もう10年以上も前のことだが、新入社員の採用面接でお会いした、忘れられない一人の女子学生がいる。

 

彼女はノックもせずいきなり部屋に入ると、何も言わず席に座り、下を向いてそのまま固まってしまった。

最終の役員面接となると、やはり緊張で上手く話せなくなってしまう学生もいるので、その事自体は珍しいことではない。

しかし彼女は余りにも極端だった。

 

「こんにちは。今日は面接に来てくださってありがとうございます。よろしくお願いします。」

「・・・」

 

「緊張する必要なんか、全くありません。少しお話をお聞きすることはできそうですか?」

「・・・」

 

わずかに見える鼻の頭や耳まで真っ赤になってしまっていて、今にも泣き出しそうだ。

顔を上げられず、小さく固まってしまった肩が震えている。

もはや面接どこではない空気感だ。

 

とはいえ彼女もここまで試験を進み、しかも履歴書からもとても優秀な学生であることは十分わかる。

たかだか「あがり症」であることだけを理由に面接を打ち切る必要はないので、言葉を続けた。

 

「面接ってやっぱり、緊張するものだと思います。無理に話さなくてもいいので、では私の話を聞いて下さい。なにか話せるようになったら、話すということで大丈夫です。」

彼女は下を向いたまま、小さく二度ほど頷いた。

 

面接をする人間は何を勘違いしているのか

話は少し遡るが、私が大学4年生だった時のことだ。

私は物心ついた時からパイロットになることを夢見て、将来の職業はそれ以外に無いと決めていた。

そして随分と努力をしたような気はするものの、最終的に夢は叶わなかった。

そのため大学4年生で慌てて就職活動を開始したが、なんせ子供の頃からの夢が破綻した今となっては、就職先などどこだっていい。

 

全くやる気が無いままに、「とりあえず、それなりに給料がもらえる業界」という理由だけで金融業界を受けることにした。

当時すでにバブルは崩壊していたが、それでもまだ都市銀行や証券会社、9大商社などが学生に人気の就職先だったので、ただそれだけで選んだだけだった。

 

そんなやる気のない私はある日、証券最大手N社の面接を受けた。

何次面接であったか記憶は定かではないが、面接は学生が私を含めて2人で、相手はオッサン社員1名の1:2だった。

 

そして最低限の自己紹介だけを済ませると、オッサンはもうひとりの学生とだけ話を始め、いつまで経っても私に話も質問すら振ってこない。

たまに目配せをしてくるが、どうせ、

 

「就活では自分から自己PRしよう!」

「チャンスは自分で積極的に勝ち取る姿勢が大事!」

 

とか、人物を見極める上でなにの役にも立たない、クソ下らない”圧迫面接”を試しているつもりなんだろう。

あまりにも白けてしまい、ただ黙って、二人の嘘くさい掛け合いを眺めていた。

 

するとオッサンは、いつまでも黙っている私についにしびれを切らしてしまい、

「確認だけど、今日キミは面接に来たんだよね?最後に一度だけチャンスをあげるけど、志望動機を話してみて?」

と、不快なタメ口で質問してきた。

 

もはやマジメに面接を受ける意志を失っていたので、

「御社に入りたい積極的な志望動機なんかありません。夢が叶わなかったので、仕方なく就職活動をしているだけです。気に入らないと思いますので、遠慮なく落として下さい。」

と答えた。

 

するとオッサンだけでなく、一緒に受けていた学生まで

「(・・・お前マジカヨ)」

と言う顔で私を見た。

 

上等である。

どうせ、ただ金を稼ぐためだけの就職活動などどこだっていい。

っていうか、お前だってどうせ働きたくて働いてるわけじゃないんだろ?

