はじめに
これから希少がんを切り終わったあと、人工肛門を一時造設した自分の話をする。LARS(低位前方切除術後症候群)についても触れる。この状況については、希少がんはほぼ関係なく、広く大腸がん、直腸がんになった人に共通するものになるかと思う。
ただし、おれは横の比較をするつもりはない。あくまで縦の比較であり、おれがおれの身体を通して、おれのなかで感じたことを書く。
ん? 横と縦ってなんだって?
たとえばある有馬記念があって、べつの馬同士、コスモキュランダとダノンデサイルの能力や実績を比べるのが横の比較だ。
一方で、コスモキュランダだけを見て過去の成績、好走傾向、調子の上下などを見るのが縦の比較だ。そういうことだ。
おれがいくら苦しいとわめいたところで、「もっと苦しい病気の人もいる」と言われてしまえば、それはそうだとしか言いようがない。「グエー死んだンゴニキ」はもっと若くして亡くなっている、と言われたら返す言葉もない。
しかし、それを言い出したらきりはないし、不毛なことになりかねない。だれも声を出せなくなる。いろいろな状況の人がいて、それぞれ近かったり遠かったりする。自分の声を出すことによって、わりと近い人の参考になるかもしれない。そのつもりで書く。
もちろん、病気のやつは自分の主治医の言うことを聞け。標準的な医療をしている医師の言うことを。
休戦したつもりでいた
さて、おれは希少がんである大腸のNET(神経内分泌腫瘍)に罹った人間だ。
「罹った」というのは、手術により取り切ったと言えそうなので過去形にしている。転移もなさそうだし、病理診断で写真を見ながら「マージンをとって切れました」というのを聞いた。
おれのなかで、NETという希少がんはなんとかなった、というのが今のところの感覚である(もちろんこの先どうなるかはわからない)。
しかし、入院して、手術して、退院して、それで終わりではない。おれは手術にあたって人工肛門を一時造設したのである。
それが決まったとき、おれは「希少がんと休戦した」と書いた。
「この距離なら肛門温存できそうです」。なにかこう、心から救われたような気になった。
おれは死ぬということよりも、具体的に人工肛門が怖かった。そのことは書いてきたとおりだ。死へのイメージが足りなすぎるかもしれないし、人工肛門を恐れすぎているのかもしれない。でも、そのあたりは人それぞれの感覚、価値観だろう。
結果、人工肛門の一時造設となった。これはなんなのだろうか。聞いた瞬間は「九死に一生を得た」と思った。
そうだ、おれは永久人工肛門ではなく、一時で済むという診断にずいぶんホッとした。助かったと思った。
むろん、人工肛門を閉鎖したあとに「頻便」になるという話は医師からもあったし、そのやりとりも上の記事に書いている。とはいえ、そのときのおれは希少がんの重さと、永久人工肛門かどうかで頭がいっぱいだった。閉鎖後の話が出たときは「なんと」と思ったくらいだ。
もちろん、「人工肛門(ストーマ)の一時造設」についてたくさん調べた。体験談もたくさん読んだ。体験談を読むと、閉鎖後の記録を残している人も少なくなかった。だから、「頻便」では済まないぞ、ということは頭のどこかにあった。どこかにあったが、まだそこまで考える余裕はなかった。まだ腸の中には希少がんがある。
しかし、今考えてみると、おれが救われたようになったこと、ホッとしたこと、よかったと思ったこと、ぜんぶ、浅はかだった。愚かだったといってもよい。休戦と書いたが、その戦場には大量の地雷が残されていたのだ。
人工肛門は最悪だ
と、「地雷」について書く前に、おれの人工肛門に対する印象を書いておく。
最悪なものを想像していたが、それよりもさらに悪い。
造設後2ヶ月、退院後1ヶ月くらい経っての正直な感想がこれである。あくまでおれの場合の話だ。
まずは、内臓が外に出ているという状況そのもの。いくら装具で覆っているとはいえ、このことが怖い。いやな感じがつきまとう。これが24時間絶え間なく続く。
