少し以前の事だが、陸上自衛隊の元最高幹部とお酒をご一緒させて頂いている時、こんな質問をしたことがある。

「鈴木貫太郎ってなぜ、あのタイミングで総理大臣を引き受けたのでしょう。実利からも名誉からも全く割に合わないので、よくわからないんです」

 

鈴木貫太郎とは、太平洋戦争で日本が敗れた時の最後の総理大臣だ。

1945年4月、敗戦のわずか5か月前に、今に至るも史上最高齢となる77歳で着任した首相として知られる。

昭和天皇から、戦争を終わらせるよう直々に大命を受け、文字通り命を懸けて戦争を終わらせた人物といえば、ご存じの方も多いだろう。

 

その鈴木、元々は生粋の軍人だった。

日露戦争では、駆逐隊の司令として日本海海戦に臨み、多くのロシア艦を撃沈した歴戦の英雄である。

多くの武勲もあり海軍大将まで昇るのだが、退役後は名誉職のポストを歴任しながら老後を養っていた。当然、総理大臣どころか何らの国務大臣を務めた経験すら、まったく無い。

 

そんな鈴木が、「(戦前の)日本を滅亡させることになる、最後の総理大臣をやれ」といわれたわけである。人生をかけて築き上げてきた名誉が全てぶっ壊れるだけでなく、子々孫々まで「敗戦の総理大臣」と誹りを受けるだろう。

 

実際この時、長老たちは多くの政治家に総理大臣への就任を打診するのだが、適任と思われる者たちは皆逃げた。

そのため最後に、その役割が鈴木に回ってきたわけである。

 

どう考えても、こんなもの受ける方がおかしい。

とはいえ同じ立場なら絶対に受けたくないし、私だってきっと逃げる。

そんな思いもあり、同じ「最高位にあった元軍人」である陸将に、冒頭のような質問をしたということだ。

 

すると返ってきたのは、こんな言葉だった。

「桃野さん、それは貫太郎が軍人だったからです。逃げ出した人たちは、政治家だからです」

(そうか…そういうことか)

 

短くシンプルな答えだったが、一瞬で腹落ちした。

 

「もっと早く救助が来ていれば…」

なぜ腹落ちしたのか。

その説明の前に、毎年この時期になると思い出す印象深い話を聞いて欲しい。1995年1月17日午前5時47分に発生した、阪神淡路大震災についてだ。

 

いまさら多くの説明は要らないだろう。

淡路島北部を震源とするマグニチュード7.3の地震が主に阪神地方を襲い、死者・行方不明者6,437名もの犠牲が出た、痛ましい出来事である。

 

「確かに痛ましい大災害だったけど、東日本大震災の死者・行方不明者22,228人に比べると、減災できた方なのでは?」

そんな印象を持つ人がいるかもしれないが、全く違う。なぜそんなことが言えるのか。

 

政府の公式資料から記述するが、東日本大震災における犠牲者の死因は、90%以上が溺死であった。

あれほど急速かつ大規模に押し寄せてきた未曾有の津波の前に、人は本当に無力だった。

誰がどうしたところで、発災後に救える命は限定的だっただろう。

 

それに対し、都市直下型の阪神大震災は、まったく違った。

死因の7割超が、建物などの倒壊による圧死・窒息死であり、なおかつ建物が倒壊し挟まれたことで身動きが取れず、凍死や焼死に至った人を含めると、9割を超える。

東日本大震災とは、犠牲になった方の死因が全く異なるのである。

 

「もっと早く救助が来ていれば、助かった命が無数にあった可能性がある震災」であったということだ。

言い換えれば、自衛隊に1分でも1秒でも早く災害派遣要請が発出されていれば、多くの命が救われた可能性があるということである。

 

にもかかわらず、自衛隊に災害派遣要請が為されたのは発災後、実に4時間以上も経った後の、午前10時頃。

今さら名指しは避けるが、自衛隊に災害派遣要請を出す権限を持つ地元の首長による、余りに遅すぎる最悪の意思決定の結果である。

 

「いやいやいや。あれほどの大災害なんだし、全体把握には時間がかかるでしょ

「批判は結果論に過ぎない。むしろ4時間で意思決定したのであれば、十分では?」

 

そんなふうに思う人も、きっといるかもしれない。

そう考える人に対して聞いて欲しい話が、本コラムのメッセージである。

 

前例のない決断

その話とは陸上自衛隊の第36普通科連隊、黒川雄三・連隊長(当時・以下敬称略)の意思決定についてだ。

第36普通科連隊は兵庫県伊丹市に所在し、発災時における受け持ち地域は北大阪及び阪神地区である。もっとも被害の大きかった地域を管轄する、陸上自衛隊の部隊だ。

 

そして1995年1月17日5時46分。

黒川は経験したことがない大きな揺れで目を覚ますと、直ちに連隊本部に現れ、隷下部隊に対し出動待機命令を出す。

しかしいつまで経っても、政府や地元首長からの出動要請がまったく下りてこない。

その一方で、目の前では建物が大規模かつ広範囲に崩落し、また煙が上がり次々と火災の確認報告がなされる。

 

この非常時に指を咥え、人々が犠牲になっていくのを見ているしかないのか…。

そんなことに思い悩んだであろう黒川は、前例のない異例の決断を下した。自衛隊法第83条3項の近傍派遣条項を援用しての、独断での人命救助である。

 

詳細は端折るが同条項には、基地や駐屯地の近傍で火災が発生した際には、指揮官は独断で部隊を動かしても良いことが記されている。

とはいえその目的は火災の鎮圧であり、それ以上でもそれ以下でもない。

 

