「良い習慣」は「良い人生」につながる。紛れもない事実である。だが、「良い習慣」を身につけることは難しい。なぜなら、人は様々な誘惑に容易く負けてしまうからだ。

 

例えば、こんな具合だ。

宿題をやらなければいけないが……目の前には面白そうな漫画がある。読みだしたら止まらず、気がついたら2時間経っていた。

 

つい先日、最近の人間ドックで、高血圧と太りすぎを指摘された。痩せなければならないと認識しており、医師からも21時を過ぎたら何も食べないでくださいね、と言われたのに、目の前にはポテトチップスの袋が……。

結局食べてしまった。

 

禁煙を決意した。1週間位はなんとか耐えたのだが、今日の会社の飲み会で、まわりの人間がスパスパ吸っている。お酒が入っていたこともあり、同僚に一本もらって火をつけ、吸い込んだ。

最高だった。

 

こんな時、自制心の強い人なら、意志の力で乗り切れるのに……。ああ、オレはなんて意志が弱い人間なだ。ダメな人間なんだ。

そう自己嫌悪に陥ってしまう人も少なくないだろう。

 

でも、それは誰にでもあることだ。

こういった話を昔、仕事をしていた先輩に話したところ、彼は「何言ってんだ。誘惑に負けないなんて簡単だろう」といった。

私は「ちょっと信じられないです。具体的にどうやってるんですか?」と聞くと、彼は「簡単だよ、誘惑に負けそうになったときは、手帳を取り出すんだ。」と言った。

「手帳?」

「例えば夜中にラーメンが食いたくなったとするだろう。手帳を出して、そこに「俺がいかにラーメンを食べたいか」を書くんだよ。」

「……そうすると、どうなるんですか?」

「食べなくても満足できる。」

「本当ですか?なんか眉唾じゃないですか?」

「ウソじゃない、見てみろこれ。」

見ると、先輩の手帳には

ラーメン食べたい、飲みに行きたい、上司に怒りをぶつけたいなど、自制を要求する事象が数多く書いてあった。だが、当時の私は先輩の話がとても信じられず、まともに取り合わなかった。

 

しかし、その後かなりたって、先輩の言っていた話にも一理があることを知った。

自制と言うのは実はコントロール可能な代物であり、意志の力を使わずとも可能なのだ。

 

何故そう言えるのだろう。

そのヒントは、元ヴァージニア大学教授のシャーロット・パターソンの行った「ミスター・クラウン・ボックス」の実験にあった。*1

彼女はこんな実験をした。

ミスター・クラウン・ボックスと呼ばれるピエロの人形と魅力的なおもちゃ、そして壊れたおもちゃの3つを、部屋においておく。

さらに、この部屋に子供を招き、暫くおもちゃで遊ばせた後、子供にとってはつまらない作業、例えばペグを板に差し込むなどの単調作業を依頼する。

そして子供にこう言う。

「いまから、この作業をずっとしてほしい。私が戻ってくるまで作業を続けていれば、その後、ミスター・クラウン・ボックスとおもちゃの両方で遊ぶことができる。ただし、作業を途中で止めたり、中断したりすれば、壊れたおもちゃでしか遊べなくなる。」

子供はその取引を納得し、部屋に残される。

ここから観察が始まる。

 

大人がいなくなると、ミスター・クラウン・ボックスが子供に向かって作業をやめるよう誘惑するのだ。

「そんな退屈な作業なんてやめて、今すぐ僕と遊ぼうよ!鼻を押してよ、びっくりするようなものを見せるよ!」

果たして子供は、自制して作業を続け、より魅力的な報酬のため、誘惑を先送りできるだろうか?

 

こうして、「どのような条件下であれば、子供がより自制を働かせ、誘惑を先送りできるか」をシャーロット・パターソンは観察した。

そして実験の結果、面白いことがわかった。

「話しかけないで、作業してるから」などと、「ミスター・クラウン・ボックス」が話しかけてきたらこうやって無視すればいいよ、と、誘惑を振り切る方法をあらかじめ教えられた子供は、そうでない子供に比べ約1.4倍の作業をこなし、作業の中断も殆どなかった。

いうなれば「自らをプログラミングする」ことで、誘惑を先送りできる可能性が高まったのである。

 

つまり、誘惑を想定して、「もし〜したら、そのときは〜する」と予め決めておくことで、相当強い誘惑にも人はうまく気をそらして耐えられる、というのだ。

シャーロットはそれを「イフ・ゼン(もし、そのときは)プラン」と名付けた。

これは単純ではあるが、誘惑に対する非常に強力な対抗策であり、学生が勉強するのを助けたり、ダイエット中の方が好物のスナックを我慢することを可能にするという。

*1

 

これは自制心を条件付けによってコントロール可能であることを実証したと言えるだろう。

上述した先輩は「誘惑に負けそうになったときはノートを取り出してそれを書く」という条件付けをし、自らをプログラムすることによって誘惑を回避していたのだった。

 

他にも「夜中に食べたくなったら風呂に入る」や、「仕事で行き詰まったら場所を変える」、あるいは「頭にきた時にはガムを噛む」など、様々な誘惑に対して自己に対するプログラミングができるだろう。

一般的に誘惑には「耐えるもの」というイメージがあるが、実際には「逸らすもの」と考えたほうが良さそうだ。

 

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(文責-ティネクト株式会社 取締役 倉増京平)

 

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