あるスタートアップ企業で、社長と創業メンバーがケンカした。

 

社長が来期の売上目標を決めようとしたところ、

「売上目標は、設定したくありません。」

と、メンバーが反対したのだ。

 

社長は怒り、メンバーに対して

「これくらいの売上目標も達成できないようならば、お前たちは無能だ。」

と、詰め寄った。

だが、創業メンバーは激昂する社長に対して

「売上が重要である理由はわかります。ですが、売上は目標にすべきではありません。」

と言う。

社長は「お前たちは会社を大きくしようと思わないのか、競合に勝とうと思わないのか」といきり立つ。

メンバーの一人はそれを聞いて社長に言った。

「私は、会社を大きくするためにあなたと一緒に働いているわけでもないですし、競合に勝つためにアナタとともに創業したわけではありません。そもそも、創業の理念は「我々のサービスを通じて、世の中に変革をもたらす」ではなかったのですか?」

 

社長は一瞬怯んだが、

「何を言う、会社がある程度大きくならなければ、変革をもたらす前にうちは潰れてしまう。今は売上を伸ばせるだけ伸ばすべきだ。」

と言った。

そのメンバーは

「わかっていないのは社長です。売上なんかを目標にしたら、その数字を達成することが最も重要になってしまう。会社の理念が重要であるならば仕事をする理由もありますが、そうでなければこの仕事をする理由はありません。」

と反発した。

 

その後、このメンバーたちと社長は袂を分かち、社長は「自分の言うとおり動くメンバー」を新たに迎え、メンバーたちは別の会社を作った。

 

社長の会社は売上目標を掲げ、その後3年で100名規模まで成長したが、現在は売上の伸び悩みという課題を抱えており、残念ながら革新的なサービスは提供できていない。

また、新規事業には手を付けているものの、メンバーは全員兼任であり、立ち上げる気配はない。

 

メンバーたちが新たに興した会社はその後3年で20名程度まで会社が成長した。現在でも売上目標を持たず、会社の規模拡大自体を目標としない、という掟を守り続けている。

とは言え、そう簡単に革新的なサービスが出せるわけではない。独立後打ち出した2つのサービスはすべて失敗し、現業で日銭を稼ぎながら現在は3つ目の新規事業の立ち上げ中である。

 

————————–

 

さて、この典型的な2つの会社、どちらで働きたいと思うだろうか?

 

もちろん今のところ正解はない。社長は「まずは大きい会社を作りたい」と思っているだろうし、創業メンバーたちは「まずは理念に基づいて仕事をしたい」と思っているだろう。

これは価値観の問題であり、良し悪しではない。

 

余談だが、ピーター・ドラッカーは著書*1の中で、次のように述べる。

利益は、個々の企業にとっても、社会にとっても必要である。しかしそれは企業や企業活動にとって、目的ではなく条件である。企業活動や企業の意思決定にとって、原因や理由や根拠ではなく、その妥当性の判断基準となるものである。

(中略)しかし企業は、高い利益を上げて初めて社会貢献を果たすことができる。

つまり、売上や利益は大事であっても、目的にはならない、ただし、高い利益を上げずして理念も何もない、ということだ。

 

仮に社長が「売上を伸ばすこと」「会社を大きくすること」が最終的な目的となっていたとしたら、それは重大な誤りである。それは単なる私利私欲にもとづいている可能性が高く、したがって長期的には失敗する可能性が高い。

売上目標を達成することに偏重すれば、いずれ企業のサービスレベルは低下し、顧客から見放されてしまう。

しかし一方でメンバーたちが、「理念」に重きをおきすぎて、利益をおろそかにするようであれば、それもまた存続は難しいといえる。

 

スタートアップ企業に限らず、企業は常にこの2つの間で葛藤する。

 

だが、様々な企業を見て、あえて個人的な意見を言えば、スタートアップ企業はむやみに会社を大きくすべきではなく、初期の頃は売上よりも理念の実現を優先したほうが良いのでは、と思うことが多い。

中途半端に大きくすれば、社長だけは金持ちになれるが、創業メンバーたちに取っては大したメリットはない。

なぜならば、会社が大きくなればなるほど、方向転換が難しくなり、当初の理念が失われ、中途半端な成功に終わる可能性が高いからだ。

社員を多く抱えてしまえば、彼らを食べさせていかねばならない。また、現状からの変化を拒んだり、安定を求める人物も増えるだろう。

 

