底取材に取りかかった。

キーエンスが扱っている主力商品は、センサーを中心とした業務用の電子機器で「製造現場で異常を発見したり、生産性を高めたりするために使うもの」だそうです。

著者は「工場や倉庫、研究所に出入りする人でなければ、キーエンスの商品を目にする機会はほとんどないだろう」とも述べています。

 

そのキーエンスを象徴する4つの数字が、この本では紹介されています。

 

・時価総額14兆4782億円(2022年11月の時点で日本国内3位。1位はトヨタ自動車、2位ソニーグループ、4位がNTT、5位ソフトバンクグループ)

・平均年収2183万円(三菱商事は1559万円、トヨタ自動車は857万円)

・売上高営業利益率は55.4%(業種が近いオムロンが約12%、ファナックは約25%)

・自己資本比率93.5%(製造業平均は49.4%)

 

実際にこの数字を見ると、「なんなんだこの会社」と驚くばかりです。

 

年収2000万円オーバーは、平均的な勤務医よりずっと高収入。

そして、売上の半分以上が利益になっているのに、顧客満足度も高そうなのです。なるべく安くモノを売り、人件費も極限まで削っていく、という日本の「失われた20年」の対極にあるような「高待遇・高収益(そしてハードワーク)企業」が、キーエンスなんですね。

 

僕自身、25年間くらい医療の現場で働いて、いろんな先輩や後輩と接してきました。

25年前は、上司に「自分がいかに研修医時代に休みを取らなかったか」「研修医は17時を過ぎてからが自分の仕事の時間」などを延々と語られていたものですが、今は「研修医は17時に帰宅。残業は絶対にダメ」とアナウンスされています。

 

いまの40代から50代くらいにとっては、自分たちが20代のときには、「お前たちは若手だからこれも修行だ」と年長者から仕事がどんどん回されてきて、当直もさせられていたのに、自分が40代、50代になってみると、今度は「若手に無理させるな」と、やっぱり自分たちにキツイ仕事が回ってくるという、「貧乏くじを引かされた」感じもあるんですよね。

 

先輩、あるいは指導医としての経験からは、「やっぱり、若い頃にきつい仕事を頑張ってこなして、積極的に技術や知識を身につけた人のほうが、その後、充実した職業人生を送れていることが多い」とも思うのです。

 

ワークライフバランスは大事だけれど、「働きたくないときには家庭を持ち出し、家庭がうまくいかないときには仕事を原因にする」という悪循環になっている人も少なくありません。

まあ、人間なんてだいたいそんなもの、ではありますが。僕もそうだし。

 

キーエンスは、仕事は厳しいし、徹底的に「効率的に仕事をやること」「相手の言葉をそのまま受け取るだけではなく、その潜在的なニーズを考えること」を社員に求めています。

「裏にあるニーズが何か、しっかり確認してきてください」
キーエンスの営業担当者が上司からよく言われる一言だ。上司と翌日以降の訪問先について相談するときに、訪問の目的とゴール、顧客から聞き取ったニーズや背景などを説明したうえで、こう問われるのだという。キーエンス入社後の研修でも、顧客に言われたままの「ニーズ」と、最初は顧客の口から出てこない本当の需要である「ニーズの裏のニーズ」は分けて考えるよう教え込まれる。

キーエンスの商品開発で語り草となっているのが「蛍光顕微鏡」での逆転劇だ。
生物や医学の研究などで使われる蛍光顕微鏡は、細胞に特殊な試薬を塗布したときに発する微量の光を観察する装置。既にキーエンス以外の複数のメーカーが市場を支配していたが、そこに後発で参入。新しい付加価値を武器に、有力メーカーの一角に食い込んだ。

従来の蛍光顕微鏡は、暗室で使うのが常識だった。背景に無駄な明るさがあると、正確に観察できないからだ。キーエンスはここに鉱脈を見つけた。「なぜ部屋全体を暗くしなければならないのか」。試料と対物レンズがあるエリアだけを筐体で囲んで周囲の光を遮断すれば、わざわざ暗室で観察しなくてもいいと考えたのだ。明るい部屋で作業ができれば効率は上がり、分析全体の時間を短縮できる。
後から聞けば簡単だが、それをキーエンスができたのは偶然ではない。キーエンスで営業や商品企画を担当した経験を持つコンセプト・シナジーの高杉康成代表取締役は、次のように分析する。

