初めて会った時から、何だか妙に気になる男の子だった。

出会った頃の彼は、同世代より体が二回りも大きいとはいえ、まだ小学5年生だったはずだ。

 

あの日、私は彼と小学校の門の前で鉢合わせた。

PTAの部会に出席するため学校を訪れた私が、来客用ゲートのロックを解除してもらっているところへ、あの子が悠々と遅刻してきたのだ。

 

彼は私が小さな娘を腕に抱いているのを見ると、

「僕が抑えていますから、どうぞ」

と言って、重たい門を押し開け、それが再び閉まらないように抑えていてくれた。

 

「ありがとう」

その子供ながら紳士的な振る舞いに私が礼を言うと、彼は少し照れたような顔をして会釈し、スタスタと歩いていった。

その時の彼はどう見ても普通の男の子に見えたし、むしろ礼儀正しくて良い子、という印象を受けた。

 

そんな小さな紳士の名前と悪評を聞かされたのは、そのすぐ後のことだ。

 

「あー。ちょっと見てよ、あそこ。ユウジとジョウジ兄弟と、マサルだよ。あの3人また授業サボってる。手ぇつけらんないよね、あいつら」

 

授業中だというのに、まるで休み時間のように校庭を駆け回って遊んでいる3人の男の子たちを、部会に集まった母親たちの一人が指差した。

窓辺に寄ってよく見てみると、その3人はついさっき会ったばかりの紳士的な少年と、幼稚園児の頃から知っている年子の兄弟だった。

 

その兄弟は、両親が地元では有名な元不良で、幼稚園時代から悪童として名を馳せている。

兄弟共に不登校ではないものの、授業にはほとんど出ていないと聞いていた。

そんな兄弟とつるんでいるということは、あのマサルという子もそうなのだろうか。

 

「うちの子と幼稚園が一緒だったから、あの兄弟のことは前から知ってるけど、マサルくんっていう子のことは知らなかったな。いつも3人で授業をサボってるの?」

と聞いてみると、みんな「信じられない」といった表情で私を見た。

 

「えっ?嘘!マサルを知らないの?あいつが一番ワルで有名じゃん!」

「そうそう。しかも、マサルって中学校にお兄ちゃんが居るんだけどさ、そのお兄ちゃんね、今なんと鑑別所に入ってるんだよ!ヤバイっしょ?!そういう家なんだから、マサルもこの先どうなるか分かったもんじゃないよね」

 

そうなのか。部会に集まった母親たちは噂好きで、あの少年たちの素行についてやたらと詳しかった。

彼女たちの話によると、あの3人組は最近、授業をサボって外へ出かけ、近くのコンビニで補導されることが多くなっているそうだ。コンビニの前でタバコを吸っていたとの目撃情報もあるという。

 

存在を知ったことで視界に入るようになったのか、その日以降、私はマサル君たちとしばしば顔を合わせるようになった。

3人の少年たちは、ある時は校庭の隅で、教師に見張られながら不貞腐れたように座り込んでいたし、ある時は学校周辺を目的もなくうろついていたし、またある時は近所のコンビニの前で、本当にタバコを吸っていた。

 

私は彼らを見かけるたびに、気軽に声をかけていた。

「あら?今は授業中でしょう?ここで何をしてるの?」

「こら!君たちまだ小学生でしょ?タバコなんか吸ったらダメよ。体に悪いからやめなさい!」

 

など、子供に対して普通の大人が言うようなことを、普通に言っていただけだ。

 

PTA仲間からは、「あいつらに会っても、下手に注意とかしない方がいいよ。『っるっせんだよ!ババア!!!』って、すごい剣幕で悪態つかれるんだから」と聞かされていたが、不思議なことに、私は彼らからそうした反撃をくらったことは一度もない。

挨拶をすればちゃんと挨拶が返ってきたし、喫煙を叱っても、彼らは素直に謝ってくれた。

 

ただ、それで何かが変わるわけではなかった。

誰に注意されようと、幾たび補導されようと、結局のところ3人は繰り返し授業をサボり、学校を抜け出してはコンビニの前でタバコを吸っていた。

 

学校側も、3人それぞれに専門の教員を付けるなどして、どうにか指導しようと苦心していたようだ。

しかし、成果のないまま時が過ぎ、マサル君とユウジ君は小学校の卒業まであと半年というところで、大きな事件が起こってしまう。マサル君が校内で大暴れし、1年生の教室の窓を破って、複数の子供たちに怪我をさせたのだ。

 

最上級生である6年生が1年生の子供たちに怪我をさせたことに、いかなる言い訳も通用しなかった。

保護者たちからの強い訴えもあり、マサル君は隣の学区の小学校に転校する事になる。けれど、彼が転校先の学校に通うことはなかった。

 

学校を追われてからのマサル君は、髪を長く伸ばして金髪に染め、改造した学ランを着て、通っていた小学校の周辺を一日中うろつくようになっていた。

事件を機にユウジとジョウジ兄弟からも遠ざけられてしまったのか、もうマサル君のそばに兄弟の姿はない。

代わりに、マサル君と同じように改造制服を着た中学生の男の子と、いつも一緒に居るようになった。

 

元々体の大きなマサル君が、金髪の髪を逆立てて、刺繍の入った短ランとボンタンというオーソドックスなヤンキーファッションに身を包むと、もう小学生には見えなかった。

「ねえ、君ってばまだ小学生なのに、どうしてそんな格好をしているの?」

 

と、会うたびに何度か聞いてみたが、マサル君は笑ってごまかすばかりで、ちゃんと答えてくれたことはない。

ただ私には、そのいかつい見た目とは裏腹に、彼が弱い自分を隠すための鎧を着て、武装しているように見えていた。

 

