本屋が減っている。この事実はたぶん、ほとんどの人が知っているだろう。
日本著者販促センターの統計によると、2000年に2万軒以上あった書店が、2017年5月には1万2000軒にまで減っているそうだ。東京オリンピックが開かれる2020年には、2000年に比べて半数程度の書店数になっているかもしれない。
時勢を踏まえると、本屋が減るのは残念だがしかたのないことだろう。でもわたしは、自分でモノの価値を判断する場として、本屋は絶対になくなってほしくないと思っている。
意外に多くの人が訪れている本屋
2016年に行われたYahoo!ニュースの意識調査調べで、「『リアル書店』に行く頻度は?」という質問が投げかけられた。
これだけ本屋が潰れているんだ、さぞや本屋離れが進んでいるのだろう……。そう思っていた。
しかし意外なことに、週に複数回書店に行く人は15.3%(17,648票)、週に1回程度行く人は26.8%(30,981票)もいたのである。
これはあくまでネットアンケートではあるが、4割もの人が定期的に本屋に足を運んでいるという結果になったのは意外だった。
本屋に「行く」人はたくさんいる。それでも本屋が潰れている。ということは、本屋で「買う」人が少ないということになる。
では、なぜ本屋で買わないのか。
本は重いし、すぐに必要になることは少ない。それならばネットで注文しておこう。かさばるから電子書籍にしよう。
その気持ちはわかる。わたしはもともとアンチ電子書籍だったけど、海外在住ということもあって、結局電子書籍に切り替えた。たしかに便利だ。
でもそこで、ふと思った。
「やっぱり本は本屋で買ったほうがいい」と。
自分で「好きな本」を見つけられなくなった
前回の一時帰国中、東京駅の丸善で、何冊もの本を買ったことがある。
朝イチで丸善に行き、売り場を何周かして、気になる本を何冊か手に取った。そして窓際にある机の上に本を積んで、椅子に座ってぱらぱらと見る。
数行読んだだけですぐに「ナシ」になる本もあれば、「これにしようかな」「ここはいいけどここはちょっとな」と保留にするものもある。そして保留にした本をふたたび読んで、目次を確認して、予算と相談しながら買うものを決める。
わたしは「超」がつくほどの優柔不断なので、1冊の本を買うために、2時間くらい悩んだこともあった。
どっちがいいかを決めかねてまったくちがう売り場に行ってみたり、なんならランチを挟んだりして、やっと決められるのだ。
でも電子書籍となると、そんな「手間」はかからない。検索したら、コンマ数秒で「最適」な本が表示される。
そのなかからレビューで高評価になっているものを選ぶ。多少迷ったら、評価が高い方を買えばいい。
逆に、いくらおもしろそうなタイトル、表紙でも、評価が「★☆☆☆☆(35)」だと、途端に興味がなくなってしまう。
いま記事を読んでくださっているあなたも、本屋で「いま買ったら重いからネットで注文しよう」と思ってamazonを開くと、思いのほか低評価だったから購入をやめてしまった、なんて経験をしたことはないだろうか。
ネットで本を買うのは、たしかに便利だ。でもそれによって、「みんながイイと思うモノがイイ」となってしまって、「自分が好きな本」を見つけられる人が減ってしまうんじゃないかな、と思うようになった。
「みんながイイ」と言うものが「イイもの」に見える
服なら、「自分に似合うかどうか」で購入するかを決める。
たとえネットレビューで「丈が短くてイマイチ」「生地が硬めでがっかり」なんて書かれていても、実際に自分が着て気に入ればその服を買うだろう。
とある曲に対して、「演奏レベルが低い」「サビが好みのアレンジじゃない」と言う人がいても、「じゃあ聞くのをやめよう」とはならない。
「わたしはこれが好きだから」とその曲を聞き続けるはずだ。
好みは人によってちがう。当然だ。
本だって、好みは千差万別で、自分と相性がいいものもあれば悪いものもある。これもまた、当然のはずなのだ。
それなのに、「ラストが消化不良」「この解説が物足りない」なんてレビューを見ると、その本が「自分にとってもつまらないモノだ」と思えてしまう。
そして、みんなが「イイ」と言うものは自動的に自分にとっても「イイ」ものだと思い込む。
たしかに多くの人が賞賛するものは「イイ」確率が高いが、必ずしも自分が気に入るわけではない。
自分が楽しむために本がほしかったはずなのに、インターネットを経由してしまうと、気づいたら「みんなが楽しんでいる本」を手にとってしまうのだ。
でも本屋なら、そんな他人の評価を気にしなくていい。自分で手にとって、自分の目で見て、自分が気に入ったら買う。自分が求めているものを、自分の判断で選び出すことができる。
好きな本は、自分で見つける
インターネットの発展により、「好みは多様化している」と言われている。通販を使えばロリータからアメカジまでさまざまな服が買えるし、音楽配信サービスを使えば世界各国の人気バンドの曲が聞ける。
それなのに、本は「みんながイイと言うものがイイ」という方向に流れ、多様化どころか単純化が進んでるんじゃないかな、なんて思う。
服や音楽とちがって、本を1冊読むのにはそれなりの時間が必要だ。お金を出して買って、時間を使ってまで読んだ本が「ハズレ」だったら、かなりがっかりする。できるだけハズレない本を選びたい気持ちは、だれしもがもっているだろう。
でもそれなら、たくさんの人が「イイ」と言うものじゃなくて、自分で吟味して「イイ」ものを見つければいいのだ。
そしてそれは、電子書籍やamazonではむずかしくて、本屋だから可能なことである。
ネットで本を買うことが悪いわけではないし、電子書籍はこれからも広まっていくだろう。これも時勢だ。スーパーのせいで減った八百屋しかり、携帯の普及によって撤去された公衆電話しかり。
ただ、自分で自分の欲しいモノを見極めるために、本屋という存在は絶対に必要だ。
「本屋」という存在を維持するために、「どうせならネットで買おう」ではなく、「せっかくなら本屋で買おう」と思う人が増えて、「本屋」が存続してほしいと思う。
だからわたしも、一時帰国したらまた、本屋で本を買う予定だ。
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【プロフィール】
名前:雨宮紫苑
91年生まれ、ドイツ在住のフリーライター。小説執筆&
ハロプロとアニメが好きだけど、
著書:『日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち』(新潮新書)
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(Photo:Christine und Hagen Graf)