ここ数年、「ジョブ型雇用」という言葉が急速に広まっている。
みなさんも、ニュースでよく耳にするんじゃないだろうか。
ジョブ型は各仕事に対し、適したスキルを持った人を割り振っていく。
日本のメンバーシップ型はその逆で、まず人を採用し、その後割り当てる仕事を決めていく。
メンバーシップ型を成立させていた年功序列や終身雇用といった前提が崩れたいま、世界と戦っていくためにも、日本はジョブ型に切り替えるべきだーーという主張は、少し前からのトレンドだ。
ただこのジョブ型採用、どうにも誤解されているというか、「上澄み」を基準に議論しているような気がしてしょうがない。
みなさん、ご存じだろうか。
ジョブ型における「底辺」が、どんな生き方をしているのかを。
ジョブ型=生産性&競争力が高い専門家集団?
『2040年 「仕事とキャリア」年表』という本で、ジョブ型はこのように書かれている。
メンバーシップ型雇用を廃止し、「ジョブ型雇用」を導入しようという動きが活発になってきています。
どうして、こういう流れになっているのかといえば、大企業が競争率低下の理由をメンバーシップ型雇用にあると考え始めたからです。(……)
ジョブ型雇用を採用する会社は、専門家の集団となっていますから、当然、生産性が高く、競争力も高くなります。日本株式会社のようなジェネラリストでできあがった生産性の低い素人集団とは根本的に違うのです。
出典:『2040年 「仕事とキャリア」年表』
実際、ジョブ型にこのようなイメージを持つ人は多いと思う。
ドイツに住んでいるわたしの実感としても、これはまちがってはいない。
ジョブ型では、資格や経歴によって仕事内容と給料が決まる。
経理でのし上がりたいなら、大学で会計学を学んでいい成績を収めて、経理関係のインターンをし、経理の仕事に就く。
転職しても基本は経理関係の仕事を続け、管理職になりたければ学位取得や上級の職業教育を目指し、資格を取る。
そういう意味では、たしかにジョブ型は「専門家集団」だ。
でも、どこにでも、「だれにでもできるカネにならない仕事」は存在する。たとえジョブ型社会であっても、それは例外ではない。
ではジョブ型社会で、専門知識・経験が必要ない仕事は、いったいだれがやっているんだろう?
専門がなくキャリアアップの夢もない人たち
以前、ドイツのドライブインのなかのバーガーキングに立ち寄ったときのこと。ドイツ人の友人が放ったふとした一言が、いまだに記憶に残っている。
「見てみろよ、移民しかいない」
5つほど並ぶレジを担当しているのは、アフリカ系やアジア系の人ばかりで、ヨーロッパ系の見た目をしている人はただのひとりもいない。
その後意識的に見るようになったが、ファストフードのレジは、移民と思しき見た目・語学力の人が多かった。
実際わたしが働いたホテルでも、清掃員はポーランド人でキッチンの洗い場はケニア人。別のアジアンレストランでは店員はアジア人だが、キッチンはアラブ系やアフリカ系の人。
日本であれば、下積みとして若手がやったり、学生アルバイトがやったりすることが多い仕事だ。
ドイツにももちろんそういう人はいるが、それとは別に、「それで生計を立てている層」が存在する。
学生時代カフェでバイトしているとき、わたしはレジやキッチン、洗い場すべてやったが、洗い場担当のトルコ系男性は洗い場の仕事しかせず、それで生活していた。
しかしその仕事をいくら続けても彼の賃金は上がらないし、管理職になるためには別途学位や職業教育が必要なので、昇進することもない。
キャリアアップ先がないのだから、競争なんて起こらない。
だれにでもできる仕事だから、賃金は低い。
それでも専門職に就くスペックがないので、どうしようもない。
道端やスーパーにはいろんな見た目の人がいるのに、銀行や役所などの窓口、ホテルや病院などに行けば、働いているのは「ドイツ人っぽい人」ばかり。
では「表で見かけない人たち」はいったいどこにいるのか?という話だ。
専門家の仲間入りできなかった人たちの生き方
ジョブ型社会には、「専門家集団」である上級労働者とは別に、「専門知識がなくキャリアアップの希望すらない底辺労働者」が存在している。
とはいえ「底辺」とは、あくまで「キャリアピラミッドにおける下の層」という意味だ。
そのピラミッドでは、就ける人が少ない専門職ほど上に位置し、だれにでもできる仕事ほど下に位置する。給料や社会的地位も、上に行くほど高くなる。
しかし、「下」だから不幸、という意味ではないことは、念押ししておきたい。
さて、なぜ「底辺労働者」は、「下」にいるのだろう。
それは彼・彼女たちが、「専門家集団」の仲間入りができなかったからだ。
たとえば、職業教育を途中で投げ出してしまった人。
スキルを身に着けていないので仕事が見つからず、理由をつけて公的支援に頼る人も少なくない。
たとえば、学校の成績が悪かった人。
ドイツでは最終学歴はもちろん、どんな成績で卒業したかも履歴書に書く。勉強していない=知識がない、なので、なかなか採用してもらえない。
とくに移民は初期ステータスが低く、基本的に低層からのスタートだ。
出身国によっては、「ドイツ水準の教育レベルではない」と学歴を認められず、大学入学資格を別途取得しなければならないこともある。
職業教育は比較的入学のハードルが低いが、職業教育中に得られる給料はアルバイトに毛が生えた程度で、援助なしに一人暮らしをするのはむずかしい。家族を養うなんてほぼ不可能。
だから、専門がなくともできる仕事に就く。
でもそれを続けても、「先」は明るくはない。
しかしやめたところで、どうにもならない。最悪ビザを失うだけ。
仕事にドイツ語はほとんど必要ないし、ドイツ語を勉強しても待遇がよくなるわけじゃない。だから勉強しない。