実際に、彼の見た目がいかにもヤバそうなヤンキーに変わり、中学生とつるみ始めてからは、もう以前ほど大人たちから注意されることも補導されることもなかったようだ。

 

そうは言っても、マサル君はまだ小学生の子供だった。

不良ぶっているのは見た目だけで、悪さをするといっても、学校をサボってタバコを吸うくらいがせいぜいだ。

 

少なくとも私は、マサル君と彼の友達が誰かに迷惑をかけているところを見たことは一度もない。

二人は私が働いていた本屋にもたびたび時間を潰しにやって来たが、騒ぐこともなく、ちゃんとお金を払って買い物をした。

 

私がパート先以外の場所でマサル君たちと会うのは、たいていコンビニの前だった。

ある日、彼らといつものコンビニの入り口で挨拶をした後、店内で買い物をしていると、珍しくマサル君が私の後を追ってきた。

 

そして、

「ねぇねぇ。俺に何か飲みもの買ってよ。喉かわいちゃった」

 

と、甘えた声でジュースをねだったのだ。学ランを着るようになってからというもの、すっかり肩で風を切るようになったマサル君が、子供らしく甘えた態度を見せたのはそれが初めてだった。

 

「いいよ。好きなの選びなよ。あ、じゃあ、お友達にも何か買ってあげるね。ねぇ、ちょっと、そこの君!君にもジュースか何か買ってあげるから、欲しいもの選んで」

 

少し離れた場所で所在なげに立っていた彼の友達にも声をかけると、その子は

「えっ。俺にも買ってくれるんですか?えっ、いいんすか?本当に?」

と、やけに驚き戸惑った様子で、何度も「すみません」と「ありがとうございます」を繰り返した。

 

たかだかペットボトル飲料を奢ってあげるだけのことで、そこまで恐縮されるとかえってこちらが恐縮してしまうのだが、その様子を見て、この子たちは他人からの親切に慣れていないのかもしれないなと感じた。

「遠慮すんなよ。こいつはさ、俺の母ちゃんみたいなもんなんだから。ジュースぐらい、いつでも買ってくれるんだよ」

 

マサル君はそう言って、嬉しそうにニコニコしながら、友達に向かって胸を張っていた。

「おや、まあ。私ったらいつの間にマサル君の母ちゃんみたいな存在になったのかしら?」と可笑しくなったが、否定はせず、

 

「まったく、仕方がないなぁ」

と言ってレジへと向かいながら、しばらくマサルくんに調子を合わせて母親ぶってみたのだった。

それが、マサル君との最後の思い出だ。彼はそれきり姿を消してしまったから。

 

急に彼の姿を見なくなって、どうしたのかと気がかりではあったものの、きっと中学校に通い始めて忙しくなったのだろうと考えていた。

ようやく春が来て、それまで中学生のフリをしていたマサル君も、やっと本物の中学生になったのだから。

 

けれど、そうではなかったのだ。マサル君は中学校に上がって早々に、暴力事件を起こして鑑別所に送られていた。

そして鑑別所から出された後は、遠方にある母方の祖母の家に預けられることになったそうだ。

 

そのことを私に教えてくれたママ友は、あのユウジとジョウジ兄弟の母親と仲が良かった。

マサル君については、兄弟の母親から色々と聞いていたらしい。

 

「マサルってさ、本当は可哀想な子なんだよね。父親が暴力を振るうから、実はあの子、家ですっごい殴られてたの。学校を休むことが多かったのも、殴られて怪我をしてたから。

いつだったかボコボコに殴られて、夜中に家出して、ユウジたちの家に来たんだって。

『頼むからこの家に置いて下さい』って、泣きながら土下座するから、すごく困ったってユウジのママが言ってたよ。結局、その日は親に連絡してから一晩泊めて、次の日には家に帰すしかなかったみたいなんだけどね」

 

あぁ、そうだったのか。彼は暴力的な子供として常に加害者扱いをされていたけれど、暴力の被害者でもあったのだ。

 

暴力が支配する家庭の中では、最も力の弱い者が最大の犠牲者となる。もしかすると、母親も兄弟も、マサル君を庇ってくれる存在ではなかったのかもしれない。

だからマサル君は、学校に居場所がなくても家には帰れず、毎日外で時間を潰していたのではないだろうか。

まだ小学生だというのに、一丁前にヤンキーぶった格好も振る舞いも、自分で自分の身を守っていくために、背伸びをする必要があったからなのかもしれない。

 

私とマサルくんは、決して親しいとは言えなかった。彼のことをほとんど何も知らず、たまに立ち話をする間柄でしかなかった私のことを「俺の母ちゃんみたいなもん」だと言い、ジュースを買ってもらっただけで、ひどく嬉しそうだったマサル君の寂しさを思うと、私は胸が痛くなった。

 

いくら悲しい背景があるとは言え、それが他人を傷つけていい理由にはならない。

けれど、助けを求めて家出をしても救われなかったマサル君が、鑑別所に送られたことで結果的に家を出ることができたのなら、彼にとっては良かったと言えるのだろう。

 

それから1年も経たないうちに、私も家庭の事情で地方へと引っ越すことになった。当時のママ友たちとも縁が切れてしまい、その後のマサル君の消息は知るよしもない。

今頃は、彼も20代の半ばになっているはずだ。

家を出た後の彼がもう鎧を必要とせず、安全な居場所を見つけ、逞しく生き抜いていることを願いたい。

 

 

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【著者プロフィール】

マダムユキ

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