また、そもそもこれからの時代に主役となるであろう「知識産業」は、あまり多くの社員を必要としない。

必要に応じてリソースを増減したり、失敗したら素早く撤退したりするために、できるだけ身軽にしておいたほうが良いのだ。

 

工業化時代は、規模の利益を追求した企業が勝利した。だが、知識産業の時代においては「いかに少数精鋭を実現するか」が経営の重要な目標の一つになる。

無闇矢鱈に売上目標を掲げ、会社を拡大することは、大きな流れに反した動きではないだろうか。

 

 

 

*1

マネジメント[エッセンシャル版] - 基本と原則

マネジメント[エッセンシャル版] - 基本と原則

  • ピーター・F・ドラッカー,上田 惇生
  • ダイヤモンド社
  • 価格¥2,090(2025/06/11 05:16時点)
  • 発売日2001/12/14
  • 商品ランキング974位

 

【安達が東京都主催のイベントに登壇します】

ティネクト代表・安達裕哉が、“成長企業がなぜ投資を避けないのか”をテーマに東京都中小企業サイバーセキュリティ啓発事業のイベントに登壇します。借金=仕入れという視点、そしてセキュリティやDXを“利益を生む投資”とする考え方が学べます。


ウェビナーバナー

▶ お申し込みはこちら(東京都サイト)


こんな方におすすめ
・無借金経営を続けているが、事業成長が鈍化している
・DXやサイバーセキュリティに本腰を入れたい経営者
・「投資」が経営にどう役立つかを体系的に学びたい

<2025年7月14日実施予定>

投資と会社の成長を考えよう|成長企業が“投資”を避けない理由とは

借金はコストではなく、未来への仕入れ—— 「直接利益を生まない」とされがちな分野にも、真の成長要素が潜んでいます。

【セミナー内容】
1. 投資しなければ成長できない
・借金(金利)は無意味なコストではなく、仕入れである

2. 無借金経営は安全ではなく危険 機会損失と同義
・商売の基本は、「見返りのある経営資源に投資」すること
・1%の金利でお金を仕入れ、5%の利益を上げるのが成長戦略の基本
・金利を無意味なコストと考えるのは「直接利益を生まない」と誤解されているため
・同様の理由で、DXやサイバーセキュリティは後回しにされる

3. サイバーセキュリティは「利益を生む投資」である
・直接利益を生まないと誤解されがちだが、売上に貢献する要素は多数(例:広告、ブランディング)
・大企業・行政との取引には「セキュリティ対策」が必須
・リスク管理の観点からも、「保険」よりも遥かにコストパフォーマンスが良い
・経営者のマインドセットとして、投資=成長のための手段
・サイバーセキュリティ対策は攻守ともに利益を生む手段と考えよう

【登壇者紹介】

安達 裕哉(あだち・ゆうや)
ティネクト株式会社 代表取締役/ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO
Deloitteにてコンサルティング業務に従事後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサル部門立ち上げに参画。大阪・東京支社長を経て、2013年にティネクト株式会社を設立。
ビジネスメディア「Books&Apps」運営。2023年には生成AIコンサルティングの「ワークワンダース株式会社」も設立。
著書『頭のいい人が話す前に考えていること』(ダイヤモンド社)は累計82万部突破。2023年・2024年と2年連続で“日本一売れたビジネス書”に(トーハン/日販調べ)。
日時:
2025/7/14(月) 16:30-18:00

参加費:無料
Zoomビデオ会議(ログイン不要)を介してストリーミング配信となります。


お申込み・詳細
お申し込みはこちら東京都令和7年度中小企業サイバーセキュリティ啓発事業「経営者向け特別セミナー兼事業説明会フォーム」よりお申込みください

(2025/6/2更新)

 

Books&Appsでは広告主を募集しています。

安達裕哉Facebookアカウント (安達の最新記事をフォローできます)

・編集部がつぶやくBooks&AppsTwitterアカウント

・最新記事をチェックできるBooks&Appsフェイスブックページ

・ブログが本になりました。

「仕事ができるやつ」になる最短の道

「仕事ができるやつ」になる最短の道

  • 安達 裕哉
  • 日本実業出版社
  • 価格¥1,540(2025/06/10 13:50時点)
  • 発売日2015/07/30
  • 商品ランキング151,378位

(Kevin Dooley