作家の町山智浩さんが、「もうすぐ還暦のオタクの友人」について、こんな話をツイッターで呟いておられた。

その友人は仕事をしていてそれなりに収入があったのだけれど、独身で、収入のほとんどを趣味の本や玩具やDVD、ブルーレイディスクなどに使っていて、貯金はしていなかったそうだ。

 

もうすぐ還暦という自分の年齢と今後の生活のことも考えて、ついにコレクションを売り始めたのだが、その買い手も同じくらいの世代で、それほど経済的に余裕があるわけでも、自分の残り時間を考えるとそれを買うために大きなお金を使えるわけでもなく、コレクションの値段はどんどん下がっているとのことだった。

 

僕ももう51歳になるわけだけれども、コレクション、とまではいかないまでも、いつかやるつもりでやらなかったテレビゲームや、結局読まなかった「資料になるかもしれない本」や、一度も見なかったDVDがたくさんある。

最近たくさん発売されているミニレトロゲーム機など、ほぼ全機種揃っているが、開封していないものもたくさんある。

 

もちろん、未開封品として高く売ろうとして保存しているわけではなく、「いつか暇になったらやる」つもりが、その「いつか」がこれまで来ていないだけだ。

 

40代前半くらいまで、仕事が忙しくて毎日帰って寝るだけ、みたいな時期には、「早めにお金を貯めてリタイアして、本とゲーム漬けの老後を過ごそう」と思っていた。

だが、40代後半に、それまでよりも余裕がある職場に移ってからも、そのコレクションは消化するどころか、どんどん増えていく一方だ。「いつか読むから」を諦めて処分した本も少なからずある。

 

そもそも、コンテンツの供給状況が、21世紀に入ってから、とくにこの10年くらいで大きく変わってしまった。

本はよほど希少なものでなければ、ネット書店でなんらかの方法で入手できるし、昔のゲームも今のハードで遊べるものが多い。音楽・映像配信サービスが充実し、CDやDVD、ブルーレイディスクを買うことは激減した。

 

僕など、その作品のブルーレイディスクを持っているにもかかわらず、そのディスクを探してきて再生機にセットするのが面倒で、AmazonプライムビデオやNetflixで観てしまうことが多い。

 

あまり映像配信サービスを信頼しすぎていると、あるアニメのシリーズ2期までは見放題なのに、3期以降は(以前はあったはずなのに)配信がなくなっていたり、けっこうメジャーな作品でも、ちょっと古かったら配信されていなかったりすることもある。だからといって、わざわざレンタル店にまで行こうとは思えないのだけれど。

 

骨董品や古書であれば、そう簡単にはコピーや増刷できないので、所有しつづけることに意味があるのかもしれないが、電子書籍がある一般書や昔のテレビゲームやCD、DVDを所有する価値は、この数年で大きく下がってしまった。

 

僕も自分の子どもが欲しがっている音源を「CDだったらスマホに入れることも家の再生機で聴くこともできるから、ダウンロードじゃなくてCDにしたら?」と言ったら、「どうせスマホでしか聴かないし、CDとか邪魔だからダウンロードがいい」と言われたことがある。

 

いままで自分がこだわり、コレクションしてきたものの価値がどんどん下がっていくのを目の当たりにするのは、なんだかとてもせつない。自分の「好き」は、周りがつけた値札に揺らがない、と思っていたのは若さゆえの過ちだった。

 

もちろん、50過ぎくらいで、「終活」とか「リタイアして一日中読書やゲーム」なんて生活に入れるほどの資産はないし、実際に1年くらい「仕事をしないで生活してみた」経験からいうと、大概のゲームは「好きなだけやっていい」と、あまり面白く感じない。ある種の制限とか制約が、人の「好き」を充実させるのだと思う。

 

「貯金もせずにオタクコレクションにばかりお金を使っていた」ことを愚かだと感じる人は多いかもしれないが、「いろんなことを犠牲にして、貯金もせずに買い集めるからこそ、コレクションするのが楽しかった」とも言える。

 

その結果が、「大事だったコレクションの価値は暴落し、自分はお金がなくて家族もおらず、そのコレクションを切り売りしながら生き延びる」だというのは、バカバカしくもあり、それこそが「マニアの本懐」であるような気もする。

