「仕事がどのようにしたら楽しくなるか」についての話は尽きない。人生の多くの時間を割く仕事が、心躍る楽しいものであったなら、その人は幸せな人物だといえるだろう。

ジークムント・フロイトは、幸福の秘訣を「仕事と愛」と答えたという。※1

 

さて、この問題への解は諸説ある。

・どんな仕事でも心の持ちようで楽しくなる

・自分で決めれば楽しくなる

・殆どの仕事は辛いだけだが、一部は楽しいところもある

・そもそも仕事は楽しいものではない

だが、いずれも表面的な見解である。

 

これについて本質的な分析を行っている米国クレアモント大学院教授のミハイ・チクセントミハイは著書※1でこのように述べる。

熟練した能力を必要とし自由に行われる仕事は自己の複雑さを洗練するが、強制され能力を要しない無秩序な仕事から得るものはほとんどない(中略)

磨き立てられた病院で手術をしている脳外科医も、重い荷を背負ってぬかるみをよろめき歩く奴隷労働者も、ともに働いている。

しかし外科医は自分が日々新たに学ぶ機会をもっており、秩序ある状態にあり、困難な仕事を遂行できることを知っている。労働者はひどく疲れる動きの反復を強いられ、彼が学ぶもののほとんどは自分の無力さである。

極端な例ではあるが、この中で取り上げるべきことは「能力の必要性」と「学び」の2つだ。

 

言ってしまえば「誰でもできる仕事」を「いつもと同じようにこなす」仕事は楽しくない。

「自分の能力が必要とされ」ており、かつ「自分の能力向上が日々実感できる」仕事は楽しい。

 

したがって境界は曖昧だが「楽しくない仕事」と「楽しい仕事」は両者とも存在する。

まずこの認識をすることからスタートする。

では、現実として、今の仕事を楽しい物にしたい、と思った時に、それは可能なのだろうか。

下は、webシステム開発企業に務めるHさんの事例だ。

 

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彼は勤務時間の殆どを一人で過ごす。彼は本社にはおらず、客先常駐の技術者として働いているからだ。作業の割当は決まっており、それを勝手に変えることは許されない。作業を終了すれば、それをメールでリーダーに報告し、検査を受ける。

客との関係はよくも悪くも希薄である。彼は外部の技術屋さん、それだけの関係だ。

 

普段は客先から帰宅する彼だが、月一回の帰社日にのみ、本社に行った彼は上長と会い、簡単なミーティングを行う。

「最近はどうだ」

「問題ありません」

「そうか、頑張れ」

といった定型的な会話が行われた後、彼は帰宅する。彼は特に趣味といった趣味もなく、家ではゲームをして過ごす。しばしば学生時代の友人と飲みに行ったりすることもあるが、彼と同じような境遇の人間は数多い。

 

たまに本社にて「技術研修」なるものが行われ、彼はそれに参加するも、行われている内容はほとんど今の仕事には使わないものである。「いつか役に立つかもしれないから」と言われるのだが、彼はそれを信じてはいない。

期末には評価が行われ、上司からフィードバックが行われるが、普段ほとんど顔を合わせない上司が評価するなんて、と思いつつ、評価は常に中の中。

おそらく上司は評価する気はあまりないのだろう、と思っている。ここ数年で、毎年月給は6000円ずつ上がっているが、まあこんなものだ、と半ば諦め気味だ。

 

ある時、同窓会があった。中には大手企業で活躍しているらしい人物もいる。彼は「関係のないことだし、自分もそこまで仕事を頑張りたいわけでもない」と割り切っていたのだが、その時に誰かの言った一つの言葉が引っかかった。

「もう30近いな。働き始めて結構経ったけど、このまま定年まで行くのかな」

 

彼は「それは嫌だ」と思った。なぜだかは分からないが、そう思ったのだ。ことによると、同窓会で楽しそうに働く同期に影響を受けたのかもしれない。

彼は「なんとかして仕事を楽しくしたい。もっと上を目指したい」と思った。

 

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Hさんはまず「転職」を考えた。学生時代の友人が同様の仕事で楽しそうに働いていたからだ。彼は友人に相談した。

「面白い仕事がしたいので、転職したいんだよね」

友人は「そのスキルだと、厳しいと思う」と言い「頑張ってスキルアップしたらどうか」と言った。彼は不満だったが、転職のエージェントにも同様のことを言われ、思考を切り替えることにした。

エージェントは「今のままでは、また転職先で同じことになります。一度上司に仕事内容を相談してみては?」と言った。

 

彼は1週間後の面談時に、上司へ思い切って相談した。

「もっとやりがいのある仕事をしたいです。」

上司は意外に思ったが、いつもやる気のなさそうな彼が、奮起しているのを見て少し嬉しいと思った。そこで上司は言った。

 

「今、小さな社内プロジェクトがある。実験的なものなので、就業時間外の仕事になる。それと、今のスキルではかなり苦労すると思うが、それでもいいか?」

「仕事が増える、ってことですよね」

「そうだ。」

Hさんはこのチャンスをモノにしたかった。人生を変えるチャンスだ。彼は「はい」と言った。

 

彼は土曜日も働くことになった。正直、家で寝ていたいと思うこともしばしばあった。

だが、スキルの高い人達と働き、彼らから技術を盗むこともできたし、しばしば技術だけではなく「マーケティング」や「営業」の話を聞くこともできた。

彼は「それなりに充実した毎日」を送っていた。

 

そしてある日お客さんから「Hさん、最近仕事早くなったよね」と声をかけられた。「この前のテストでは、Hさんのところだけは完璧だったよ。」と言われた。

その話は、部長の耳にも入っていたようだ。彼は初めて「会社で褒められる」というのはどのようなことかを知った。

彼は嬉しかった。

 

Hさんは自分のできる範囲で、次々に新しいことを始めた。「単純な作業が、もっと効率化できることに気づいた」と彼は言う。設計の標準化、テストの省力化など、彼は思いつく範囲でお客さんに交渉することを覚えた。

 

そして、彼はふと気づいた。「仕事をたのしくするってのは、こういうことなんだな」

 

 

上に紹介したチクセントミハイは、自らの行った実験結果について、以下のように述べている。

仕事中、人々は能力を発揮し、何者かに挑戦している。したがって、より多くの幸福・力・創造性・満足を感じる。

自由時間には一般に採りたてすることがなく、能力発揮されておらず、したがって寂しさ、弱さ、倦怠、不満を感じることが多い。それにもかかわらず彼らは仕事を減らし、余暇を増やしたがる。

これは、極めて皮肉な逆説だ。

 

結論:社畜は楽しい。

 

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※1 フロー体験喜びの現象学

Alex Naanou