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最近、都会から地方への移住の難しさを連想させる記事が相次いで、都会に住んでいる人たちが地方を悪くいう恰好のターゲットになっていた。

地方の閉鎖性や排他性やローカルルールを批判し、「地方に移住するなんてとんでもない」と言ってのけるにはこうした記事は最適だ。

 

それにしてもだ。

こうしたネット上の記事にしてもテレビ番組にしても、都会生活者が地方に移住する話題で取り上げられるのは地方は地方でも極端な田舎、過疎地への移住である。

 

確かに過疎地にはロマンもある。山奥で土いじりをすれば猪や猿や熊が襲撃してくるし、海沿いの生活は潮風によってあらゆるものを錆びさせる、それでも捨てがたい魅力を過疎地が宿していることは認めざるを得ない。

 

だがロマンに伴う難しさは地方で生まれ育った人間でさえ怯ませる。

通勤やショッピングにも不便だろうし、小さな町村部に残る閉鎖性や排他性やローカルルールは、移住者にはわかりづらいことが多い。

 

だから都会の生活に慣れきった人間が過疎地に暮らすのは一層難しく、超絶難易度に決まっている。にもかかわらず、都会から地方へ移住する例として過疎地ばかり挙げているメディアは、案外罪作りなことをやっているのではないだろうか。

 

去年私は、「ド田舎と大都市の間には豊かな領域がある」と紹介記事を書いたことがあった。

これは移住についても同様ではないだろうか。

 

大都市から普通に移住するなら、分譲したてのニュータウン

結論を言ってしまおう。

都会生活者が地方に移住する際に私がオススメしたいのは、大きめの地方都市とその周辺に絶えずつくられている、できたてのニュータウンだ。

もちろんニュータウンならどこでも良いわけではない。昭和や平成に分譲したニュータウンは駄目で、分譲が始まって間もないところが狙い目だ。

 

こう書くと「ニュータウンなんて陳腐だ」とおっしゃる人もいるだろう。もちろん。ニュータウンでの生活はありきたりで、たとえば鹿に庭を荒らされるサプライズやヤスデが大発生するハプニングには出会いにくい。

そもそも東京を離れなくても八王子や町田あたりに行けばニュータウンそれ自体は存在している。

 

だが、それだけにこなれているし、買い物や通勤や育児には好都合であることが多い。

なにより都会の人が毛嫌いする閉鎖性や排他性やローカルルールができたてのニュータウンでは希薄だ。近所との相互監視の度合いも、過疎地の町村などとは比較にならない。

 

地方の新しいニュータウンには、その地元において閉鎖性や排他性やローカルルールに嫌気がさした人もたくさん流入してくる。彼らが奉じる価値観は都会からの移住者とそこまで決定的に違うわけではないから、お互いを詮索しすぎる野暮に出会う心配は少ない。

また、ゴミ出しの規則が市町村によって異なる等、最低限のローカルルールは存在するが、それでもまだ少ないほうだ。

 

いっぽう古いニュータウンの場合、すでに住人のあいだでローカルルールができあがっている場合がある。

そういうのを避けたければ新しめのニュータウンのほうがお勧めだ。

 

「それじゃあ首都圏のニュータウンで生活するのと変わらないじゃないか」と答える人もいらっしゃるだろう。

これも、ある程度はそのとおりだが、ある程度からはそうでもない。地方では地価はそこまで高くない。都心でタワマンを確保するなどに比べればずっと安く、それなり広くて新しい住まいにありつける。

 

そしてニュータウンはモータリゼーションの世界でもある。後でも触れるが通勤に車を使うかどうか、いや、どの程度まで使わずに済ませられるかは生活にかかわることだし、できれば車の所有台数は減らしたいところではある。

とはいえモータリゼーションにはモータリゼーションの良さがあり、近くの大規模ショッピングモールまで買い出しに出れば日用品に困ることはない。もっと洒落たものが欲しい場合はネット通販でたいていのものが手に入るし、たまに首都圏や京阪神に出てしまえばいいのである。

 

よって新しいニュータウンを選べば、大都市に慣れた人が忌み嫌い、実際問題として移住の大きな妨げとなっている閉鎖性や排他性やローカルルールを最小化し、都会同様の個人主義的な生活を続けられる。

それでいて地価の安さやモータリゼーションの恩恵といった、地方ならではの恩恵も受けられる。

 

過疎地への移住にロマンがあること、それは私も否定しない。

しかし現実に立ち返るなら、地方移住の本命はこうした新しいニュータウンだろう。少なくとも移住難易度は過疎地よりずっと低く、生活の利便性はずっと高い。

 

地方移住を考える人はこういうところにも目を向けるべきだろうし、地方に移住せざるを得ない人にとってもベターな選択ではないだろうか。

 

狙いどころをもっと絞ってみる

ここまでの話に沿って、もう少し候補地をイメージしてみよう。

 

