1/29に行われた東京チャレンジマラソンに出場し、完走した。
2021年から始めた毎日10キロ走り続ける生活も1年を超えたが、ひとまずフルマラソン完走という目標を達成できて感無量である。
35キロの壁は分厚かった
フルマラソンを完走して最初に思った事の一つは「世の中には体験しないと理解できない世界があるんだなぁ」という事であった。
僕はそれまで人間の限界というのは心肺機能によるものであり、疲れてしまってもう一歩も動けないというのはゼーハーゼーハー言って、ヘトヘトの状態になるものだと思っていた。
だがフルマラソンにおける限界は心肺機能によるものではなかった。
心肺はむしろ余裕シャキシャキである。じゃあ何が僕を追い込んだかというと、脚である。
マラソンの世界では35キロの壁という概念がある。
これは35キロ地点ぐらいから途端にシンドくなるぞという警告であり、それをもって多くのベテランは
「最初から飛ばすな。ちゃんと最後まで脚が持つようにジックリと攻めていけ」
とビギナーにアドバイスをする。
ちゃんとセーブしていたつもりだったのだが…
あまりにも色々な人に35キロの壁がヤバイと聞かされていた事もあって、僕も随分とペースを落として序盤を攻めていっていたつもりであった。
とはいえ人間というのは学習しない生き物である。
アドレナリンが出まくっていたからなのか、全く肉体に疲労感を感じないままでレースを走り続けていた僕は、20キロぐらいの地点で
「フルマラソン余裕じゃん」
としか思わなかった。
しかし現実はそんなには簡単ではなかった。この後、僕は文字通り地獄のような時間を味わう事になる。
意欲が有り余っているのに、脚が動かない
昨今はGPSウォッチでもって、このように自分のランニングタイムが簡単に可視化できるのだが、測定上では僕のペースは走るたびにジワジワと落ち続けていた。
そして35キロを超えると…走る速度は何と1/2以下にまで落ちた。
35キロ地点における絶望感は今でもよく覚えている。
意欲は十分。心臓も全然余裕。それなのに脚だけが猛烈な痛みを訴えまくってきており、脚を動かそうにも全然動かないのである。実際、GPSウォッチ上での僕の心拍数は急落していた。
季節は冬で外の気温は寒いのだが、走っていると身体が温まる事もあって、35キロ地点までの僕は寒さを全くといっていいほどに感じてはいなかった。
しかし35キロに入り、脚が棒のように売り切れてしまってからは文字通り地獄そのものであった。
脚が痛いのも辛いのだが、それ以上に”寒い”のである。
力は出せないわ後続ランナー達にポンポン抜かれまくるわもあって、なんだか物凄く惨めな気分になってしまったものだった。
「ああ、人間って何度ありがたい御高説を承っても、自分の身で理解しないと何もわかってないないんだな…」
そう思った瞬間であった。
何度言っても子供がいう事を聞かないのも当然かもなぁ…
他人からのアドバイスは身に染みない。
これで思い出すのはジュディス・リッチ・ハリスが書いた『子育ての大誤解』という本に書かれた作家の橘玲さんの解説である。
この本は親は子の発達にとって最も重要な要因であるという信念を批判し、それらを否定する証拠を提示するものだ。
「子供は子供社会の中で発達し、親からはそこまで強い影響を受けない」という教育ママが真っ青になりそうなテーマの本なのだが、橘玲さんはジュディス・リッチ・ハリスのこの本を読んで「ウチの子供が自分の言うことを聞かないのは、こういう事だったのか」と納得したんだそうだ。
橘玲さんは自分のご子息に「そういう事をしても意味がないから辞めろ」というようなアドバイスを何度もしたそうなのだが、ことごとくそれらが無視され続ける事を「なんでだろう?こいつ馬鹿なのかな」と疑問に思っていたのだという。
しかし『子育ての大誤解』を読み、「子供は子供社会の中で発達し、親からはそこまで強い影響を受けない」という事をエビデンス付きで提示される事で、橘玲さんは「そういえば自分も親のいう事なんて聞かなかったな…」と納得したのだそうだ。
痛い目にあわないと人間は理解できない
僕がこの話を読んだ時は「ふーん。まあそういうモノかもな」ぐらいにしか思わなかった。
だが、実際にフルマラソンで35キロの壁にぶち当たって散々痛い目にあって、自分がメチャクチャ気をつけていたはずなのに失敗して、上の理解は不十分なのではないかと思うようになった。
人間は良くも悪くも一度痛い目をみないと学習しない生き物である。
しかし誰だって怒られたり、失敗して痛い目をみるのは嫌なはずである。
それなのに何故痛い目をみてしまうのかというと…人間は痛い目に合うという事がどういう事なのかを”言葉では理解できない”からである。
言ってもわからないんじゃなくて、言葉が脳に響かないのだ
言葉はすべての物事を表現できる魔法のツールだ。
