今日のテーマは、「従業員にまともな給料を支払えない企業は潰れるべきか」だ。
先日、『そんな給料で働けるか、バーカ!』という記事が公開された。
内容はタイトルどおりで、人手不足だと嘆くなら給料を上げろ、それができない前時代的な企業は潰れてしまえばいい、というものだ。
そう、人を集めたいのであれば、カネを払えばいい。
十分な対価を用意できない企業に存在価値はない。競争力が低い企業が淘汰されるのは当然のこと。
わたしもそう思う。
働き方改革の際、「労働基準法を守っていたら仕事がまわらない」なんて経営者の声が紹介されていたが、そんな企業潰れちまえばいいのだ。
……でもこの理論って、ともすれば労働者にきついブーメランとして返ってくるんじゃないだろうか。
「まともに稼げない人間には存在価値がない」と。
給料を上げたい、でもない袖は振れない
どこもかしこも人手不足というのはよく聞く話で、『令和4年版 労働経済の分析』によると、宿泊・飲食サービス、製造業、建設、卸・小売り、運輸・郵便、対個人サービスなど、各産業で人が足りていないことがわかる。
売り手市場のなかで人材を確保する有効かつ確実な手段が、「高い給料」だ。
給料が良ければ当然、給料が悪い企業よりも人が集まりやすくなる。
だから「人手不足だと嘆くなら給料を上げろ」というのは、まったくもってそのとおりである。
いくら求人を出しても人が来ない、人手不足で営業時間を短縮するしかない、なんて嘆くくらいなら、もっとカネを払えばいいのだ。
とは思うものの、実際のところ、人件費は企業にとって重い負担であるのも事実。売上高と人件費の比率は、約14%だ。
「よし、給料を上げるためにこれを20%にまで引き上げるぞ!」と言って実際に実行できる企業って、どれくらいあるのだろう。国税庁の調査によると、普通法人のうち6割以上が赤字らしいじゃないか。
スキルがある古参社員たちに支えられ、地元でコツコツがんばっているものの、大手企業の参入と昨今の物価高で困窮している中小企業なんていくらでもある。
業務改善を重ねて限界まで経費を削っているが、業界自体が先細りで利益が増える見込みがない、新規事業に参入する元手がない、ということもあるだろう。
従業員の待遇をよくしたい。給料を上げたい。でもない袖は振れない。
人にカネをかけられるのはカネがある企業だけであり、残念ながら世の中はそういう企業ばかりではない。
そんななかで、「従業員にまともな給料を支払えない企業は潰れるべき」という主張は、果たして正しいのだろうか。
「企業が潰れるのはしょうがない」は「稼げない労働者に価値はない」
基本的にわたしは、「まぁ潰れるんならしょうがないね、その程度だったってことだよ」と思っている。
でもその考えは、「稼げない労働者はその程度だから存在価値はないよね」という自己責任論と、根本的には同じだ。
待遇を改善できない企業は潰れるべきなのであれば、たいした給料をもらえない労働者にだって価値がない。
「給料を払えない企業は潰れろ」は最終的に、「低賃金でしか働けない労働者は野垂れ死ね」と同義になる。
では、「低賃金でしか働けない労働者は存在価値がないのか」という質問だったらどうだろう。答えが変わるんじゃないだろうか。
努力してもどうにもならなかった氷河期世代、身体を壊して休職してキャリアがパーになった人、シングルマザー/ファザーで働ける時間に制約がある人……。
「給料が低い」といっても、みんながみんな、スキルがなくてモチベーションもなくて適当に働いているわけではない。そんなのみんなわかってる。
だから、「安易な自己責任論は弱者を追い詰める」と批判されがちだ。いつ自分がそのカテゴリーに入るかわからないから。
というか、今の日本は「低賃金の労働者」ではない「中流労働者」ですら、生活がカツカツだったりするし。
でも「低賃金で働く人間には価値がない」を否定するのなら、「利益が出ず社員に還元できない企業に価値はない」だって否定しないと、筋が通らない。
「利益を出すのが企業の存在意義だから利益を出せない企業は価値がないが、人間は利益のために存在しているわけではないから話が別だ」という主張も成立しそうだが、「企業に利益をもたらしていないから低賃金なんだろう、それなら労働者として価値がない」という反論もまた、成立してしまう。
賃金アップの結果、真っ先に追い詰められるのは低賃金労働者
「まともな給料を払えない企業は潰れちまえ」論でもうひとつ気になるのが、「賃金アップ」が、イコール「労働者全員の幸福」になるのか、という点だ。
もちろん、給料は多いほうがいい。当たり前だ。
しかし例えば、人件費として使えるのが100万円のA社があったとする。現在、給料20万円の管理職が2人。給料10万円の平社員が6人いるとしよう。これでぴったり100万円だ。
A社は待遇改善のため、20万円を22万円に、10万円を11万円に引き上げることにした。そしたら合計110万円、10万円人件費が足りない。
理想は、利益を増やしたり、業務改善で無駄を減らしたりして、人件費に110万円払うことだ。でもそれができなかったら? 人件費100万円のままで、給料を上げるには?
