コンサルタントをやっていた頃、良いか悪いかは別として、採用に関して「地頭の良さ」を重視する風潮があった。
地頭の良い人間は一定の訓練でそれなりのコンサルタントになる。
だが、お世辞にも地頭の良いとはいえない人間は、いつまでたっても一人前になれなかったからだ。
実際、私が20代半ばで所属していた部署では、中途採用にあたって「学歴」をさほど重視していなかった。
重視していたのはとにかく「地頭」だ。
ある応募者は、「高卒」で「自動車整備工」になり、そして「先物取引の営業」に転職、そして最後に「漁師」という経歴を持っていたが、彼は採用された。
彼の言動は、地頭の良さを十分に感じるものであったからだ。
彼の業務経験の貧しさは訓練でなんとかなる、皆がそう思ったのである。
彼はその後、会社に大きな貢献を残し「支社長」まで努めたのだから、その時の判断は間違っていなかった。
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この「地頭」の正体について、私はずっと気になっていた。
地頭の良さとは一体何なのか。
そんなことを考えていたところ、ある方から佐藤優氏の本を読むことを勧められた。
佐藤優氏は元外交官であり、いわゆる諜報活動(スパイ活動)を行っていたことで知られる。
著作の中で、佐藤優氏は、諜報活動を「インテリジェンス」と呼び、情報(インフォメーション)の入手と明確に区別をしている。
氏が言うには、インテリジェンスとは「ありふれた情報(インフォメーション)から、より深い意味や意図を読み取る行為」である。
例えば、彼が「インテリジェンスの氏」と仰ぐチェコ人のマストニークという人物がいる。
このマストニーク氏が佐藤氏に向かって言ったフレーズが、「インテリジェンス」の本質をよく示している。
「新聞を馬鹿にしないことだ。『プラウダ』(ソ連共産党中央委員会機関紙)と『イズベスチヤ(ニュース)』(ソ連政府機関紙)に掲載される共産党中央委員会や政府の決定、社説については、どんなに内容が退屈でも、必ず赤鉛筆で重要事項をチェックしながら読むことだ。
そうそう、モスクワではチェコスロバキア共産党機関紙『ルデー・プラーボ(赤い正義)』も購読できるので、同じように赤鉛筆を持ちながら読むことだ。半年もすれば新聞の行間から何が実際に起きているのかが読み取れるようになる」
マストニーク氏からこの晩に聞いた助言は、モスクワで私がロシア人と付き合い、ロシア人の内在的論理を理解する上でとても役に立った。
マストニーク氏は「新聞の行間から、実際に何が起きているのか読み取れるようになる」と指摘している。
私は膝を打った。
これこそが、「インテリジェンス」の本質、ひいては「地頭」の本質ではないだろうか。
つまり「地頭の良い人」というのは、同じ情報に接していても、そうでない人に比べて、そこから読み取ることができる情報が桁違いに多いのだ。
他の例をあげよう。
イナダシュンスケという人物がいる。
イナダ氏は「外食産業」や「食べログ」について、ブログでとても鋭い考察をしており、非常に面白い。
その記事の中での白眉は、「食べログ100%☆活用術」だ。
総合点に頼らず個々のレビューを当たるにしても、総当たりはさすがに無駄が多い。
そんな時は低評価レビューから見るという手もある。
高評価レビューはだいたいどの店のどのレビューも似たような物になってしまいがちである。
むしろ低評価レビューにこそ店の個性が現れやすいのだ。
例えばこれは私個人の場合だが、フレンチやイタリアンの店で「何を食べても塩っぱい、クドい、脂っこい」みたいなレビューがあればそれはまず「当たり」と判断する。
「八角なんかの香料の匂いがキツい」とある台湾料理も即行だ。
「深みのないカレー」なんてのも狙い目である。
(食べるそして考える)
この「何を食べても塩っぱい、クドい、脂っこい」というレビューを「当たり」と判断するのが、「インテリジェンス」である。
文面をそのまま解釈するのではなく、「文脈」からそれ以上の情報を引き出しているのである。
この「インテリジェンスの発露」こそ、「地頭」の良い人物の特長なのだ。昔ながらの言葉で表現すれば「一を聞いて十を知る」である。
他にもある。
医師の知人から聞いた話だ。
その知人がまだ駆け出しの医者だった頃、小さい子供が「お腹が痛い」と病院に来た。だが、彼が腹部を診ても何も見つからない。なぜ子供が「お腹が痛い」とこれほど訴えるのか、彼はすっかり困ってしまい、上司に相談した。
「お腹がいたいと言っているんですが、何も見つかりません。胃腸炎か何かでしょうか?」
すると、その上司はいった。
「バカヤロウ、お前は何を診ているんだ。」
そして上司は子供に向かって言った。
「本当に痛いのは、お腹じゃなくて、おちんちんじゃない?」
子供は頷いた。
子供は恥ずかしくて、「お腹が痛い」と言ったのだ。
先輩の所見は「睾丸捻転症」。放置すれば危険なこともある。
知人は「僅かな情報から、多くの事象を読み取ること」の凄さを思い知ったそうだ。
こうしたことが、「経験を積めばだれでもできる」と思うのは間違いである。
経験を積んでも、知識を積み上げても、残念ながらこうした「インテリジェンス」に係る件は「気づかない人はいつまでも気づかない」のだ。
地頭を良くしようとするならば、「インテリジェンス」を意図的に働かせることが必要なのだ。
この細部に気づく、意図を読み取る、内部の法則性を読み取る、などの意識の働きが強い人を、おそらくは「地頭の良い人」と呼ぶのだろう。
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むかし、タモリは坂道マニアであり、「日本坂道学会」を設立していることを知った時、軽い衝撃を憶えた。
「なぜそんなくだらないことに?」
と、誰でも思うだろう。
だが、彼は「坂道」に関するインテリジェンスを有しており、彼が考える「良い坂」は紛れもなく存在する。
対象が坂道であっても、王冠であっても、切手であっても、ブリキのおもちゃなどであっても、そこには間違いなく、「インテリジェンス」が存在する。
そう考えると「自分の好きなものをつきつめること」に、「地頭を鍛える」ことの鍵が隠されているのかもしれない。
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