ある打ち合わせでのことだ。
それが終わる寸前に「1つ相談があるんです」という方がいた。
「何の相談?」と皆が聴くと
「やりたい仕事があるんですが、なかなかそれをやる時間がなくて……本当にこれでいいのか将来が不安で、他の仕事が手につかないんです」
と彼女は言う。
確かに気持ちもわかる。実際、不安は失敗よりも扱いが難しい。
——-
一般的に言って会社においては上司を不安がらせることは失敗することよりもより悪い。
「間違えるのはいいが。不確かなのはダメだ」*1という上司がほとんどだ。
例えば、納期や工数の見積もりは、本当は「幅」で見積もるのが正しいやりかただ。
例えば、このプロジェクトの工数は、90人日〜120人日の間です、と言った具合に、不確実性がある場合には可能性の「幅」を示すのが当然だろう。
しかし、上司があなたに「工数の見積もりをしてくれ」と言った場合、「90人月〜120人月の間に収まる可能性が80%です」と答えたら、上司はそれを受け入れるだろうか。
上司はおそらくこう言うだろう。「……可能性の話はわかった。で、結局プロジェクトはいつ終わるんだ?」
「ですから、90人月〜120人月の間に収まる可能性が80%です」
「……確実に終わる日程を教えてほしいんだよ。」
「100%の確率で終わるのは無理ですが、160人月以上取っておけば95%です。」
「……オレがほしいのは確率ではなく、確実に終わらせられる締切だ。」
「どんな人も、100%大丈夫です、とは言えないはずです」
「そこをなんとかするのがプロジェクトマネジャーだろう。」
上のようなやり取りは本質的には不毛である。
上司が「何日で終わらせるか決めろ」と詰め寄ったところで、プロジェクトの本質的な不確実性はなくならないのだ。
だが、上司は「確実にしろ」と求める。
「不確実性=不安」を放置できない上司と、「不確実性」を認める現場のマネジャーの差がくっきりと出ているといえる。
*1
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一問ずつ回答してほしい。
あなたはA.の問題に対して前者と後者、どちらをとるだろうか。また、B.の問題に対して、前者と後者どちらをとるだろうか。
実は、質問A.をされた場合、殆どの人は前者を取る。ところが面白いことに、質問B.をされた場合、殆どの人は後者を取るのだ。
合理的に考えるのであれば、両方とも前者を選ぶべきである。だが、明らかに確率的には誤った選択であっても、人間は合理的に選択しない。
これは金額の多寡よりも人間が確実性に魅力を感じたからに他ならない。
*2
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つまり、「確実性」を重視するあまり、人間は平気で損をしたり、不利な取引であっても応じたりするのだ。
知人で生保に勤める人間がいるが、彼は「生命保険料を払い過ぎている人はかなり多い」という。
「まあ、だから生命保険会社は儲かるんだけどね。」と、彼は付け加える。生命保険は不確実に耐えられない人の心をうまく利用したビジネスである。
また、不動産の賃貸で、「急がないと埋まってしまいますよ」と営業が契約を急がせるのも、「確実性」を餌にしていると言えよう。
話をもとに戻そう。本質的に不確実性はなくならない。
だから「わからないものは、わからない」とすることが本来、知的と言える態度だ。
常識的に考えても、「半年後のプロジェクトの結果」すらわからないのに、五年、十年先がどうなっているのか、分かるわけがない。損をしないために、そしてきちんと人生と向き合うために必要なのは、不安に打ち勝つ心、不安に対処する方法である。
では、不安とどのようにすればうまく付き合えるのだろう。不安に付け込まれたりしないで済むのだろう。
まず重要なのが「わからないことをあれこれ考えるのは無駄」と認識することだ。
本質的に将来の不確実性はコントロール出来ない。
もう一つ重要なのが「現在の時点で、ベストを尽くす」ことだ。
自分が怠けていることを「不安」のせいにし、結局何も動かないのが一番最悪である。不安を言い訳にする人物は、決して何もなし得ない。「努力が無駄になったら嫌だから」といって何もしない人も、同様だ。
最後に重要なのが「うまく行かなくても、得るものはある」と考えることだ。
