少し前のことだが、友人が経営する会社の幹部会議に参加した時のことだ。
「いつまで昔の意識を引きずってるんや!」
「環境に適応することを意識せんと、ホンマに生き残れへんぞ」
そんな言葉で、部課長たちを叱責する友人。
メモを取っている幹部も何人かいるが、明らかに納得感のある顔をしていない。
そのため会議後、友人から感想を聞かれた時にこんなことを答えた。
「そうやな…、率直に言ってスマン。あの内容では時間の無駄やと思った」
不機嫌そうな顔をする友人だが、構わず言葉を続ける。
「まあ聞けや、理由は2つや。抽象的な指示をしたところで人の行動は絶対に変わらんぞ。『環境に適応することを意識しろ』って、具体的に何しろっていうねん」
「……」
「それから、こっちのほうが問題なんやけど、お前本当に、環境に適応することが大事やと思ってるんか?」
「当たり前やろ、それはさすがにムチャクチャな意見やわ」
「ムチャクチャなのはお前や。『環境に適応しようとする意識』なんてもん、ぜんぜん必要ないわ」
激しく反論する友人。聞く耳を持つかどうか自信がなかったが、説明を始めた。
「無謀にもケンカを売った」は本当か
話は変わるが、太平洋戦争で日本が敗れた理由といえば、何を思い浮かべるだろうか。
今の若い人の答えは、正直想像がつかない。
昭和の頃に義務教育を受けたオッサン世代は、こんなふうに教えられた。
「軍部が暴走し、勝ち目のない戦争に無理やり突き進んだ」
「圧倒的な国力の差がある米国に、無謀にもケンカを売った」
正しい一面もあるかも知れないが、こんな説明が負け戦の全てを語っているとはとても思えない。
そもそも、誰がどう見ても勝てない相手にケンカを売るなど、人の本能としても理解できないだろう。
つまり当時の政治家や軍人には、僅かな可能性であっても“勝ち目のあるシナリオ”があったということだ。
そして実際、そのシナリオに沿って開戦から半年ほどの間、日本は米国相手に一方的に勝利を重ねる。
本論ではないので詳述を避けるが、当時日本軍が仕掛けようとしていたMO作戦(ポートモレスビー攻略戦)、FS作戦(フィジー、サモア攻略戦)が成功していれば、米国政府は日本と講和せざるを得ないと考えていた資料すら、見つかっているほどだ。
ではなぜ、戦争序盤にそこまで主導権を握った日本軍が、最終的に惨敗したのか。
その理由として、戦史の名著として知られる「失敗の本質 日本軍の組織論的研究 (中公文庫)」では要旨、以下のような理由を挙げる。
・組織が硬直化し、状況に対応する能力が著しく低かった
・作戦のシナリオが崩れた際の代替プランという発想が乏しかった
前者について、わかりやすい例は海軍の昇任ルールだろうか。
当時の日本海軍では、海軍兵学校卒業時の成績が一生、士官の出世に影響した。
たかだか20歳そこらの時の学校成績で、最高幹部になった時の補職すら決定される仕組みだ。
世にいうハンモックナンバー制度だが、卒業した年、学校成績の順番で誰がリーダーになるかを決定する、極めて非合理的な仕組みである。
そしてそんな制度が最悪の形で破綻したのが、ミッドウェー海戦だった。
この時、海戦の指揮を現場で執ったのは南雲忠一・中将であったが、南雲は水雷畑の出身である。
戦争の主力は航空機に移行していることを、日米両軍ともに十分に理解していたにもかかわらずだ。
なぜそんな人事がまかり通ったのか。航空畑は出世ポストではなく、成績の良い士官は砲術や水雷に配置されることが定番だったからである。
「卒業順と成績順で指揮官を決めるなら、やっぱり南雲だよね」
という、ちょっと信じがたいルールによる人事だ。
結果、日本はミッドウェー海戦で惨敗し戦争の主導権を失うと、以降は守勢に立たされることになる。
その一方で、米軍の人事はどのように決定されていたか。
米軍では一般に、昇任は少将までというルールで人事が運用されていた。
そして戦況や作戦の遂行状況に応じて、一時的に中将や大将を任命する。
その後、作戦が終了もしくは目的を達成すると再び少将に戻すという、目的から逆算して最適なリーダーを決定する人事が行われていたのである。
現代風に表現すれば、プロジェクトごとに専務や常務を任命し、プロジェクトが終われば平の取締役に戻すといったところだろうか。
どちらの組織がより機能的なのか、論を俟たないだろう。
もちろんミッドウェー海戦で、航空畑の将官が指揮官になっていれば結果は変わったはず、などというつもりはない。
