「ライターになりたいけど、どうすればいいですか?」

と、相談を受けたことがある。

 

しかしライターは「なる」ものではない。「やる」ものだ。そこに誰の許可も必要ない。

本質的には何かしら文章を書いて、公開すればだれでもライターを名乗れる。

 

そこで、「書けば、ライターを名乗ることができます」と回答した。

 

すると彼は「仕事を取るにはどうしたらいいでしょう」と言う。

確かに、お客さんを捕まえて仕事を出してもらうには、書くこととは全く別のスキルが求められる。

 

そこで、「メディアを探して売り込む方法がわからない、ということでしょうか?」と尋ねた。

 

しかしそこで彼は首を振った。

営業や売り込みが苦手で、それはしたくないのだという。

しかも実績がないので、どうせ断られるだろう、と言うのだ。

 

しかし、そういうことは、やってみないとわからないはずだ。

「書いたものをブログなどで公開していれば、実績にできますし、営業は仕事を取るなら必要なのでは」と述べた。

 

すると彼は唐突に「ライティングスクールとかはどうでしょうか」と聞いてきた。

もちろん、私が特に反対する理由はない。ただ、先ほどの話があったので「スクールは、仕事を紹介してくれるのでしょうか」と尋ねた。

それならば良いのではないかと。

 

すると彼は、仕事を紹介してくれるわけではないが、卒業生がライターになっているのだ、と説明してくれた。

そして、そのライティング教室の優れているところや実績を、熱心に私に話してくれた。

 

鈍い私も、ここに来て、ようやく気づいた。

要するに彼は「憧れだったライティングスクールに行きたい」のが最優先であり、どうすればライターになれるのか聞きたいわけではなかったのだ。

 

こうなると、「アドバイスは不要、やりたいことを後押ししてあげるだけ」という、コミュニケーションの原点に立ち返る必要がある。

ということで私は、彼の話をひたすら聴いた。

彼は納得し、帰って行った。

 

 

実は、このようなことはコンサルタントの仕事をしていて、全く珍しくなかった。

コンサルタントを雇っているにも関わらず、自分の話ばかりする経営者は、本当にたくさんいた。

 

では、私の役割は何か。

それは、彼らの思っていることを聞いて、肯定することだった。

 

アドバイスも意見も、もちろん批判も彼らは必要とはしていない。

彼らが真に必要としていたのは、「自分のやりたいことに対して、他者が肯定してくれること」だった。

 

もちろん「真のアドバイス」を求められる仕事もたくさんあった。

しかし、それよりはるかに多くの「相手が決めたことを後押しするだけ」の仕事があった。

 

そうした体験を通じて、私は一つの真理を得た。

「ほとんどの人は、他人の意見に興味がない。」のだ。

いうなれば、彼らにとっては「自分のやりたいようにやる」こと自体が目的、あるいは成果となっている。

 

これこそ、コンサルタントの仕事をしていて得た、コミュニケーションの最も根本的な知見の一つだった。

 

だからこそ、「知っている」と「実行する」そして「(企業にとっての)成果を出す」には、それぞれに巨大な差がある。

「知ろうとしない」ので、アドバイスを求めない。

「知っていてもやらない」ので実行しない。

「実行したとしても成果には興味がない」ので成果が出ない。

それが、人間なのだ。

 

 

しかしごく稀に、正反対の行動をとる人たちがいる。

 

アドバイスを積極的に求め

そこで知ったことを実行に移し

実行してたことを成果が出るまでしつこくやる人たちだ。

 

彼らはある意味、脳がバグっているので、自分のやりたいことよりも、成果のためにやるべきだとみなしたことを優先する。

そして実際、成果をあげる。

 

だから企業の中では、上の2種類の人間たちの争いが絶えない。

多数の「やりたいことだけやらせろ派」と、ごく少数の「やるべきことをやれ派」だ。

 

コンサルタントは常に、これらの人々の間に立たされた。

 

「やりたい」と「やるべき」を両立させる

そんな時に、どうしなければならなかったか。

一言で言えば、「やりたい」と「やるべき」を両立させた。

 

中でも特に効果的だったのは、「身近で簡単な、成功事例を掘り起こすこと」だった。

これはある意味、定石のようなところがあり、スタンフォード大ビジネススクール教授のチップ・ハースは著作「スイッチ!」の中で、以下のような事例を取り上げている。

 

ジェリー・スターニンは1990年にセーブ・ザ・チルドレンの一員としてベトナムに派遣され、子どもたちの栄養不足の課題に立ち向かった。

言語の障壁、限られた予算、そして政府からの圧力に直面しながらも、スターニンは大規模な開発援助プロジェクトに依存するのではなく、地元の母親たちと協力し「健康な子どもを育てている家庭の習慣」を模範として取り入れるという「ブライト・スポット」アプローチを採用した。

 

地元の食材を使い、食事の回数と方法を調整することで、彼らは栄養不足を効果的に改善する方法を発見した。

この方法は、地元の文化に根ざした持続可能な解決策を提供し、村の母親たちが自らの力で栄養状態を改善する方法を学ぶ機会を与えた。

 

チップ・ハースはこれを「ブライト・スポット」と名付け、利点を紹介している。

 

身近な成功事例の効用の1つは、「他人事」でなくなること。

「この施策は、他者(コンサル)から教えてもらったことではない。私たちのすでにやっていたことだ」となりやすい。

 

そしてもう一つの効用が、「ひとまずやってみよう」となること。

すでに実施されていて、しかも成功している身近な事例は、実行のハードルが下がる。

 

仕事を行う上では、「やるべき論」よりも、「ほとんどの人は、他人の意見に興味がない。」と言う現実を踏まえて、「やりたくなるように仕向ける」という一種のハック術が、有効なのだと、つくづく感じる。

 

 

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【著者プロフィール】

安達裕哉

生成AI活用支援のワークワンダースCEO(https://workwonders.jp)|元Deloitteのコンサルタント|オウンドメディア支援のティネクト代表(http://tinect.jp)|著書「頭のいい人が話す前に考えていること」55万部(https://amzn.to/49Tivyi)|

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Photo:Stan Hutter