仮にこのプロジェクトがうまくいかなかったとしても、ベストを尽くした人は経験や評判を得るだろう。世の中には失敗に対して厳しい人もいるが、そういう人ばかりではない。「あの苦境の中、よく頑張った」と認めてくれる人も大勢いる。
ハロルド・ジェニーンは「予期しなかったものを獲得した時に得るもの、それが経験だ」と述べたが、全くそのとおりである。
不確実性に耐えたものだけが、成功の果実を得ることが出来るのだ。
——-
冒頭の女性は皆から話を聞き、
「そうですよね、今をとにかく頑張らなきゃ、将来の心配なんかしたって何の意味もないですよね。スッキリしました。」
と言った。
頑張って欲しいと思う。
ティネクト(Books&Apps運営会社)提供オンラインラジオ第6回目のお知らせ。

<本音オンラインラジオ MASSYS’S BAR>
第6回 地方創生×事業再生
再生現場のリアルから見えた、“経営企画”の本質とは【ご視聴方法】
ティネクト本音オンラインラジオ会員登録ページよりご登録ください。ご登録後に視聴リンクをお送りいたします。
当日はzoomによる動画視聴もしくは音声のみでも楽しめる内容となっております。
【今回のトーク概要】
- 0. オープニング(5分)
自己紹介とテーマ提示:「地方創生 × 事業再生」=「実行できる経営企画」 - 1. 事業再生の現場から(20分)
保育事業再生のリアル/行政交渉/人材難/資金繰り/制度整備の具体例 - 2. 地方創生と事業再生(10分)
再生支援は地方創生の基礎。経営の“仕組み”の欠如が疲弊を生む - 3. 一般論としての「経営企画」とは(5分)
経営戦略・KPI設計・IRなど中小企業とのギャップを解説 - 4. 中小企業における経営企画の翻訳(10分)
「当たり前を実行可能な形に翻訳する」方法論 - 5. 経営企画の三原則(5分)
数字を見える化/仕組みで回す/翻訳して実行する - 6. まとめ(5分)
経営企画は中小企業の“未来をつくる技術”
【ゲスト】
鍵政 達也(かぎまさ たつや)氏
ExePro Partner代表 経営コンサルタント
兵庫県神戸市出身。慶應義塾大学経済学部卒業。3児の父。
高校三年生まで「理系」として過ごすも、自身の理系としての将来に魅力を感じなくなり、好きだった数学で受験が可能な経済学部に進学。大学生活では飲食業のアルバイトで「商売」の面白さに気付き調理師免許を取得するまでのめり込む。
卒業後、株式会社船井総合研究所にて中小企業の経営コンサルティング業務(メインクライアントは飲食業、保育サービス業など)に従事。日本全国への出張や上海子会社でのプロジェクトマネジメントなど1年で休みが数日という日々を過ごす。
株式会社日本総合研究所(三井住友FG)に転職し、スタートアップ支援、新規事業開発支援、業務改革支援、ビジネスデューデリジェンスなどの中堅~大企業向けコンサルティング業務に従事。
その後、事業承継・再生案件において保育所運営会社の代表取締役に就任し、事業再生を行う。賞与未払いの倒産寸前の状況から4年で売上2倍・黒字化を達成。
現在は、再建企業の取締役として経営企画業務を担当する傍ら、経営コンサルタント×経営者の経験を活かして、経営の「見える化」と「やるべきごとの言語化」と実行の伴走支援を行うコンサルタントとして活動している。
【パーソナリティ】
倉増 京平(くらまし きょうへい)
ティネクト株式会社 取締役 / 株式会社ライフ&ワーク 代表取締役 / 一般社団法人インディペンデント・プロデューサーズ・ギルド 代表理事
顧客企業のデジタル領域におけるマーケティングサポートを長く手掛ける。新たなビジネスモデルの創出と事業展開に注力し、コンテンツマーケティングの分野で深い知見と経験を積む。
コロナ以降、地方企業のマーケティング支援を数多く手掛け、デジタル・トランスフォーメーションを促進する役割を果たす。2023年以降、生成AIをマーケティングの現場で実践的に活用する機会を増やし、AIとマーケティングの融合による新たな価値創造に挑戦している。
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(2025/7/14更新)
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