加えて、ここまで組織運用で差をつけられていれば、仮に日米の国力が均衡していても日本は時間の問題で敗れていたことは明白だ。
だからこそ、「圧倒的な国力の差がある米国に、無謀にもケンカを売った」などという敗因分析は、事実を捉え損なっている。
日本は圧倒的な物量を前に敗れただけでなく、組織運用の知恵、誤ったリーダー人事など、あらゆる要因によって、国を失ったということである。
「意識」なんてものは要らない
話は冒頭の、「環境に適応しようとする意識」についてだ。
反論する友人になぜ、「そんなもの必要ない」と説明したのか。
繰り返すが、「環境に適応することを意識しろ」などという指示は、全く意味を為さない。
そんな抽象的なことを言われて、人の意識や考え方がそう簡単に変わるはずなどないからだ。
「気合を入れて営業に行け!」と指示する昭和の営業部長となんら変わらず、何も言っていないに等しい。
加えて、そもそも人は損得で動くことを前提に組織運用を設計すべきで、良心や熱意で動くことを前提にしても機能するはずがない。
例えばアルバイトさんやパートさんのような「時間で仕事をしてくれている」人たちに、熱意を前提に仕事の指示をするなど、図々しいにも程があるだろう。
「環境に適応することを意識しろ」
というのであれば、
「環境に適応することを意識して仕事をすれば得をする仕組みを、経営者が用意しろ」
ということだ。
そして話は、米軍と日本軍の最高幹部人事についてだ。
日本軍では、たかだか20歳そこらの時の学校の成績でキャリアが決定的に決まる仕組みになっていたことは、先述のとおりだ。
言い換えれば、良い成績はキャリアの既得権益になって、合理性よりも優先するルールになっていたということである。
こんな組織で決定権をもったリーダーたちが、環境に適応することを意識するはずなど無いだろう。
ルールを変えて柔軟に組織を運営することはすなわち、自分の利益を失うこととイコールなのだから、当然である。
対して米軍の最高幹部人事は少将、いわば平取が通常の出世ルートでのてっぺんであった。
そしてプロジェクトや任務ごとに最高指揮官を任命し、成功すれば次があるが失敗すればキャリアを失う。
言い換えれば、環境に適応し、合理的に行動することに利益がある組織であった、ということである。
そんな話を友人に説明すると、最後にこんな事を言った。
「どんな仕事やプロジェクトでも役職者を固定して意思決定しているのに、環境に適応できるわけあらへんやろ」
「……」
「断言してもいいけど、部長も課長も絶対に合理的な判断なんかしてへんぞ。部下に舐められてムカつくとか、ダメ出しして仕事してるフリしようとか、そんな理由で意思決定してるからな」
「言ってることはわかったけど、プロジェクトごとに役職を上下させるなんて非現実的や」
「そこまで知らんわ。エッセンスが理解できるなら、自分の会社に合う形で取り入れたらええやんけ」
そして社員の「意識」に期待して説教をするなど、“部下にとって”時間の無駄であること。
機能する仕組みを作ることが、経営者の仕事であること。
それを放棄して精神論で指導をするなど、ただのパワハラであることなどを付け加えた。
私たちは、失敗から学ぶことの重要性について言葉の上では、誰だって理解している。
にもかかわらず、多くの人命と国を失った敗戦からすら学べていないことが、余りにも多いのではないのか。
「リーダーとはどういう存在か」というソフト面、「機能する組織の作り方」というハード面、どちらもである。
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【プロフィール】
桃野泰徳
大学卒業後、大和證券に勤務。
中堅メーカーなどでCFOを歴任し独立。
主な著書
『なぜこんな人が上司なのか』(新潮新書)
『自衛隊の最高幹部はどのように選ばれるのか』(週刊東洋経済)など
ウチの近くのココスが潰れて、介護施設になってしまいました。
若い家族向けのファミレスが取り壊され、高齢者向け施設に建て替えられる現状に、肌感覚で危機感を覚えます。
X(旧Twitter):@momono_tinect
fecebook:桃野泰徳
運営ブログ:日本国自衛隊データベース
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