そしたら子どもはドイツ語能力が低いまま学校に入学するので成績が悪く、ランクの低い学校に進学するしかなくなる。
すると、子どももまた同じような人生を歩む。
ドイツには、日本でいう「格差」とはまたちがう、「階級」があるのだ。
成り上がりがむずかしい階級社会における断絶
そもそも教育制度も、日本のように「偏差値30から東大へ!」という一発逆転可能な仕組みになっていない(最近は見直されつつあるけれど)。
おおざっぱに例えるなら、「中学校で成績が3.5ならランクBの高校にしか行けない。ランクBの高校からは大学進学できないから、いい成績を収めてランクAの高校に編入し、ランクAの高校から大学進学しなきゃいけない」という仕組みである。
「上」のステータスを得るためには、いろいろと条件があるのだ。
それをクリアするのはなかなか大変なので、階級別でコミュニティをつくり、結局そのなかで生きる。
たとえばオフィスでも、オフィスワーカーと清掃員は明るく挨拶はするが、雑談して仲良くなってホームパーティーに呼んで……なんてことはまず聞かない。
同じ空間にいたとしても、同じ仲間にはならないのだ。
同じ街であっても、通りを一本挟んだら、建物の質や行きかう人の服装、言葉遣いやライフスタイルなどが明らかにちがう……なんてこともザラ。
「上級」と「そうじゃない人」ではまったくちがい、それぞれ別の空間で生きている。
格差社会では「弱者もがんばれば這い上がれる!」という主張が成り立つけど、階級社会では、個人の努力の範囲がかぎられている。
だから困っている人たちは、「公的支援をしろ」「弱者を助けろ」と堂々要求するのだ。
「専門家」になるための努力必須、スキルは高値で買わなきゃいけない
……なんてことを語ったうえで、もう一度、ジョブ型雇用に話を戻そう。
ジョブ型雇用について、「生産性と競争力が高い専門家集団」を前提に、その是非を議論していいのだろうか。その専門家集団の外にも、たくさんの人がいるのに。
なぜ自分が、「ジョブ型になれば生産性と競争力が高い専門家集団の一員になれる」前提で話しているんだろう。
なぜジョブ型にすれば、どこからかワラワラと専門家がやってきて、いまと同じ賃金でガツガツ働いてくれると思うんだろう。
ジョブ型では、「専門家」になるために、1~3年間、安い給料で職業教育を受けるんだよ。大学生は1か月~半年くらい無給でインターンして、職歴を手に入れるんだよ。成績を上げるために卒業を伸ばして何年も大学に通うんだよ。40歳でも管理職になりたければ大学に通いなおすんだよ。
そういったやる気がなければ、初任給からたいして変わらない給料で同じ仕事をし続け、人生を終えていくだけ。
日本の学歴フィルターなんて、かわいいものだ。
ドイツでは募集要項に学位や専門、卒業成績の条件が明記されていて、それを満たせなきゃ門前払い。
日本のように、だれかが道を用意してくれて、そのなかでがんばればいいわけではない。
組織に所属すれば、先生や上司が丁寧に面倒を見てくれるわけでもない。
自分で勉強し、専門知識・経験を得なければ、どうにもならない。
ジョブ型とは、そういう社会だ。
だからこそ「上」の人は、身に着けたスキルを高く売る。
採用面接からすでに給料交渉がはじまり、良い待遇を用意できない企業には、有能な専門家なんてひとりもこない。
ジョブ型をもてはやす人たちには、そういった現実をわかったうえで、「是」といっているのだろうか。
「上」を基準にしたジョブ型議論はただの理想論
ジョブ型の良いところとメンバーシップ型の悪いところを比較すれば、そりゃジョブ型のほうがいいに決まってる。
でもジョブ型にも悪いところ、メンバーシップ型にもいいところがあるわけで。
いまの日本社会だからこそやっていけてる人、豊かになれた人だって、たくさんいると思うんだよ。
メンバーシップ型だからこそ、ノンスキルで大手企業に入社できたとか、高卒でも部長になれたとか、社内教育で目をかけられてエリートコースに乗れたとか。
企業側で考えれば、本来はもっと大きな企業で働けるスペックの社員が新卒入社から働き続けてくれてたり、よその国なら倍の給料が発生する仕事を有能な若手に低賃金でやらせたり。
そういう都合のいい面だって、たくさんあるはずなんだよ。
それを考慮せず、「ジョブ型にすれば生産性と競争力が高い専門家集団になる!」「有能な人がたくさん集まって現状の賃金で働いてくれる!」という認識は、ちょっとお花畑がすぎるというか。
ジョブ型ではOJTなんてないから、自己投資しなきゃ良い仕事に就けない。
でも日本は給料交渉がメジャーではないので、スキルがあってもたいした待遇を望めない。
労働者の立場が低くなりがちな日本では、専門知識によって勝ち組になる人よりむしろ、「たいしたスキルがなくて使い捨てられる」「スキルを買いたたかれて理不尽な待遇で働かされる」人が増える気がするんだよなぁ。
一方で、有能な人は相当なカネ積まないと来てくれないから、ケチくさい企業には無能しかいなくなる。「愛社精神」なんてだれももってないからね。
専門家を迎えるためにきっちり札束を用意している日本企業って、どれくらいあるんだろう。
ジョブ型の話をするのならそういった事情も考慮しないと、労働者も企業もみんな不幸になるだけじゃないだろうか。
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名前:雨宮紫苑
91年生まれ、ドイツ在住のフリーライター。小説執筆&
ハロプロとアニメが好きだけど、
著書:『日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち』(新潮新書)
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Photo by :Hoang Kim Hung