本を読んでいて久々に感銘をうけた。フミコフミオさんの”神・文章術 圧倒的な世界観で多くの人を魅了する”である。

フミコフミオさんはこの本の中で「文章を書きたいのなら、書き捨てしよう」と仰る。

 

書き捨てとは文字通り”紙に書いて捨てる”行為の事で、フミコフミオさんいわく、この書き捨てこそが自身の秘伝なのだそうだ。

 

書き捨てすると、信じられない位に思考が進む

「書き捨て?なんかつまんなそうだな…」

そう思われる方もいらっしゃるかもしれないが、実際にやってみるとわかるが書き捨ては思考が大変に進む。

 

かなり前に自己啓発本でマインドマップというものが流行った事があるが、書き捨てはあれに近い。

なぜ書き捨てで思考回路が先に進むのかというと、人間は一度に一つの事しかできないからだ。

 

例えば何かを考える際に、その事にウンウン唸っていると、それを意識の元に置いている時点で思考回路が一つ専有されてしまう。

しかし書き捨てでもって、紙面にそれを書き出してさえしまえば、それを意識の外に出す事ができる。

するとワーキングメモリの一部分が開放されるからなのか、思考が信じられない位に先に先にへと展開する。

 

そうやって思索をある程度先に進めた後に、改めて最初の頃に考えた事を眺めてみると…意外な着想を思いついたりするのだから面白いものである。

考えてみると数学の問題なんかも紙に書いて解き進める事で、最初は見えなかった全体像が把握できた事は多い。スマホ時代の今でも、紙に書くのは案外有効なのだ。

 

ネタにこだわるのは負け

この本を読んでいてもう一つ面白いなと思ったのが、面白いネタにこだわるなという事である。

 

本の最後の方でフミコフミオさんによる書き捨て指導の小説があるのだが、そこでマスター・ヨーダ的な指導者が「面白そうなネタだけをみようとすると、ネタに引っ張られて本当に面白いものを見逃してしまう」と説くシーンがある。

 

これには本当に唸らされた。実は僕も連載原稿く際は、いつも「面白いネタなんかないかな」とウンウン唸りっぱなしであり、日々の生活も連載原稿の為の面白ネタ探しにかなり専有されてしまっている。

 

さすがにこれでは限界がくる。そろそろ方針転換しないと燃え尽きるなと思っていただけに、まさに図星を撃ち抜かれたような気分になった。

 

カキフライでも名文は書ける

実際、本当に面白い書き手は、どんな題材でも至高の文章を仕上げる。

 

例えば村上春樹さんはかつて「制限文字数内で自分について書きなさいと言われたんだけど、自分についてそんな少ない文字数で何かを書くのは無理だ」という読者の質問に対して

「あなたの言うことはごもっともです。じゃあここは一つ代替案として、貴方とカキフライの関係について書いてみませんか?」

と提唱し、そこからカキフライで話を転換させた事がある。

<参考 雑文集>

 

このカキフライのエッセイがまた見事なのだ。

話の大意だけを書けば寂れた定食屋で揚げたてのカキフライを美味そうに食べるだけの話なのだけど、あの話を読んで心を動かされない人間なんてどこにもいないんじゃないかって位に、あの文章は面白い。

 

自己紹介の書き方という、ある意味では陳腐な題材に、カキフライを組み合わせただけでものの見事に名作を仕立ててしまうのだから…いやはや、文筆家ってのは面白いネタが無いから書けないだなんて言い訳はしちゃいけないなと思わされてしまう。

 

深く物を考えるのに最も大切なのはグルグルしない事

面白いネタとは何か。突き詰めて言えば、それは良いアイディアである。

では良いアイディアとは何か。それは意外な組み合わせだ。

 

私達は思考を直線的なものだと思いこんでいる節がある。

例えば熟考なんていう単語は、深くモノを考えれば凄いものが掘り当てられるというニュアンを何となく感じさせるものがある。

 

しかし実際にやってみればわかるのだが、素人が熟考なんかしても堂々巡りをするだけだ。何度も同じような考えをグルグルしたって、思考は先には進まない。

 

そういう意味では、深く物を考えるのに最も大切なのはグルグルしない事だ。もっと言えば、自分の思考がグルグルしているか否かに「気がつけるか」である。

この「気がつけるか否か」は本当に重要なのだけど、多くの人は理解ができていない。

 

仕事の速さとは迷わないこと

僕自身も最近になって、ようやくこのグルグルがいけないという事に気がつけた。

この「グルグルしない事」の重要性に気がついたのは、病院勤務の最中であった。

 

過去にも何度か書いたのだが、僕はいま現在超絶ブラック病院に勤務している。

ここは信じられない位に膨大な業務を”必ず”定時にまで仕上げなくてはいけないという暗黙のルールがある。

最初は「こんなん絶対に無理」としか思えなかったのだが、それでも超速で仕事を仕上げる人は実際いる。

 

「いったいどうやったら、そんな芸当ができるんだ…」と珍獣をみるような気持ちでハイスペマン達を観察していたのだが…傍からみている分には彼らは何も特別な事などしていない。

ただただ淡々と涼しい顔をして、業務をやっているだけ。しかし結果が歴然と違うのだ。これには流石に驚く他なかった。

 

とはいえ同じ人間なのだから、何か秘密があるに違いない。そう自分なりに試行錯誤してみたところ…彼らの仕事のスピードが早い理由がちょっとだけわかってきた。

 