とまで言いたかったが、さすがにその暴言は飲み込んだ。

もちろん、この面接で落ちた。

 

翌日、その勢いのまま受けたのが、業界2位の大和證券だった。

しかしここでも、志望動機などクソ下らない質問を予め書かされたので私は素直に、

「パイロットになれなかったので、仕方なく就職活動をしています」

という趣旨のことを書いた。

 

すると面接担当のオッサンは私のレジュメを見るなりおもしろそうに笑い、

「頑張ったんだね。なんでそんなにパイロットになりたかったの?」

と聞いてきた。

 

そしてパイロットの試験内容や努力をしたこと。

計画通りに進んだことや失敗の要因をどう考えているのか。

さらに嬉しかったことや悔しかったことまで、気がつけば夢中になって、いろいろな話を引き出されてしまっていた。

 

オッサンはそれらの話を黙って聞き続け、そして最後に、

「目標を持って、その実現のために必死に頑張ったことは必ずあなたの財産になります。生き方は一つじゃないと思いますので、今の悔しさや経験を決して無駄にしないで下さい。」

という意味のことを話した。

 

その言葉に、学生らしい若さでどこかいじけ、ひねくれていた心がほどけるような、救われたような気持ちになった。

そして私は、大和證券から内定をもらい就職活動を終えた。

 

特殊な業界や職種でない限り、学生にとって企業の就職面接で「御社でなければいけないんです!」などと思いつめた就職活動をすることなど、ありえない。

ありていに言って学生にとっての就職活動など、給与などの待遇が良いように錯覚し、将来性があるように勘違いし、なんとなくカッコイイ会社のような気がするから選ぶだけである。

 

断言するが、自分にその業界や職種での適性があるかどうかなど、受ける側の学生には100%わからない。わかるはずがない。

逆に採用面接をする側の会社は、当然ある程度わかっている。

だからこそ企業側は、少しでも多くの学生に採用面接を受けて欲しいと願い、企業の魅力を高める。

30人の学生よりも1000人の学生が受けてくれたほうが、より自社の求める能力や計画に合致する学生を採用できる。

 

言い換えれば、たくさんの学生が受けてくれて初めて、企業はまともな採用活動ができるということだ。

それは裏を返せば、多くの学生さんにとって時間とお金の犠牲を強要し、無駄足を運ばせるということに他ならない。

日当も出さずに、会社のために人生の大事な時間を差し出せと要求しているようなものだ。

ならば採用担当者はまず、そんな学生さんに、心からの敬意と感謝で接するのが人の道というものだ。

 

そんなアタリマエのことすら理解できない勘違いした面接担当者は、

「当社を志望した動機を聞かせて下さい」

などと、自社がまるで、誰にとっても無条件で素晴らしい会社であるかのように思い上がった質問をする。

 

中には、「最後に一度だけチャンスをあげる」などと、N社の担当者のようなことを言うものまでいる。

あるかそんなもん。

 

同業他社に比べ、飛び抜けた待遇を約束しているわけでもない。

驚くような人生のチャンスがあるわけでもない。

経営者がカリスマであるわけもなく、何よりも面接をしている張本人が

「会社は、社員に恩恵を与える存在」

などというような、致命的な勘違いをしているオッサンである。

 

言うまでもないが、仕事の仕組みは「社員こそが、会社に恩恵を与える存在」だ。

そして社員は、その与えた恩恵に見合う給与、チャンス、やりがいや情熱と言った見返りを受け取る。

当然のことだ。

 

だからこそ、面接を担当するものはまず、

「当社のようなつまらない会社に恩恵を与えて下さるという尊いお志をお持ち頂きまして、誠にありがとうございます」

と感謝しお礼を伝えて、求職者が自社の求める人材であるのかどうかを、試験させて頂かなくてはならない。

当たり前ではないか。

 

古い価値観はそろそろ改めなくてはならない

そして、冒頭の女子学生についてだ。

そんな学生時代の原体験と信念を持っている私は、大和證券の採用担当者とのやり取りに加え、学生さんや採用面接に来て下さる方をどれだけ大事に思っているのか、ほぼ上記の内容で彼女にお話した。

