ある会社に、誰からも尊敬される営業部長がいた。 部下だけでなく、上司も、同僚も、お客さんも、みんな彼を慕っていた。

私は彼の何がそんなにすごいのかと聞いた。すると多くの人が「人間力がある」と言った。

 

 

人間力とは何か

人の魅力を語る時、しばしば「人間力」という言葉が使われる。この人間力とは一体何を指すのか。

 

多摩大学大学院の教授であり、日本総研の創始者メンバーでもある田坂広志氏は『仕事の思想』(PHP文庫)の中で人間力について、以下のように語っている。

「人間」というものと格闘すること。それが、「人間力」を身につけていくために最も大切なことです。

もちろん、ここで述べる「格闘する」という意味は、まちがっても、職場で喧嘩をするとか、仲間と争いごとを起こすという意味ではありません。それは、相手の「こころ」と正対するということです。

しかし、私がこのように述べると、皆さんの中には「ああ、人間観察が大切だということだな・・・」と思われる方がいるかもしれませんが、それはすこし違います。

なぜならば、「人間観察」という言葉には「感情移入」がないからです。(中略)「人間」というものを深く見つめることができる体験というのは、必ず「こころの痛み」がともなっています。」

人間力が高い人とは、心の痛みがわかる人なのかもしれない。

 

田坂氏の定義に従えば、私も「人間力のある上司」の元で働いたことがある。こちらの許可なく私の心に入り込み、勝手に痛みや苦しみに向き合ってくる。最初は余計なお世話だと感じたが、ここまで強引に正対してくれるひとはそれまでいなかった。

この上司が私と正対してくれなければ、私自身が自分の心と向き合うことはきっとなかっただろう。今ではとても感謝し、尊敬している。

 

一方で、尊敬できない上司の元で働いたこともある。彼らは能力も知識も備えており、人間を観察する力もずば抜けて高かった。けれど、私と一緒に苦しんでくれることはなかった。自分が傷つかないで済むための、安全な距離をいつも保っていた。

 

 

人の気持ちと向き合うことは、易しいことではない。ましてやそれが喜びや楽しみではなく、痛みや苦しみであればなおさらだ。

感情移入をすればするほど自分のこころが強く揺すぶられ、精神的に疲れてしまう。 しかし、田坂さんはこの苦痛と戦わない限り、人間力は高まらないと言う。

ある人間と真剣に正対し、その人間の精神と格闘し、その精神の緊張が生み出す苦痛と戦いながら、自分の精神の限界に挑戦しなければなりません。それをしない限り、「人間力が」高まっていくことはないのです。

 

マネジメントに必要なものは真摯な姿勢

光栄なことに、先ほどの営業部長に直接話を聞く機会を得た。一見怖そうに見えるが、時折見せる笑顔はともて優しそうな印象を受ける。

「部下をマネジメントする上で気をつけていることはありますか?」

彼は唇を触りながら少し考えてこう言った。

「真摯に向き合うことですかね。」

 

その答えを聞いて、この営業部長は、これまで仕事で関わった人とちゃんと向き合ってきたんだな、と思った。

一人ひとりのこころに正対してきた自信と、果たして本当に真摯に向き合えていただろうかと自問する弱気な表情が混在する、とても魅力的な人だった。

 

仕事をしていれば、必ず人と関わることになる。ふとした時に、誰かのこころの痛みや苦しみに触れることがある。そんな時、私は相手のこころに正対しているだろうか。もし自分の感情が強く動かされたにもかかわらず無視を続ければ、やがて痛みさえも気づかない体になってしまうのではないだろうか。

 

この営業部長を見て、たとえ苦しくても人のこころの痛みがわかる、「人間力」の高いひとになりたいと思った。

 

 

 

【お知らせ】
ティネクト(Books&Apps運営会社)提供オンラインラジオ第6回目のお知らせ。


<本音オンラインラジオ MASSYS’S BAR>

第6回 地方創生×事業再生

再生現場のリアルから見えた、“経営企画”の本質とは

【日時】 2025年7月30日(水曜日)19:00–21:00
【ご視聴方法】
ティネクト本音オンラインラジオ会員登録ページよりご登録ください。ご登録後に視聴リンクをお送りいたします。
当日はzoomによる動画視聴もしくは音声のみでも楽しめる内容となっております。

【今回のトーク概要】
  • 0. オープニング(5分)
    自己紹介とテーマ提示:「地方創生 × 事業再生」=「実行できる経営企画」
  • 1. 事業再生の現場から(20分)
    保育事業再生のリアル/行政交渉/人材難/資金繰り/制度整備の具体例
  • 2. 地方創生と事業再生(10分)
    再生支援は地方創生の基礎。経営の“仕組み”の欠如が疲弊を生む
  • 3. 一般論としての「経営企画」とは(5分)
    経営戦略・KPI設計・IRなど中小企業とのギャップを解説
  • 4. 中小企業における経営企画の翻訳(10分)
    「当たり前を実行可能な形に翻訳する」方法論
  • 5. 経営企画の三原則(5分)
    数字を見える化/仕組みで回す/翻訳して実行する
  • 6. まとめ(5分)
    経営企画は中小企業の“未来をつくる技術”

【ゲスト】
鍵政 達也(かぎまさ たつや)氏
ExePro Partner代表 経営コンサルタント
兵庫県神戸市出身。慶應義塾大学経済学部卒業。3児の父。
高校三年生まで「理系」として過ごすも、自身の理系としての将来に魅力を感じなくなり、好きだった数学で受験が可能な経済学部に進学。大学生活では飲食業のアルバイトで「商売」の面白さに気付き調理師免許を取得するまでのめり込む。
卒業後、株式会社船井総合研究所にて中小企業の経営コンサルティング業務(メインクライアントは飲食業、保育サービス業など)に従事。日本全国への出張や上海子会社でのプロジェクトマネジメントなど1年で休みが数日という日々を過ごす。
株式会社日本総合研究所(三井住友FG)に転職し、スタートアップ支援、新規事業開発支援、業務改革支援、ビジネスデューデリジェンスなどの中堅~大企業向けコンサルティング業務に従事。
その後、事業承継・再生案件において保育所運営会社の代表取締役に就任し、事業再生を行う。賞与未払いの倒産寸前の状況から4年で売上2倍・黒字化を達成。
現在は、再建企業の取締役として経営企画業務を担当する傍ら、経営コンサルタント×経営者の経験を活かして、経営の「見える化」と「やるべきごとの言語化」と実行の伴走支援を行うコンサルタントとして活動している。

【パーソナリティ】
倉増 京平(くらまし きょうへい)
ティネクト株式会社 取締役 / 株式会社ライフ&ワーク 代表取締役 / 一般社団法人インディペンデント・プロデューサーズ・ギルド 代表理事
顧客企業のデジタル領域におけるマーケティングサポートを長く手掛ける。新たなビジネスモデルの創出と事業展開に注力し、コンテンツマーケティングの分野で深い知見と経験を積む。
コロナ以降、地方企業のマーケティング支援を数多く手掛け、デジタル・トランスフォーメーションを促進する役割を果たす。2023年以降、生成AIをマーケティングの現場で実践的に活用する機会を増やし、AIとマーケティングの融合による新たな価値創造に挑戦している。
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(2025/7/14更新)

 

 

−筆者−

大島里絵(Rie Oshima):経営コンサルティング会社へ新卒で入社。その後シンガポールの渡星し、現地で採用業務に携わる。日本人の海外就職斡旋や、アジアの若者の日本就職支援に携わったのち独立。現在は「日本と世界の若者をつなげる」ことを目標に、フリーランスとして活動中。