少し前の話だ。
あるシステム開発会社の新卒採用の担当者から連絡があり、
「「内定承諾書提出の期限を伸ばして欲しい」と内定を出した学生から言われたが、期限を延ばしても良いかどうか迷っている」
と相談があった。
まず、法律的な話をすれば、すでに学生に対して内定通知は出しているのだから、企業は内定の承諾をしてもしなくても「内定取り消し」はできない。
内定を出した以上、あとは学生の選択に委ねることになる。だから実は「内定承諾書」自体に大した意味はない。
被用者たる学生の立場は強いのだ。
ただ、だからといってなんでも許される、というわけではない。
一般的には学生が「内定承諾書の提出」を拒否すれば、「入社はしません」というのと同義と企業は考えるだろう。
後から「やはり入社します」と言っても、企業側が採用予定人数を充足してしまっている場合は、入社を拒否されてもおかしくはない。
このケースでは内定を出して1,2週間で入社を承諾するか、それとも他に行くか。決めなければならないが、その結論を出す日を延長してくれ、という学生さんは言っている。
私は担当者に訊ねた。
「内定承諾の期限を多少伸ばすくらいであれば、問題はないのでは?」
すると、新卒採用の担当者は言った。
「実は、この学生さん、社長面接と役員面接では「御社に絶対に入りたい」と言ってたのです。なので、それが決め手になって、内定を出しました。」
「はい。」
「ところが、内定を出した後、「他の会社も見たいから、内定承諾の期限を延長してくれ」と突然言われたのです。社長は怒ってしまって、「ウソを言う学生は要らない。」と言っています。私も正直、微妙な思いです。」
「なるほど……」
「ウソはやめてくれ、第二志望なら第二志望と言ってくれと、あれほど言っていたのに、こういうことをされると、こっちが学生を不信に思ってしまいすよ。」
面接で学生が「盛る」ことは少なからずある。
だが「絶対に御社に行きたいです」と言っておいて、「他を受けているので」と言われた側の気持ちは確かに良くないだろう。
彼らの言い分は「ビジネスは信用が第一なのに、手のひらを簡単に返す人間を入社させていいのか」である。
「社長は、虚偽を言ったのだから、内定取り消しも辞さない、といいそうですが、どうしたら良いかと思いまして……。」
ただ、冷静になると学生の気持ちもわからなくはない。内定を獲得しておいて、より良い企業に受かったら内定を辞退する。合理的に考えればウソもつくだろう。
「所詮この世は化かし合い」「騙される方が悪い」と考える方もいる。
私は社長と話した。
「どうなさるつもりでしょうか?」
「正直、頭にきた。」
「そうですよね。」
「でも、結局内定承諾の延長には応じることにした。」
「そうなんですか。なぜですか?」
「法的に内定の取り消しはできないし、不満を抱えて会社に入ってもらっても困る。」
「確かにそうですね。」
「それに、私は社員の自由を尊重する。会社がバカにされたようで、腹は立つが。」
だが、実は私は知っていた。社長は多分認めるだろう、ということを。
なぜなら、数年前に新卒採用した社員に「なぜこの会社に入社したのですか?」とヒアリングをかけた時に彼はこう答えたのだ。
「社長が信用できそうだ、と思ったからですよ。」
「なぜですか?」
「内定をもらったあと、親から就職先についていろいろ言われたんです。「本当にそこでいいのか」って。そこで、「就職活動を続けたいので、内定承諾を待ってください」と言ったんですよ。そしたら社長、「自分が納得するまでやってくれ」って言ったんです。それで、この会社に決めました。」
社長の思惑とは異なるかもしれないが、「寛容な人は、信用できる」と考える人もいる。
騙されても「寛容」を貫くのは大変かもしれないが。
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