世の中には、「運を呼び寄せるなんてオカルトだ」と主張する人も多いが、私はそうは思わない。
たしかに、世間で「運」とカテゴライズされている事象の半分ぐらいは、人の意志や選択ではどうにもならないものだが、「運」とカテゴライズされているにもかかわらず、生活習慣次第で呼び寄せられる「運」、工夫や努力によってカヴァーできる「運」もある。
そのあたりについて、ちょっと書いてみる。
“天運”ばかりはどうしようもない
まず、人の力ではカヴァーしようのない、どうにもならない運について挙げておく。
・自分がどういう家庭に生まれて来るか
・明日、大地震が起こるかどうか
・大事な試験当日に、ひどい天気になるか否か
・商店街のクジを一回だけひいて、何等賞を当てるか
これらは、人がどう頑張ったところで結果を変えられない、文字どおり「運任せ」の領域である。
祈祷のたぐいでこれらを変えようとするのは、オカルトというほかない。せいぜい、遠足前のテルテル坊主ぐらいにしておくべきだろう。
しかし“天運”をカヴァーする方法はある
だが、そういった「運任せ」の領域を人為でカヴァーする方法はたくさんある。
たとえば大地震が起こってしまった時、大地震に備えて防災セットを揃え、家具もしっかりと固定し、常日頃から避難経路について家族で話し合っている人と、そういった備えの乏しい人では、大地震という「不運」の内実は全く違ったものになるだろう。
大地震という「不運」そのものはどうにもならなくても、その「不運」によって致命傷を受けてしまう確率は人為によって減らすことができる。
試験当日の悪天候のほうは、人為によるダメージコントロールの余地がもっと大きい。
たとえば、遠方から試験会場に向かわなければならない受験生の場合、試験会場近くに前泊する人と当日早朝に移動する人では、大雪などに振り回されるリスクが全然違ってくる。
当日移動を計画している人でも、週間天気予報などをしっかり確認し、直前になってスケジュールを変更できるならリスクをある程度減らせるだろう。
また、万全の体調で受験するためには、規則正しい生活リズムや、日頃の体調管理がモノを言う。
悪天候によってスケジュールを変更しなければならない場合などは、特にそうだろう。そういう時に体調を崩し、試験当日に実力を出しきれなくなる確率が高いのは、日頃から生活リズムを整えていない、体調管理のスキルアップを怠っている人だ。
試験当日の悪天候という「不運」そのものはどうにもならなくても、試験当日に遅刻したり体調を崩したりする「不運」は相当のところまで減らせるわけだ。
もちろん、試験当日にインフルエンザにかかったりする確率は、どれほど体調管理のしっかりした人でもゼロにはできないので、人為がすべてと言い切ってしまうわけにはいかない。
しかし、その「不運」に見舞われる確率を下げるための方法はいろいろあるわけだから、万全の備えをもって試験に挑んだ人はともかく、ロクに備えて来なかった人が「試験当日に落ちたのは体調が崩れたから。運が悪い」とぼやいてみせるのは、あまり利口とは思えない。
“人運”こそ、人為によって呼び寄せる度合いが変わってくる
なにより、人と人とが巡り会う「運」、どんな人と人間関係を深めていくのかを巡る「運」こそ、人の意志や選択に最も左右される領域だと思う。
人と人の巡り会いにも、もちろん人為を超えた「運」がついてまわる。たとえば、学校や就職先を選ぶことはできても、そこにどんな人物が待っているのかまでは予測がつかないし、どうにもならない。
だが、初対面のクラスメートの誰と仲良くなるのか・同期の誰とうまくやっていくのかは、振るまいや心がけや態度によってかなり変わってくる。
たとえば、他人の悪口や悪い評価を無思慮に言ってしまう人がいる。
そういう人は、悪口を好まない人と仲良くなれる確率をみずから下げてしまっている。そういう人が仲良くなれるのは、他人の悪口や悪い評価を無思慮に言ってしまう人だけで、抵抗感のある人からは敬遠されるだろう。
同じことが、時間や約束事にルーズな人にも当てはまる。そのあたりにルーズな人は、時間を守りたい人・約束事を守りたい人からは敬遠されやすい。仕事においてもプライベートにおいても、仲良くなれる人の範囲は限られてしまう。
服装やファッションについても似たようなことが言える。身なりを気にしない人は、身なりを気にする人とは仲良くなりにくい。逆に、尖りすぎたファッションで自己主張している人も、良かれ悪しかれ、その自己主張によって仲良くなりやすい人の方向性が決まってくる。
こういったひとつひとつの要素は、誰と友達になるのか、どんな異性と惹かれ合うのかを完全に決めてしまうほど決定的ではない。
だが、人付き合いが長く続く場所では、仲良くなれる確率がほんの少し違うだけでも、それが積もり積もって地味に効いてくる。自分自身の振る舞いによって、数年後に誰とどんな仲になっているのか、自分がどんなグループに所属しているのかが意外なほど左右されてしまう。
人と人の繋がりは「類は友を呼ぶ」傾向があるので、良縁を掴みたいなら、それにふさわしい振る舞いを身に付けたほうが良いだろう。
振る舞いが全てだというわけではないが、そのあたりをしっかり身に付けている人と、まったく無頓着な人では、長い目でみれば“人運”に大きな差が生じるのは避けられない。
だから、“人運”に恵まれないと感じている人は、人為をこえた「運」を呪う前に、常日頃の自分の振る舞いが望むような“人運”を招き寄せるのに適しているのか否かを点検すべきだ。
日頃の振る舞いの積み重ねによって、気づかぬうちに良縁を遠ざけている人は意外とたくさんいる。
こういう世間知は、わかっている人にはわかりきっている反面、分別盛りと言われるような年齢になっても案外わかっていない人も多い。私も昔は全然わかっていなくて、良縁を何度も遠ざけてしまったように思う。ひょっとしたら今でもそうかもしれない。できるだけ気をつけたい。
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【プロフィール】
著者:熊代亨
精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。
通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)『認められたい』(ヴィレッジブックス)など。
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(Photo:Peaches&Cream)