 

すると彼女は、震えていた肩から少しずつ力が抜け、カバンからハンカチを取り出し目頭に当てると、少しだけ顔を上げた。

しかしこの辺りで、一人あたりの面接時間も過ぎてしまったので、やむを得ず面接を終える段取りに入り、こうお伝えした。

 

「残念ながら時間ですので面接を終わりますが、あなたは今日、家に帰ったら、緊張して何も話せなかったと残念に思うかも知れません。しかし私は、あなたが優秀な学生であることを知っています。」

「・・・」

 

「一つ前の面接を担当しあなたに合格を出した社員は、特に厳しく学生を見る管理職です。私は彼女の価値観も能力もとても頼りにしていますし、人を見る目が確かなことも知っています。」

「・・・」

 

「覚えておいて下さい。採用とは、お互いのニーズが合って初めて成立するものです。完全に対等な関係です。自分を偽ってテクニックで合格したような採用では、お互いに不幸になるだけです。」

「(・・・はい)」

 

「ですので、緊張し何も言えなくなってしまったことを含めて、今日のことを悔やまないで下さい。自分をそのまま表現できたと、開き直って下さい。私は面接中の態度だけで、採用/不採用を決めたりしません。」

「・・・はい。」

 

彼女は最後に、ハッキリと聞こえる声で確かに返事をしてくれた。

そして部屋を出ていく時、シッカリと目を合わせ、微かな笑顔を見せてくれた。

彼女の人となりを知る上で、十分な面接ができたと思っている。

 

ところでIT時代は怖いもので、学生が企業面接を受けたら、その様子、どんな面接担当者だったか、何を聞かれたか、良かった・悪かったという情報が全て、ネット上でデータベース化されてしまう。

 

私が学生の採用面接を担当していたのはそんな有名サービスがちょうど始まった時期だったが、ある年、会社のページが作られていることを人事の社員が見つけ、教えてくれたことがあった。

気の小さい私は、結果として縁がなかった学生からの悪口が散々に書かれているのではないかと気になり、ついつい覗いてしまったことがある。

 

するとその中に、

「役員面接で落ちましたけど、就活の考え方が根本的に変わりました。いい会社です。」

という趣旨の短い書き込みを見つけた。

時期や内容から、彼女で間違いないだろう。

 

結果として縁がなかったものの、採用担当者として正しく企業メッセージを伝えることができたことに、僅かばかりの誇りを頂いた。

彼女には改めて、心から感謝をしている。

 

昭和生まれの古い私達の世代は未だに、会社といえばメンバーシップ型雇用が当たり前と思っているフシがある。

しかしながら時代は間違いなく、ジョブ型雇用の価値観に急速に移り変わっている。

 

つまり会社が、

「当社を志望した動機はなんですか?」

などという寝ぼけた質問をするのではなく、求職者のほうが

「私はこれだけの事ができますが、御社はどのような条件を提示できますか?」

と聞くようになる時代だ。

優秀な人材は文字通り、争奪戦になるだろう。

 

そんな時代にあっても、もし就職活動中に

「当社に入りたいと思った志望動機を聞かせて下さい」

などと質問をされるようなことがあったら、遠慮せずに笑って席を立ってしまったらいい。

そんなカルチャーが残っている会社に、将来性などあるはずがないのだから。

 

 

 

 

 

【プロフィール】

桃野泰徳

大学卒業後、大和證券に勤務。中堅メーカーなどでCFOを歴任し独立。

先日、馴染みの小料理屋さんで出して頂いたエビの春巻きがすごく美味しかったので、店主さんに、

「これ、美味しいですね!エビもプリプリで最高です!」とお伝えしたら、居心地の悪そうな笑顔をされていました。

後日、スーパーの冷凍食品売り場で同じものを見つけてしまいました(泣)

twitter@momono_tinect

fecebook桃野泰徳

Photo:International Railway Summit