そうだ、人工肛門は新たなる臓器だ。眼鏡のようにつけ外しできるものではない。それが常に主張する。ストーマ装具が主張する。ちょっと動けば、「いま、剥がれるような感覚があった」となる。
歩けば揺れてお腹を引っ張るし、なんなら常に引っ張られている。それだけ強力に吸着していなければ、四六時中便を受け止めて溜めることなどできないので当然だが、そこに意識が持っていかれる。
そして、排出の気持ち悪さ、これである。これはあまり世の中で語られていない。調べても出てこない。ストーマからの排出は基本的に無意識に行われ、本人は気づかないという建前になっている。
だが、おれはときどき「キューッ」となって、足をバタバタさせないと耐えられないような締め付け感に襲われる。そうでないときも、プツプツ、ポツポツと、ストーマが排出するのがわかるときがある。その気持ち悪さといったらない。むろん、ストーマに感覚はないので、周囲の問題だが。
そのあたり、医師に聞いてみたら、あっさりと、「ストーマ周囲の筋肉の反射」と答えてくれたわけだが、本当にこれも辛い。
ストーマが排出時にキューってなる問題(ストーマの痛み、違和感について)
これらが、とにかく24時間、絶え間なく存在しているのだ。部屋の外、病院や会社などであるていどの時間を過ごしていると、どんどん神経がすり減っていくのがわかる。ナイフでザクザクやられているように、メンタルが削られていく。
もちろん、自分の部屋のなかにいようとも、心は休まらない。はっきり言って眠れていない。もとより精神障害があって眠れないタイプの人間ではあるが、それにしても眠れない。眠れたとしても、ゆっくり眠れない。だいたい、ストーマがあるので自由に寝返りも打てない。
造設以来、「よく眠れた」ということは一度もない。時間的に睡眠時間が十分だとしても、おれの目はずっと極度の寝不足のときのように歪んでいる。目の下のくまもとれない。頭のなかももうストレスでむちゃくちゃになっている。もとから狂っているが、一線を超えた狂気の世界に行きそうだ。
最悪より地獄のLARS
「そこまでいうのであれば、たとえ排泄障害になろうが人工肛門を閉鎖するにこしたことはないじゃないか」と言われそうだ。
だが、こんな人工肛門が「パラダイス」のようだと言う人すらいるのが、LARS(低位前方切除術後症候群)である。
数少ない(唯一の?)LARSについてのサイトを少し読めばだいたいわかるだろうか。おれはこのサイトを運営している医師や看護師などの専門家がアップしたYouTube動画もすべて見た。
LARSは、Low Anterior Resection Syndromeの略です。日本語では「低位前方切除術後症候群」といいます。
直腸がんの手術療法には様々な術式がありますが、「低位前方切除術」や「括約筋間直腸切除術」は切除後、残存する結腸と肛門を縫い合わせる、つまり肛門を残す(排泄経路の変更がない)ものです。
この術式では永久的人工肛門を回避することはできますが、実は、患者さんは術後、長期間にわたって複雑でやっかいな排便障害を体験することになります。
LARSの代表的な症状は「不意に生じる便意(便意逼迫)」、「便の漏れ(便失禁)」です。ただ、これらは日中、いつ・どこであろうが、何の前触れもなく突然起こる、予測不可能な症状なのです。ですから、LARSの患者さんは四六時中、排便のことを気にしながら生活することを余儀なくされます。
当然のことながら、会社や学校など社会生活は極めて困難になります。一般の下痢とは原因も症状も全く異なるので、経験も知識もない他者にはなかなか理解してもらえません。家族や周囲の人にさえうまく伝えられず、一人で悩み苦しんでいる人たちがいます。
四六時中の人工肛門のストレスが終わると、次は四六時中の排便のストレスが待っている。その確率は7~9割とされている。
そして、なりやすい、重症化しやすい要素として、「男性」、「高齢ではない」、「一時的人工肛門造設」、「切除した場所の肛門からの距離の近さ」などがあり、おれはすべてに当てはまっている。おれがLARSになるのは確実だといっていいし、重症化する確率も客観的に見て高い。