必要度が低い人間への人件費を減らす。これしかない。
派遣切り、新卒採用見送り、降格や左遷。
必要な人間により多くのカネを払うために、「必要ではない」と判断した人間への支払いを減らすのは、当然の判断だ。
だれにでもできる仕事で賃金が低く、キャリアアップの希望もない。物価高で生活が厳しい。給料を上げてほしい。
その気持ちはよくわかる。
でも企業側の視点で考えると、「赤字で人件費を減らしたいが給料も上げなきゃいけない。だれにでもできる仕事をしている人間にたくさんの給料を払うより、結果を出している有能な社員を囲い込みたい」となるわけだ。
賃金アップを切に必要とする労働者層と、賃金アップで企業が引き留めたい労働者層が、そもそもまったくちがう。
人件費というリソースがかぎられている以上、賃金上げで割を食うのはいつだって、弱い立場にいる労働者だ。
もし賃金アップのために販売価格が上がることになれば、まっさきに生活に困るのもまた、低賃金で働いている労働者たちである。
自己責任論では、企業も労働者も共倒れ
給料は高いほうがいい。当たり前だ。
利益という泉からとめどなく人件費が湧き出てくるのであれば、そりゃいっぱいくれ、と思うし、いっぱい給料をあげろ、と思う。
でも実際、いくら給料を上げたくとも上げられない企業はたくさんあるわけで。
その程度なら潰れちまえ、という理論で本当にバタバタと企業が潰れたら、そこに勤めていた人たちは路頭に迷うわけで。
同じ理論でいくなら、転職先が見つからない、好待遇で働けないような人間は価値がないから放っておけ、になるわけで。
そりゃちょっと世知辛いよな、と思うのだ。
わたしだって、あなただって、いつその立場になるかわからないのだし。
もちろん、十分な利益があるにも関わらず労働者に還元しないブラック企業は、今この瞬間この世から消えてなくなればいいと思っている。っていうかなくなれ。
が、不当に人件費を削るブラック企業と、できるかぎりのことをやっても不景気な企業では、まったく話がちがう。
そもそもの話、国民の多くがお金がない、生活が苦しいって言ってるんだもの。
消費者である国民にお金がないんだから、企業だって利益を出すのはかんたんじゃない。儲からなかったら、給料なんて上げられるわけがない。
業務改善で利益を増やせばいい、というのはかんたんだが、そこで真っ先に「無駄」として切り捨てられる労働者に、自分は入らないと確信できるだろうか? その程度の労働者は切り捨てられてもしょうがないといえるだろうか?
「カネを払えない企業は潰れちまえ」は「底辺労働者は野垂れ死ね」と同義であり、この理論でいけば、企業も労働者も共倒れしてしまう。
本来、企業vs.労働者の対立構造ではなく、「給料を上げたくても上げられない企業がたくさんあり、国が全体的に貧しくなった」「企業が儲かり労働者が心配なく生活できるようにしてほしい」という、共同戦線の話をするべきなはずだ。
ではどうすればいいか、おわかりですね?
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【著者プロフィール】
名前:雨宮紫苑
91年生まれ、ドイツ在住のフリーライター。小説執筆&
ハロプロとアニメが好きだけど、
著書:『日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち』(新潮新書)
ブログ:『雨宮の迷走ニュース』
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