じゃあ、家族がいれば無条件で幸せだったのか?と言われれば、たぶん、そんなことはないだろうし。

 

とはいえ、「悠々自適にやり残した名作ゲームをプレイするような老後」なんて、たぶん来ないだろうということには気づいてしまった。

 

僕自身、まだ物欲はあって、Amazonであれこれ買いものをしてしまうことが多い。

 

若い頃の感覚では、50歳なんて、もう「終活」を意識しながら生きているはず(あるいは、もう生きていなかったはず)なのだが、全然そんなことにはなっていない。

余命、みたいなものを考えるとき、「買う」よりも「売る」「捨てる」が多くなる時期が必ず来るはずだし、それこそ「あの世までは持っていけない」のだ。

 

年を重ねてくると、昔は大事だと思っていたものが、急にどうでもよくなることも多い。

だいたい、老眼で本を読むのも以前より手間がかかるのだ。

2時間の映画を観るのさえ、前立腺が肥大しつつあると準備が必要だ。

 

テレビゲームは「遊び」だと思うよね。

でも、ゲームを夢中になってやり込むには、体力や集中力がけっこう必要なのだと、最近つくづく感じる。RPGとか、プレイする前に、ネットで「クリアまでの平均時間」を調べてしまう。

そして、「やりこみ要素」には極力手をつけない。ひとつのゲームをやり込むくらいなら、もうひとつ、新しいゲームをやっておきたい。

 

子どもたちはテレビゲーム大好きだけれど、僕が買い集めてきたレトロゲームに興味を持ってくれるかどうかは怪しい。というか、ニンテンドーWiiとか「3DS」じゃないニンテンドーDSが「懐かしい」という世代に、ファミコンゲームは「僕がブリキのおもちゃをもらうようなもの」だろう。

物心ついたときにゲームセンターに『スペースインベーダー』が登場した世代と、小学生のときにスイッチの『ポケットモンスター・スカーレット』が存在している世界で生きている子どもたちは、「あたりまえ」が違いすぎる。

 

僕が「自分にとって価値があるもの」を遺そうとしても、たぶん、誰も喜ばない。

テレビゲームや本やDVDだけではなく、土地やマンションでさえ、「要らない」のではなかろうか。子どもたちには別に住みたい、住むべき場所があるだろう。

 

僕だって、自分の親が(そのつもりはなくても)遺してくれたコンテンツ的なものを利用した記憶はない。

ただし、「お金」だけは別格で、こっちもいま、それが無くて困っているのだが。

 

現代は「推し活」とか「オタク的なコレクション」とかが比較的肯定されやすくて、生きやすい世の中にはなったけれど、「オタク第1(あるいは第2)世代」が、老いとともに、こんな現実に直面している、ということも知っておいて損はないと思う。

遺されたコレクションは、ほとんどの場合「処分するのが面倒なゴミ」にしかならない。

 

だからといって、ずっと我慢をしてひたすら貯金をし、もう動けなくなってから豪華な介護施設に入るのが幸せ、ってこともないだろうしねえ。

 

オタクは、あんまり長生きしないほうがいいのかもしれない。

それとも、「戦争とか飢饉じゃなくて、自分が好きだったコンテンツの価値が下がっていくのを見届けて死んでいけることこそ、オタクとしての僥倖」なのだろうか。

 

 

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安達 裕哉(あだち・ゆうや)
ティネクト株式会社 代表取締役/ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO
Deloitteにてコンサルティング業務に従事後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサル部門立ち上げに参画。大阪・東京支社長を経て、2013年にティネクト株式会社を設立。
ビジネスメディア「Books&Apps」運営。2023年には生成AIコンサルティングの「ワークワンダース株式会社」も設立。
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(2025/6/2更新)

 

 

 

【著者プロフィール】

著者:fujipon

読書感想ブログ『琥珀色の戯言』、瞑想・迷走しつづけている雑記『いつか電池がきれるまで』を書きつづけている、「人生の折り返し点を過ぎたことにようやく気づいてしまった」ネット中毒の40代内科医です。

ブログ:琥珀色の戯言 / いつか電池がきれるまで

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