彼がが仕事をきちんとしてくれないのですが……

とか

部長がイマイチで……

といった愚痴とも、指摘ともつかない話をよく聞く。

そして、セットで語られる悩みが「あの人をどうやったら変えられるでしょうか?」だ。

行動を起こす人も多い。「やっぱりじっくり話をすることが必要」とか、「危機感を持ってもらわなきゃダメですかね?」といった抽象的ななものから、「先週、ビシっと言ってやりましたよ」といった具体的なものまで、数々ある。

 

もちろん、彼らは真面目に考えており、当人たちに本気で「変わってほしい」と願っている。

「変わらなければ生き残れない、彼らのためでもある」

と純粋に信じている。

 

だが、残念ながら、というか当然、というか、上司や同僚、そして部下を変えようとする努力は、大抵徒労に終わる。

人は、人の心を変えることに関しては、ほとんど無力である。

 

 

例えば、かつてこんなやり取りがあった。

 

彼は有能な技術者だった。

ところが部下の扱いになるとどうにも成果をあげることができない。彼のチームは飛び抜けて離職率が高く、原因は彼のマネジメントにあると思われた。

経営陣は彼のマネジメントスタイルについてヒアリングをかけ、彼が部下の話を殆ど聞かず、独善的な振る舞いをしていることを突き止めた。

 

聞くところによると、彼の口癖は「何言ってんだお前、こんなことも知らないのか。常識だろう」だった。

プロジェクトの状況を見て、様々な提案をする部下も、あまりにも傲慢なその態度に辟易して異動の願いを出すか、離職を選ぶかのいずれかだった。

 

そこで経営陣は彼を変えようと、1週間ほどの「マネジャー養成プログラム」を提供している外部の研修期間に送り込んだ。マネジャーの心得や振る舞い、話し方、聞き方について特訓を施してくれるプログラムだ。

 

1週間後、彼は戻ってきた。

だが、彼が変わった様子はない。部下の話を聴く「そぶり」は見せるのだが、部下の評判は芳しくなく

「あの人、表面的に頷いているだけで、最後には結局自分の意見を通そうとするんですよ」

という評判がたっただけであった。

 

経営者は業を煮やし、彼に通告した。

「来期までにチームの離職率を下げることができなければ、君をマネジャーから降格する」

そこで初めて、彼は危機感を感じた。彼にはまだ家のローンが多く残っていたからだ。給与を下げられてはたまらない。彼は離職率を下げるために何が必要なのかを、初めて真剣に考えた。

 

彼は当時の上司に相談をした。

「離職率を下げなければならない、と言われたのですが、どうすればよいのかわかりません。思うに、最近の若いやつは忍耐がなさ過ぎます。部下の忍耐力を上げる何らかの研修や訓練はないでしょうか?特訓方式のものもあると聞きましたが。」

上司は優しく言った。

「問題があるのは、部下の忍耐力ではなく、君のマネジメント力だ。」

「何故ですか、私は正しいことを言っています。正しいことを受け入れない部下に問題があるはずです」

 

上司は言う。

「人間は正しいことによって動くんじゃない。自分が信じることによって動くんだよ。」

「では、正しいことによって動くように、彼らを教育すべきでしょう。」

「では、その「正しさ」は、だれが決めるのかね?」

「正しさなんて、常識的に考えればすぐに分かります。」

 

上司はニヤリと笑った。

「わからんね、ところで君はいつも缶コーヒーを飲んでいるね。」

「はい。それが何か?」

「あんなマズいものがよく飲めるな。」

「……。何の話ですか?」

「私が、あんなものを飲む奴は体調管理ができないだろうから、仕事ができない、といったらどうする?」

「ひどい偏見だと思いますが。」

「その通り、ひどい偏見だ。だが、君がやっているのは同じことだ。正しいことを受け入れない部下に問題がある、というのは、君の偏見だよ。」

「そんなバカな、全然レベルの違う話だと思いますが。」

「レベルが違うと思うかね?まあ、よく考えてみることだ。」

 

その後も離職率は高止まり、上司はそのマネジャーが変わらないことを見て、予告通りマネジャーから降格し、部下をつけない一介の技術者として、彼を遇した。

 

彼はその後も変わらず働いている。転職も考えたようだが、今の会社よりも良い給与をだしてくれるところはそうそう無いのだろうか、転職する気配はない。

 

後に、その上司も苦笑いして私にいった。

「結局、私も彼も人を変えることはできなかった、というわけですよ。」

「後任の方はいかがですか?」

「後任はよくやってますね。離職率はかなり下がりました。で、そのマネジャーはそれを見て最近少し変わってきたらしいですよ。」

 

 

 

上のような話は、そこらじゅうに転がっている、珍しくもない話である。結局のところ、人については以下のようなことが言える。

 

1.変わりたいと思う人しか、変わらない。

価値観とは、その人が世界を見る時の脳の働き方そのものであり、「世の中の解釈」そのものである。それを他人が直接操作することはできない。

 

2.価値観の転向に働きかけるのではなく、仕組み、ルール、評価などの環境を変えることで、考え方が徐々に変化するように仕向ける。

人によって変わるタイミングは読めないし、人が変わらなくても成果は出せる。

 

3.変わるから成果が出るのではなく、成果が出るから変わる。

人が変わるのは、結果が出た後。「人が変わらないから結果が出ない」とするのはマネジメントの怠慢。

 

 

以下は、価値観の転向に関するピーター・ドラッカー著「マネジメント」の一節だ。

コミュニケーションは受け手に何かを要求する。受け手が何かになること、何かをすること、何かを信じることを要求する。それは常に、何かをしたいという受け手の気持ちに訴える。

コミュニケーションは、それが受けての価値観、欲求、目的に合致するとき強力となる。逆に、それらのものに合致しないとき、全く受け付けられないか抵抗される。

もちろん、それらのものに合致しないときであっても、コミュニケーションが力を発揮するならば、受け手の心を転向させることができる。受け手の信念、価値観、正確、欲求までも変える。だが、そのようなことは人の実存に関わることであり、しかるがゆえに稀である。人の心は、そのような変化に激しく抵抗する。

『聖書』によれば、キリストさえ、迫害者サウロを使徒パウロとするには、サウロを一度盲目にする必要があった。受け手の心を転向させることを目的とするコミュニケーションは、受け手の全面降伏を要求する。

 

そんな簡単に人に「変われ」などというものではない。

 

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