地方と都会のいいとこどり的なライフスタイルを満喫する、そのための新しいニュータウンとしての狙い目は、たとえば写真のような場所である。

これは、googleストリートビューから拝借してきた、福岡県某所の新しいニュータウンの写真だ。

解像度が高すぎてもいけないと思い、小さな写真を使っているが、写真奥にはできたての新しい家々や、現在建築中の家の姿がある。写真右側に広がる空き地はこれからの分譲地だ。地理的条件が許すならだが、こういった場所が狙い目だ。

 

大きな地方都市やその衛星都市にはたいてい、こういった新しいニュータウンが造成されていて、地方のライフスタイルのおいしいところを享受しつつ、地方のめんどくさいところを最小化できる選択肢になっている。

山奥の古民家に比べればロマンは少なかろうが、移住の難易度は低く、地価も東京より安い。

 

ただし、地方の新しいニュータウンならどこでも良い……というわけではない。地方のニュータウンにも色々ある。

たとえば山を切り拓いてつくられた新しいニュータウンは通勤通学ショッピングに乗用車が必須で、しかも公共交通機関が貧弱かもしれない。

 

通勤に車が必要か、必要だとしてどのぐらい必要なのかはライフスタイルに大きくかかわる問題だ。

土地代が安いからといって車がなければ全く何もできない場所に居を構えるのは、都会からの移住者には厳しいように思う。

 

通学や教育の問題もある。地方暮らしのメリットのひとつは、大都市圏で繰り広げられる血みどろのお受験戦争から解放されることだ。

正直、地方で暮らしたからといって山野を跳ね回れる時代ではなくなっているのだが、お受験戦争を回避できるだけでも結構子どもは伸び伸びできるだろう。首都圏の超一流校には及ばないとしても、地元の進学校に入学できれば東大などへの挑戦権は十分に得られる。

 

そうやって通勤先や進学先、最寄りの買い物スポットや公共交通機関の路線図などを見比べてまわると、候補となり得るのがどういったエリアで、どのあたりに網を張っておけばいいのか見当がつく。

いまどきはハザードマップや断層地図、地歴も調べられるので、土地についてまわるリスクもある程度までは見当がつく。

 

googleマップを眺めるだけでも気付きはある

こうした新しいニュータウン候補は、googleマップを眺めているだけでも結構ヒントが得られたりする。

 

わかりやすい例として、金沢市のみずき団地の場合を紹介してみよう。

このニュータウンは、開発から時間の経った古い区画と新しい区画が隣り合っているため、新旧を比較しやすい。川より西側が古いニュータウンで、川より東側が新しいニュータウンだ。Googleマップで見比べてみよう。

新しいニュータウンにありがちな目印として、わざとらしいカーブが挙げられる(絶対の特徴ではないけれども)。

地図から読み取れるように、西側の古い区画は整然としたブロックになっていて東側の新しい区画はカーブを描いたブロックになっている。みずき団地のgoogleストリートビューで両者を見比べてみれば、建物の新しさと雰囲気の違いは一目瞭然だ。

 

公園の広さも参考になる。古いニュータウンの公園は、えてして狭くてボロい。

都市公園法に対する言い訳みたいな、およそ住人のために作られたとは思えない公園が点在している。

 

対して新しいニュータウンには、広々とした、まともな公園がつくられていることが多い。

その広々とした公園が実は遊水地を兼ねていたり昔の川の流れの跡だったりすることもあったりするが、ともあれ、公園の広さやつくりもニュータウンの新しさを推測する手がかりになる。

 

大きめの地方都市やその衛星都市では、こうした新しいニュータウンは皮膚の新陳代謝のように絶えずつくられている。

だから移住候補の街を定点観測していると、案外ちょうど良い案件が視界に入ってきたりもする。

 

新しいニュータウンなら必ず不便な場所かといったら、そうとも限らない。戦後から住宅事情が一巡りも二巡りもしているせいか、便利な場所の小規模な区画が分譲されはじめたりもする。

また新しい道路や公共交通機関の開発にあわせて分譲地が作られるのはここでも同じである。便利な場所が高くつくのも同じだが、それでも首都圏や関西圏に比べれば値段は知れている。

 

まとめよう。

都会から地方に移住を考えるにあたって、人口過疎地だけを考えてああだこうだいうのはあまり上手くないし、たぶん現実的でもない。都会生活者が心配する排他性や閉鎖性やローカルルールをできるだけかわし、地方生活の利便性を享受し、通勤や通学の利便性も手放さない選択肢は新しいニュータウンのなかにある。

「都会風を吹かせるな」などと注文をつける町村や、猪や猿が定期的におりてくるような過疎地より、よほど現実的な選択肢ではないだろうか。

 

 

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【プロフィール】

著者:熊代亨

精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。

通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)『認められたい』(ヴィレッジブックス)『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』(イースト・プレス)など。

twitter:@twit_shirokuma

ブログ:『シロクマの屑籠』

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Photo by UnsplashCarl Kho