顧客にニーズを聞きに行くと「もっと分析の速度を上げたい」といった声が上がるはずだ。それをどう捉えるかがカギとなる。ここで「装置が動いて分析結果を出すまでの時間」だと捉えると、カメラを高スペックのものに替えたり、高速な解析ソフトを開発したりと、仕様上の数値を良くする方向で改良を進めがちだ。他社製品と差異化できている間はそれでもいいが、すぐに競合も追いつき、結局は価格競争になってしまう。
これに対し、「測定作業にかかる時間全体」という多面的な捉え方をすれば、そもそも暗室での作業が分析全体の効率を落としているという切り口が見つかるかもしれない。これが、キーエンスがこだわる「潜在ニーズ」だ。何十年も暗室での作業を続けてきた顧客は、それが当たり前になってしまい、問題に気づかないのだ。顧客からの声では上がらなかったニーズを見つけて「業界初『暗室』不要」「蛍光観察・分析にかかる時間が10分の1」といった特徴を打ち出したことが、後発だったキーエンスの躍進に繋がった。

この本のなかでは「個人のアイデアやひらめき頼り」ではなく、「潜在的なニーズ」を洗い出し、実現していくための、キーエンスの「仕組み」が紹介されています。

 

言われてみれば「その手があったか!」という感じなのですが、「視野を広くして、俯瞰的に考える習慣」と「思いついた解決策を実現する技術力」、そして、「攻めの(前例にとらわれない)営業や研究開発をきちんと評価する企業風土」が揃っていたからこそ、こんなことができたのです。

恐ろしいな、キーエンス。

 

この話を読みながら、僕はこれまでの人生で、自分の「潜在的なニーズ」に気づかないまま、いろんな課題に向き合ってきて、やらなくても済んだ難しい解決法の壁にぶち当たってきたのではないか、と考えずにはいられませんでした。

 

キーエンスに就職する、とか、こんなキツい働き方をする、というのは無理かもしれません(というか無理です)。

でも、「キーエンス的な「潜在的なニーズ」へのアプローチの意識」ができるだけでも、この企業のことを知る価値はあると思います。

 

前述の話で言えば、僕は「研修医が技術を身につけるためには、睡眠時間を削って現場に立ち続けることが有効だったと思っていた」のですが、「ハードワーク」そのものが目的や評価基準になってしまっていたのかもしれません。

「効率的に技術を身につける」ことが目的ならば、「休まない」ことや「長時間働く」以外の方法もあったはずなのに。

上司が「早く帰るヤツ」を、それだけで「低評価」にするのでは、結局、うまくいかないんですけどね。

 

日本の製造業、サービス業が「人件費を削って、安売り競争をしている」ことの弊害がようやく語られるようになってきたのですが、現時点では「それでモノの価格を上げようとしているのだけれど、給料は上がらない」という地獄絵図になっています。

ファーストリテイリングで大幅な給料アップが報道されていますし、これからは日本も「物価以上に、給料が上がっていく国」になることができるのかどうか。

 

キーエンス的に考えれば、キーエンスのような高待遇・ハードワークの企業で働き「40代で墓が建つ」生活をすることで高収入を得ることが、自分の「幸せに生きる」という「潜在的なニーズ」に合致しているのかどうか、考えてみるべきでもありますね。

 

「潜在的なニーズ」って、自分自身ではなかなか気づけないのだよなあ。

僕の人生設計も、キーエンスにコンサルティングしてもらえばよかった……

 

 

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【著者プロフィール】

著者:fujipon

読書感想ブログ『琥珀色の戯言』、瞑想・迷走しつづけている雑記『いつか電池がきれるまで』を書きつづけている、「人生の折り返し点を過ぎたことにようやく気づいてしまった」ネット中毒の40代内科医です。

ブログ:琥珀色の戯言 / いつか電池がきれるまで

Twitter:@fujipon2

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