まず一つ目の特徴として、彼らは迷わないのである。

ここでいう迷いとは決断や思考の素早さもあるのだが、それよりも、むしろ動作が大きい。

改めて自分の仕事を見直してみると…実は同じことを無駄に何度も繰り返している事が多かった。

 

そう、実はグルグルしていたのは思考だけじゃくて、行動だったのである。

僕の行動は明らかにグルグルしていた。それを直線に修正し、同一工程を消滅させただけで仕事のスピードは桁違いに向上した。

 

マルチタスクがつかれるのは業務が複数ある事に原因があるのではない

2つ目の特徴は集中力である。

「集中したら早いのなんて当たり前では?」と思われるかもしれないが、実はこの集中力の正体が意外と脳の疲れに直結するのである。

 

多くの人が実感しているように、私達はマルチタスクが苦手である。

例えば僕のように子育てをしながら会社に通い、確定申告をしつつ、原稿を書くみたいな生活をしていると、数ヶ月に何回か脳の血管がブチギレるような疲労感に包まれる。

 

「ああ、どうして人生はこんなに忙しいんだろう」とバーンアウト中の僕はよく思う。

だが、そもそもどうしてこんなに疲れるのかを改めて再考すると、実は何かをやっている最中に、何か別の事を意識するのが一番アカンのだ。

 

例えば今の僕は原稿を書いているのだが、この時に医者の仕事やら家庭の事を考えると、もうメチャクチャに消耗する。

同じく医者の仕事をしている時に「ああ、確定申告やらなくちゃ…」とか考えるのもNGだ。

 

そう、マルチタスクがつかれるのは業務が複数ある事に原因があるのではない。

どっちかというと、何かをやっている最中に他の何かを意識させられてしまう事に原因があるのである。つまり…雑念が全部悪い。

 

現実問題として、人間は一度に一つの事しか集中できない。複数の事をやるのも無理ではないが、大変に消耗するし非効率である。

 

マルチタスクを1本に繋げてシングル化する

そういう現実を見据えた上で、このマルチタスク社会をどう乗り切ればいいのかに対する僕の答えが「全てを1本のシングルタスクにする」である。

原稿を書いている時は原稿だけに集中する。難しい職場の人間関係やら家庭環境の事は”忘れる”。

 

確定申告をやっている時は迫りくる原稿の締め切りは”無かった事にする”。実際にはそれは確かに存在するのだが、あえて目を覆い隠す。

これが集中力の正体である。

 

集中力というのは、何も意識の深い場所にダイブするみたいな観念的なものではない。

過去や未来といった様々な事物から自分自身を切り離し、”今”の事だけを考える。そのために、あえて目隠しをするし、あえて目隠しは取らない。何も見たくねえ…の精神にこそ、集中力の本質がある。

 

放おっておいたらさまよい出してしまう心を、アッチコッチへと行かぬように目下の事に集約化させ、マルチタスクを1本の直線にしてシングルタスク化するのが、集中するという事の真の本質なのである。

 

弘法はなぜ筆を選ばないのか

「あいつが悪い」

「これさえ無かったら、もっとちゃんと仕事に集中できるのに」

かつての僕はこの手の言い訳を本当によく言っていた。

 

もちろんこれらは嘘ではない。

イライラさせる奴がいなくなれば仕事は早くなったし、クソみたいな雑務がなければ、もっと仕事に集中はできた。

 

良い仕事を遂行するにあたって、環境は大切だ。環境を整えることなくして、いい仕事はできない。

しかしその上で思うのだが、環境をいいわけにしていたら、いつまでたっても自分の人生は好きに始められない。

 

弘法は筆を選ばずという言葉がある。

最初にこの言葉を聞いた時、僕は「道具にこだわらないで、いい仕事ができるわけないだろ」と正直馬鹿にしていた。

 

だが、今ではこの言葉の本質はそこにはないと思っている。

弘法が筆を選ばないのは、道具にこだわりが無いからではない。どんなに悪い筆を与えられようが、その他の条件設定をいじる事で自分の理想とする環境を生み出せるという自信があるからだ。

 

例えば少年漫画では主人公はどんなに劣悪な条件下でも逆転の目を出す。しかし改めて考えてみるとだ…少年漫画の主人公は基本的にはいつも同じ能力を使って、異なる能力を持つ敵を圧倒している。

 

チェンソーマンはいつもチェンソーで、ルフィはいつもゴムでもって敵を圧倒する。

そう、彼らは筆を選んではいないのである。この事実に私達が学ぶべきことは多い。

 

先程も書いた通り、どんなに膨大なマルチタスクがあろうが、それらを直線上に配置できるのなら、マルチタスクはシングルタスクと実質同義となる。

 

これは実際には決して簡単な技術ではない。というか多くの場合において失敗し、私達はメタメタにやられてズタボロになる。

しかしそこで諦めずにちゃんと最後までやれる人間は、いつか必ず明るい日の出を迎えられる。

そう、未来は明るいのだ。これこそが成長という、人間が為せる最高の魔法なのである。

 

 

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【著者プロフィール】

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高須賀

都内で勤務医としてまったり生活中。

趣味はおいしいレストラン開拓とワインと読書です。

twitter:takasuka_toki ブログ→ 珈琲をゴクゴク呑むように

noteで食事に関するコラム執筆と人生相談もやってます

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