では、LARSは治るのか。これが、不治の病なのである。なぜならば、直腸そのものが失われているから。直腸という貯蔵タンクがないのである。
ほかの部分は代わりになってくれない。また生えてくるわけでもない。薬やなにかでどうにかするには限界がある。これはもう、物理的に治らない。神経が一緒に切除されているから、などの理由もあるが、なによりも物理的に失われているのが大きいように思える。
この動画でも、患者役が「でもLARSはそのうち治るんですよね?」というセリフを言ったら、不穏な音楽が流れて終わる。
そして、後半に行くとそれに対して明確に答えることなく、どれだけ術後によくならないか、についてのデータが提示される。術後18ヶ月までは改善するが、その後は横ばい。
最初に重症だと、よくて一生軽症のLARS。つまり、一生排便のことで頭がいっぱいになりながら生きていかなければいけない。
というか、頭がいっぱいで済むわけではない。まずは家から出られない。頻便と不意の便意、便失禁、外出は難しいだろう。これが少し落ち着いたところで、おむつが必要な生活がつづく。そんな状況で外に出られるだろうか。
とうぜん、肛門は痛むだろうし、たいへんな皮膚障害が起きることもあるだろう。これが、治らない。一生続く。もう外で仕事をすることもできなくなるし、遊びに行くのも難しい。病院に行かなくてはならないときはどうするのだろうか。一日か二日でも絶食すれば大丈夫だろうか。
第7回 直腸がんの術後の排便障害「LARS」について知る【前編】 発症のメカニズムと食事について(大腸外科医に聞く)
絶食なら大丈夫だろうが、たとえば食事についてのエビデンスもない。まだLARSという病気自体、広く認知されているわけではないのだ。
まあ、それも仕方ないだろう。まずはがんを取り除くというところから始まって、つぎに肛門を温存できるかも、ということが可能になって、さてその次の問題だ。
が、自分のこととしては「仕方ないだろう」では済まされない。
永久人工肛門しか解決策がない
というわけで、上のサイトなどで語られている最後の、最善の解決策が「永久人工肛門造設」である。上のインタビュー記事でもこのようなやり取りがある。
―私は重度のLARSを経験した後、永久人工肛門を造設しました。このような患者の選択をどう思われますか。
肛門に近い直腸がんの方には、私は最初から永久人工肛門を勧めることもあります。手術前に患者さんにヒアリングし、家族構成やお仕事、たとえば長距離トラックの運転など長時間トイレに行きにくいようなお仕事かどうかを確認します。
また、生きがいとしているものがテニスやゴルフ、ダイビングと言った場合など、その方の状況を把握してから術式を決めるようにしています。
上の方で「パラダイス」と書いたが、そう表現していたのはこのインタビュアーの方である。YouTubeの動画でそう語っていた。
この方はがんサバイバーとして積極的に発信を行っており、非常に有用な体験談が読める消化器がんのコミュニティサイトにも関わっている。ただ、ネットに公開されている部分はあるものの、そのサイトは女性専用となっており、男性である自分が直接言及するのは失礼だろう。
まあとにかく、LARSを体験したあとだと、人工肛門がパラダイスに思えるという。ほかにも、一時的人工肛門造設者が、未来のLARSについて思い悩んでいる暇があったら、人工肛門のうちに人に会ったり、好きなものを食べたりしたほうがいいという書き込みなども見た。LARSになると、人にも会えないし、ものも食べられない。そういうことだ。
いずれにせよ、LARSの最終的な解決策がなにかといえば、「永久人工肛門造設」、これなのである。上の記事の動画版も見たが、「そうだよね、人工肛門だよね」という感じで語られている。そうか、なんだ、人工肛門にすればいいのか。
……って、なるわけないだろう。おれがどれだけ人工肛門を恐れ、実際になってみて想像より悪いと感じ、ガリガリ精神を削られているかは書いたとおりだ。