だから多くの人は言葉で何かを言えば全ての人が自分の思っている事をそのままの形で理解すると思い込みがちだが、実際には言葉の伝達力は50%未満だろう。
爪が剥がれた痛みをキチンと理解できるのは爪を剥がした事がある人間だけなのと同様、他人からのアドバイスというのは他人が思っている形では100%そのままの形では届かない。
だから本当に誰かに真剣にアドバイスをしたいのなら…ある意味では思っている事をそのままの形で表現する事は誠実ではないのかもしれない。
グネグネと言葉を整形して、望むような成果が出るように表現をアレコレと手を変え品を変えて抽出する作業も、時には必要なのかもしれない。
これまでは正直である事こそが最上の美徳であると信じてきた僕だけど、これからは人によっては正直すぎるのも駄目なのかもなぁと思ってしまった次第である。
壁は当たりにいかないと出来ない
マラソンをやるようになって良かった事の一つにマラソン関連本を楽しく読めるようになったという事がある。
先日もその流れで猫ひろしさんのマラソン本を読んでいたのだが、その中で以下の表現に出会い「本当にそれなー」と感心させられたので引用しよう。
「たくさん走らないと見えてこないことがあります。走らないと壁にもぶつからないし、弱点もわかりません。したがって壁を乗り越えることも、弱点を克服する事もできません」
改めて言われてみるとである。これまでの人生において、常に大きく成長できたのは壁を乗り越えた時であった。
そもそもフルマラソンを完走するキッカケとなったのは、前職で上司にパワハラを受けて退職に追い込まれ、更にその後にウルトラブラック病院に転職してメンタルが崩壊寸前になったからだった。
狂人は常人の思考回路を用いない。2年ほど前に明らかに狂人だった僕は、心を救うために普通に考えたら絶対に導き出さないであろう結論を出した。
それが「走ろう」であった。
運動が身体にいいだなんて話はそれまでも耳にタコな程には聞いていた。
しかしそれで運動するほど人間は甘くはない。健康診断で血圧やらコレステロール値が高いのをみて「このままじゃヤベェなぁ…」と思っても、運動できないのが人間という生き物である。
狂人だからこそ導ける回答がこの世には確かにある
しかし狂人になると、そういう普通の思考回路は働かない。
まったくロジカルではないのだが、狂人だった僕は何故か真剣に「走らないと死ぬ」と直感した。
そうして淡々と走り続けてここまでやってこれたわけだけど、改めて考えてみるとこれは僕が狂人だったからというよりも、純粋に壁にぶち当たったというのも大きかったのかもしれない。
これまでの常識では絶対に立ち向かえないような絶望的な現実を前にし、かつ絶対に折れられない状況に追い込まれた僕は、ここでメンタルを病んで精神的・肉体的に死ぬか壁を乗り越えるかの2つに1つしかなかった。
いま思うと死んでても全く不思議でも何でもなかったのだが、幸運にも僕は生き延びる事ができた。
生き延びられただけではなく、体重は激減し、健康診断の数値はオールグリーン、おまけに何を食べても太らないというオマケ付きである。
絶望の渦中に居た時は漆黒としかいいようがない胸中だったわけだけど、こうして大きな山を一つ乗り越えた今は
「ああ、あの絶望って、僕が人としてより強くなる為の試練の一つでしかなかったんだろうなぁ」
と思うようになった。そう考えると、僕の苦境は単なる不運というわけでもなく、成長の糧でしかなかったともいえるわけで「いやはや人生ってのは単純ではないな」と本当に思う。
走らないと壁にもぶつからない
「走らないと壁にもぶつからないし、弱点もわかりません。したがって壁を乗り越えることも、弱点を克服する事もできません」
猫ひろしさんは著書の中でこうおっしゃってるが、自分自身もこれまでの苦境は全て自分の壁にぶつかるためには必然だったのかもなと思わなくもない。
読者の皆様も色々な形でいまシンドイ状況にいるのかもしれませんが、明けない夜はないを合言葉に淡々と目の前の現実を共にちゃんとやって参りましょう。
とりあえず僕は懲りずにまた3月に板橋シティマラソンに出場しますんで、参加する人は一緒に頑張りましょう。
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5.まとめと次のステップへ
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(文責-ティネクト株式会社 取締役 倉増京平)
【著者プロフィール】
都内で勤務医としてまったり生活中。
趣味はおいしいレストラン開拓とワインと読書です。
twitter:takasuka_toki ブログ→ 珈琲をゴクゴク呑むように
noteで食事に関するコラム執筆と人生相談もやってます
Photo by :Mārtiņš Zemlickis