日頃、books&appsをお読みになっている人のなかには、既に子育てをスタートしてらっしゃる人も、これから子育てを始めようかという人もいらっしゃるでしょう。今日は、そんな皆さんに訊ねてみたいことがあります。

 

「お子さんには、高学歴になって欲しいですか?」

 

たぶん、多くの人は「できれば高学歴になって欲しい」と答えるでしょう。

では、質問を「高学歴になってもらわなければ困りますか?」に変えたらどうでしょう?

 

「高学歴になってもらわないと困る」「高学歴じゃなくても構いません」――どちらを答えるにせよ、ほんの少し、考え込んでしまった人が多いのではないでしょうか。

 高い学力を持っていること、著名な難関大学の卒業証書を手にしていることは、もちろん便利なことですし、我が子にそうであって欲しいと願うのは親心として理解できるものです。

しかし、「高学歴になってもらわないと困る」、ひいては「低学歴では不幸になるしかない」と思い詰めてしまうと、まずいことになってしまうのではないでしょうか。

 

低学歴を悪しざまに言う親は、子どもに呪縛をかけている

 統計を見る限り、高学歴な人のほうが高収入な傾向がありますし、他人とはちょっと違ったライフスタイル――たとえば『ニートの歩き方』を著した高学歴ニートのphaさんのような――を選ぶ際にも、学力や学歴は役に立ちます。

だから、我が子の人生の選択肢を広げたいと願う親御さんが、子どもに学力や学歴を与えようとするのは自然なことでしょう。

 

しかし、世の中には高学歴の人もいれば低学歴の人もいますし、学力や学歴の高低にかかわらず、幸福な人は幸福で、不幸な人は不幸です。

学力や学歴があったほうが人生の選択肢が広がるのは事実だとしても、学力や学歴がなければ人生が成立しないわけではありませんし、絶対に不幸になってしまうわけでもないのです。

ところが、人生を左右するファクターとして学力や学歴を重視するあまり、それらが無ければ即人生終了、不幸しか待っていないかのように思い込んでいる人が少なくありません。

 

一人の人間が内心でそう思っていて、むやみに口外しないなら、それは思想の自由の範疇だと思います。

 しかし、親が子どもに「低学歴になったら不幸になるぞ」「低学歴の人生は最悪だぞ」と吹き込み続けるのはどうでしょう? かりに、そうやって危機感を煽ったほうが子どもが勉強するとしても、それって危ないやり方ではないでしょうか。

 この問題に関して、興味深いブログ記事を見つけました。

 

いまの日本では、大学くらい出ておかないと幸せになれない」というのは幻想。90年代『自分らしさ』的個性尊重主義は、いまこそ再評価されるべき

私は高卒なので、就職活動のとき大企業はハナから眼中になく応募することすらしなかったが、結果的に小さくても自分の適性や技能に合った満足いく会社に就職することができたし、その後の転職も非常にうまくいった。

だがこれは、私自身が高学歴にも大企業での出世にもステータスにもたいして意味を見出さない価値観を持っているゆえに、こうした「こじんまりとした」人生に不満を感じないという部分が大きいのだと思う。

もし私が、大企業で出世することを人生の目標とし、そのことに大きな価値を置くような人生観を持つ人間だったなら、このような人生を歩むことになってしまった自身の不甲斐なさに絶望してしまっていたかも知れない。

そんな人生観を持つ私から見れば、「子供を大学にも行かせられない親=不幸と貧困を再生産する無責任な親」とでも言いたげなブコメ群には、強い違和感を覚える。低学歴=不幸という決めつけは、「高学歴でなければ幸福ではない」という『呪い』を子どもに植え付ける、非常に狭量な考えではないだろうか。

これは、エリート街道を真っ直ぐ進んできた人・高学歴で高ステータスな人としか付き合っていない人には、いまいちピンと来ない、“向こう側の世界の話”とうつるかもしれません。

ですが、実業高校や専門学校を卒業して個人それぞれの幸福を掴んでいる人はたくさんいます。「低学歴=人生終わった」というのは、ある種の高学歴信仰が嵩じた、勝手な思い込みでしかありません。

 少なくとも地方都市の郊外では、学力や学歴が特別に高くなくても人生をうまく耕している人は珍しくありません。

 

にも関わらず、高学歴志向な親御さんのなかには、「高学歴でなければ不幸になる」「低学歴は人間じゃない」といった思い込みを隠そうともせず、やたらと子どもに勉強をさせたがる人がいます。

 

子どもの人生の選択肢を増やすために学力や学歴を授けようとする姿勢自体は悪くありません。が、親が「高学歴でなければ不幸になる」「低学歴は人間じゃない」といった態度を子どもに示し続ければ、それが子どもの内面や規範意識にまで影響を及ぼすでしょう。

そういった規範意識を内面化した子どもとて、首尾よく高学歴になれたとしたら、それほど不幸にはならないかもしれません。まあ、低学歴の人間を見下しがちな、ものすごく嫌な高学歴者になってしまうかもしれませんが。

 

しかしもし、その子どもが受験勉強に挫折して、名門大学を卒業できなかったとしたら、一体どうなってしまうでしょう?

 

子どもは「高学歴でなければ不幸になる」というインストール済みの規範意識と、現実の自分自身とのギャップにひどく苦しむことになります。「高学歴でなければ不幸になる」という親からの吹き込みを忠実に内面化していればしているほど、その苦しみは一層大きくなるでしょう。

と同時に、高学歴になれなかった子どもに直面する親自身も、大変に不幸な気持ちになってしまうのではないでしょうか。

 こうなってしまうと、子どもの人生の選択肢を広げるはずだった高学歴志向が一種の呪いになってしまい、親子共々、罪責感と学歴コンプレックスにまみれた後半生を過ごすことになってしまいます。

 

 人生の選択肢を狭めるような高学歴志向にはご注意を

ですから私は、「うちの子どもには高学歴になって貰いたい」と願うこと自体は良いとしても、「高学歴でなければ不幸になる」はやめておいたほうが良いのでは、と思っています。

 念押ししておきますが、学力や学歴を否定したいわけではありませんからね? そうではなく、学歴の選民主義や学歴コンプレックスを子どもに植え付けるようなことを吹き込んで、かえって人生の選択肢を狭めてしまうような子育てはいただけないんじゃないか、と私は主張したいわけです。

「高学歴でなければ不幸になる」と思い込んでいる親御さんは、“学力や学歴の違いが人生の決定的差ではない”ということを、どうかお忘れなく。

 

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【プロフィール】

著者:熊代亨

精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。

通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)など。
twitter:@twit_shirokuma 
ブログ:『シロクマの屑籠』

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