私はコンサルタントをやっていた12年間の間、「経営者が絶対的な権力を握っている会社」をいくつも見てきた。
そのような権力を一手に握る経営者はほとんどの場合、スーパースター社員を嫌う。スーパースター社員には、命令も管理もできないからだ。
そして、そのスーパースターを辞めさせる、あるいは冷遇することで経営者はスーパースターの排除に成功するが、あとに残るのは平凡な社員ばかり。既にその会社に成長の見込みはなかった。
私はそういった状況を飽きるほど見てきた。だが、20世紀はそれでうまくマネジメントできた。目的・目標がほぼ自明だったからだ。「安く作って、高く売る」が正義だった。
だが、そう言った会社の殆どは、21世紀の現在、世の中に対して何も成し得ていない、せいぜい経営者・株主を金持ちにするくらいである。
既に会社の業績の源泉は、ブルーカラーではなく、ホワイトカラーでもない。専門家としての知識を持つ、ピーター・ドラッカーの言う所の「知識労働者」である。
ブルーカラーやホワイトカラーと知識労働者の本質的なちがいは、「目標の決定権」である。極めて洗練された知識の領域においては、もはや経営者は適切な目標を設定することができない。せいぜい、売上と利益の目標を叫ぶくらいだろう。
そして、経営者にその認識がなければ、知識を持つ人々を使いこなすことはできない。経営者が売上と利益の目標だけを叫んでいる会社では、知識を持つ人々は経営者を嗤っている。
「また金の話か。」と。
もちろん会社の方向性、存在の意義、理念などは経営者の専売特許である。だが、目標という具体的な達成すべきものの領域においては、すでに経営者は無力である。
我々のメディアはどの程度のアクセス数まで伸ばせるか。
美しいプロダクトの判断の基準はどこか。
何が教育において重要な価値を生み出すのか。
顧客にとっての価値は何か。
何がブランドを創りだすのか。
それらを導き、設定することは専門家の仕事であり、それこそが彼らの責任領域なのである。
上のような理由から、現在は有能な人間は会社に対して遥かに優位な立場にある。彼がなし得ること、知っていることについて、経営者は任せるしかない。
優秀な社員に対しては、命令も管理もできない。だがむしろ、命令も管理も出来ないことを経営者は喜ぶべきである。会社はそのような人々に「協力」してもらうことで、大きな力を得るのだ。
かつて私は「有能だが、会社の方針にそぐわない人間を排除する」という組織に所属していたことがある。今だから言えるが、これは全くの間違いだった。
本来やるべきだったのは排除ではなく、「知識労働者をどのようにしたら惹きつけられるのか」を真剣に議論することであった。
これからの会社は、2種類のマーケティングを必要とする。
1つは顧客へのマーケティング。もう1つは、知識を持つ人々へのマーケティング、会社のために働く人々へのマーケティングである。そして実は、経営者の仕事はこの2つだけなのだ。
(2024/1/22更新)
東京都産業労働局
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