これが「一時的人工肛門造設」という休戦が残していった地雷だ。
地雷という比喩が不適切だと言われるかもしれないが、おれの正直な感覚である。がんとの戦争は終わったはずなのに……。
おれはLARSを知れば知るほど、ひどい恐怖とストレスがのしかかってきて、人工肛門とともに二重の地獄のなかにいる。
第8回 直腸がんの術後の排便障害「LARS」について知る【後編】 排便障害の本質的な辛さ「人間の尊厳」との関わりとは(看護学の教授に聞く)
こちらの記事ではLARSが「人間の尊厳を損なう」とされているが、おれにとっては同じように、人工肛門というものが辛い。あくまでおれの話だが、人工肛門が楽だというのもだれかの話にすぎない。
何かの代償なしに生命は救われない
さて、ここまで書いてきて、最新の情報として「そもそも人工肛門を閉鎖できるのか」という話も出てきたのでちょっと書いておく。
閉鎖に向けての検査で吻合部(つなぎ合わせ部分)が狭くないかということになったのだ。というか、内視鏡を入れたら、1cmの内視鏡が入らないほどであった。そこにバルーンを入れて拡大する手術(?)を2ヶ月くらいかけて何回も行う、そういうことになった。ひょっとしたらよくならないかもしれないし、そうなったら永久人工肛門確定だ。
……と、書いて、ほんの少しだけ、本当にほんの少しだけ楽になった自分もいる。人工肛門か便意の地獄かという究極の選択をしなくて済むのではないか? ということだ。
これまで人生でこれといった選択をすることがなかった。ただ流されるままに流れてきて、低く暗い方へ流れ着いた。先の見通しもなにもない。しかし、それにしたって、究極の選択がこんな二択になるとは思いもしなかった。
まあ、これが大きな病気をすることなのだな、とも思う。ちょっと遅れていたら生命を失うような病気が、入院、手術くらいで都合よく消えてなくなってくれるわけがない。これが大病の代償というものなのだろう。
まあ、あまり大きな代償を払いたくないという人間は、こんなものを読んでないで、とっとと大腸内視鏡検査なり、人間ドックなりの予約をしたほうがよい。軽いうちに終わらせろ。そうでないと、おれのように人生が終わる。
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奥田 真輔 氏
システム開発やITコンサルティングを経て、
外資系製薬企業で15年以上のITビジネスパートナーとして人事からコマーシャル、 メディカルなど製薬企業の様々な分野のプロジェクトに携わる。
現在はネクセラファーマ株式会社で、システムだけではなく、企業風土改革や業務改善をリードし、
日本発グローバルバイオ製薬企業にむけて、同社の成長基盤の構築に尽力している。
岡田 雄太(ワークワンダース株式会社 CTO)
野村総合研究所に新卒入社後、証券総合バックオフィスシステムやオンライントレードシステムなどの開発に従事。
その後、8 Securities(現SoFi Hong Kong)へ出向し、日本人唯一のエンジニアとして国際的なプロジェクトに携わる。
BOOSTRYでは信託銀行向けSaaSの立ち上げと成長を牽引。
WiseVineではCTOとして開発組織を30名規模に拡大し、プロダクト開発を推進。
2025年4月よりワークワンダース株式会社CTOに就任。AI活用を中心とした開発支援をリードする。
【お申込み・詳細】
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(2026/01/19更新)
【著者プロフィール】
黄金頭
横浜市中区在住、そして勤務の低賃金DTP労働者。『関内関外日記』というブログをいくらか長く書いている。
趣味は競馬、好きな球団はカープ。名前の由来はすばらしいサラブレッドから。
双極性障害II型。
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