黒川はこの条項を援用し、午前7時30分に部隊を動かすことを決断すると直ちに、人命救助に動き出した。

地元の首長が午前10時に自衛隊に災害派遣を要請する、実に2時間30分も前である。

言うまでもなくその結果、多くの人命を救助している。

 

これだけを聞くと、ただの「勇気ある美談」と思われるだろうが、まったく違う。

今の若い人には想像もつかないと思うが、1990年代といえば、社会党(現社民党)の党首が総理大臣であり、日本全体が“左傾化”していた時代だ。

自衛隊に対する世間の理解は最悪であり、マスコミをはじめとして、自衛官には何をしても許されるような風潮があった。加えて、兵庫をはじめとした近畿地方は伝統的にリベラルが強く、特に自衛隊に風当たりの強い地域である。

 

そんな中で、前例のない自衛隊法の援用を理由に、指揮官が独断で部隊を動かしたら、どうなるか。

「二・二六事件再来の恐れ」

「満州事変の教訓が生かされていない自衛隊法」

などのように、マスコミが書き立てる可能性が極めて高かっただろう。

 

当然、そのように世論が動けば黒川はクビになっていたであろうこと、想像に難くない。

控えめに見ても、左遷されキャリアを失うであろうことは、本人も理解していたはずだ。

にもかかわらず、黒川は前例のない独断で部隊を動かし、多くの人の命を救った。

 

繰り返すが、阪神淡路大震災における犠牲者の死因は7割超が圧死であり、身動きをとれなかったことによる凍死や焼死を加えると9割超に昇る。

その現実をまさに現場で目にしていた黒川が決断したことの重みを、どう思われるだろうか。

 

「もう一つの真実」

話は冒頭の、鈴木貫太郎の決断についてだ。

十分な名誉と悠々自適な老後生活をすべて捨ててまで、なぜ国家滅亡の責任者という誹りと命の危険を選んだのか。

どう考えても割に合わない総理大臣への着任を、なぜ引き受けたのか。

 

「桃野さん、それは貫太郎が軍人だったからです。逃げ出した人たちは、政治家だからです」

元陸将の言葉が、シンプルでありながら軍人という人たちの価値観と行動規範を表している。

 

軍人にとっての行動規範とは、適時適所において迷い無く正しい意思決定を下し、その意思を貫徹することにある。

政治家のように、利害得失の計算や環境要因により、「為すべきこと」が変わるようなことなどない。

 

「こんなことしてクビになっちゃったらやだなあ。見なかったことにしよう」

そんな行動規範からは、最も遠いところにいる。

 

「いやいやいや、それは鈴木貫太郎が特別だっただけでしょ。黒川連隊長も、例外的に立派な人だっただけでは」

そんな風に思われるだろうか。

確かに24万人もいる自衛隊はある意味で社会の縮図であり、立派な人もいればどうしようもない人もいる世界だ。

 

しかし、大部隊を率いる指揮官に昇れるような人はかなりの確率で、貫太郎や黒川と同じ決断を下すと確信している。

だからこそ冒頭のような質問に対し、元最高幹部は迷い無く即答した。即答できるということは、血肉になっている常識ということであり、考えるまでもないからである。

 

なお余談だが、自衛隊への災害派遣要請が遅れた地元の元首長は後年、講演会でこんなことを言ったことがある。

「自衛隊って、数年で偉い人が入れ替わるんです。あの時も、誰に連絡していいかわからなかったんです」

余りにもバカバカしい言い訳だ。小学生ですら、もう少しマシな言い訳をするだろう。

 

それに対し黒川は、後年までこう悔やんでいたそうだ。

「もっと早く部隊を動かしていれば、もっと多くの人の命を救えたのではないか…」

そして忙しい公務の傍ら、時間を見つけては四国八十八ヶ所をお遍路で回り、犠牲者に鎮魂の祈りを捧げ続けた。

 

この話は毎年、1月になると色々なメディアに何度も、同じような文脈で書いている。

今年も書いた。

ぜひ一人でも多くの人に、阪神淡路大震災における「もう一つの真実」を知ってほしいと願っている。

 

 

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システム開発やITコンサルティングを経て、
外資系製薬企業で15年以上のITビジネスパートナーとして人事からコマーシャル、 メディカルなど製薬企業の様々な分野のプロジェクトに携わる。
現在はネクセラファーマ株式会社で、システムだけではなく、企業風土改革や業務改善をリードし、
日本発グローバルバイオ製薬企業にむけて、同社の成長基盤の構築に尽力している。

岡田 雄太(ワークワンダース株式会社 CTO)
野村総合研究所に新卒入社後、証券総合バックオフィスシステムやオンライントレードシステムなどの開発に従事。
その後、8 Securities(現SoFi Hong Kong)へ出向し、日本人唯一のエンジニアとして国際的なプロジェクトに携わる。
BOOSTRYでは信託銀行向けSaaSの立ち上げと成長を牽引。
WiseVineではCTOとして開発組織を30名規模に拡大し、プロダクト開発を推進。
2025年4月よりワークワンダース株式会社CTOに就任。AI活用を中心とした開発支援をリードする。


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【プロフィール】

桃野泰徳

大学卒業後、大和證券に勤務。
中堅メーカーなどでCFOを歴任し独立。

主な著書
『なぜこんな人が上司なのか』(新潮新書)
『自衛隊の最高幹部はどのように選ばれるのか』(週刊東洋経済)
など

改めまして、震災で犠牲になったすべての人のご冥福をお祈りします。
微力ですが、できる限りの教訓を語り続けたいと思っています。

X(旧Twitter) :@ momod1997

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Photo: https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Kantaro_Suzuki_suit.jp